団塊バカ親父の散歩話

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help リーダーに追加 RSS 「ゆとろぎ」

<<   作成日時 : 2008/06/18 00:49   >>

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画像 「ゆとろぎ」という言葉があるんだそうである(朝日新聞「窓―論説委員室から」 6/13の「高貴高齢者」から)。
 ネットで見てみると、道の駅とか生涯学習センターとか温泉施設などの名称に使われている。

 最初に誰がつくりだした言葉か知らないが、新聞では片倉もとこさんという文化人類学者が考えた造語だという。片倉さんは、中東地域などを調査研究してきた方で、前国際日本文化研究センター所長である。
 次のようなことが書いてあった。

 アラビアの社会では時間が「労働」「遊び」「ラーハ」の三つに分かれる。「ラーハ」とは学ぶ、ごろんとする、お客をもてなす、祈る、詩歌をつくるなど、大人として大切な時間とされている。
 その「ラーハ」を日本語で表すのに、「ゆとり」と「くつろぎ」を足して、「りくつ」を引いた「ゆとろぎ」という造語を考えたという。

 「ゆとり くつろぎ」の真ん中の「りくつ」を取ったのである。「理屈」抜きの「ゆとり」と「くつろぎ」ということだろうか。
 その片倉さんが最近、『ゆとろぎ』という本を岩波書店から出版したというので、HPを見てみた。
 そこの「著者からのメッセージ」(本の「はじめに」より)というところに、もう少し詳しく書かれていたので紹介してみる。

 まず、「ラーハ」とは、
<なにげなく存在する「ゆとり」や「くつろぎ」です。
 日本では、何かを成し遂げたあとに、ごほうびのように、あたえられるのが、ゆとりで、それは物質的ゆとりであることが多いようです。それをめざして一生懸命に働いたから、ちょっとくつろぎましょう、という具合に、「くつろぎ」も、「ゆとり」も、仕事のあとにくるもののようです。
 しかしこの世界(アラビア)では「ゆとり」と「くつろぎ」も人生のなかで、まず大事にされるべきものと考えられます。「ゆとり」の時間をもつために、仕事もする、が、仕事自体がラーハになればそれにこしたことはない。
 ラーハには、「学ぶこと」、「ねむること」、「瞑想すること」、「旅をすること」など、いろいろのものがふくまれます。わくわくいきいきと生きていることがラーハであるといいます。>

ということで、ラーハとは、<労働のあとに許されるごほうびとしてではなく,人生でなによりも先に大事にされる>ことだそうである。
 片倉さんが「ゆとろぎ」という造語を考えたのも、「理屈抜きに、いつくしむ生」という意味を込めたのだという。
 さらに続けて次のようなことを書いている。

<そんな悠長なことを大事にしていては、競争に負ける、進歩はない、という人は大勢います。「がんばれ、がんばれ、負けるな、負けるな、早く早く」の掛け声が大きな波のように、うちよせてきます。
 そういわれると、わたしもちょっと不安になったりもするのですが、人生は勝ち負けではない。勝ち組に入るか、負け組になるか、そんなことで、一回きりしかない人生をやりすごしてしまうのは、もったいない。
 世界中を席巻している「いけいけ、どんどん」の潮流のなかで、「ゆうっくり、ゆうっくり」という掛け声を、おだやかにかけあいながら、人生を愉快に味わっている人たちもいます。そういう人たちのくりひろげる世界、もうひとつの文明世界を、「ゆうーっくり、しずかあーに」散策してみませんか。>

 ということなのだが、この本を読んでみたくなったのである。


<後記>忙しく仕事に追われていると、「ゆとり」とか「くつろぎ」などということは、なかなか考えられないものです。脇目も振らずに仕事をすること自体がとても充実していると思えて、ますますそれにのめり込む、ということにもなりがちです。
 “退職したら、ゆとりやくつろぎのある老後を送りたい”というのもいいですが、片倉さんが書いているように“仕事自体がラーハになればそれにこしたことはない”んでしょうね。
 日本の現在の仕事のあり様は、これとはほど遠いような気がします。それに、仕事に邁進している時は、仕事自体がラーハ(ゆとりやくつろぎ)になる、なんてことは余裕がなくて思いもつかないことでしょう。
 以前に「狭い日本、そんなに急いで、どこへ行く」なんて交通標語がありましたが、狭いのは日本の国土だけでなく、日本人の心そのものもそうなのかもしれません。
 日本人のゆとりのなさは、どこかおかしい、と思ってしまう今日この頃です(^^ゞ。
 今こそ、「そんなに急いで、どこへ行く」なのかもしれないし、「ゆとろぎ」ということを考えてもいいと思うのですが、どうでしょう。

<今日のSORA>
 SORAは、他の犬が見えると伏せの姿勢をとることは前に書きました。その他に、子どもが遊んでいたりすると、おすわりをしたりしてジーッと見ていることが多いのですが、今日は猫にもそれをしていました。

画像

 SORAは、猫が動いていると追いかけようとしますが、この猫はじっとしていたので、リードを引っ張って「もう、行こうよ!」と促すまで、だいぶ長い時間見つめ続けていました(~_~)。

ゆとろぎ―イスラームのゆたかな時間
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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
素敵な造語ですが、コメントする頃にはもう間違ってしまって、、。新しい言葉は忘れますね、、、。
SORAチャンの生き方がラーハの様に思えます、。
猫との出会いも大切に、、して、。クマは猫を見ると猛然とダッシュです、以前猫に襲われ、背中に乗られましたから??飼い主に似て猛烈タイプ?日本人の典型?
トド
2008/06/18 07:26
☆ トドさん、実は頭の中で、「ゆとろぎ」を「ゆとりぎ」と言いそうになるので、もう一度記事を読み返してみたら、「ゆとりぎ」になっている箇所がありました(^^ゞ。新しい言葉は、頭に定着するのに時間がかかるようになりました(~_~)。
 SORAも動いているものには、すぐに追いかけようとします。スズメ、鳩、カラス、蛾や蚊などの虫、そして猫です(~_~)。この写真のときは、どういうわけか猫とずーっと見詰め合っていました。
 クマちゃんは猫に襲われたんですか〜。かわいそうに、恐かったのかもしれませんね。
 日本の働くお父さんは、ほとんどが猛烈タイプかもしれません。怠惰なバカ親父でも、猛烈に仕事をしていたこともあります(~_~)。今はもう、ダメですが(^^ゞ。
遊哉
2008/06/18 11:22
りくつを抜いてゆとろぎ、いい言葉ですね。
私は一日の内でゆとろぐ時間を必ず作るようにしています。それはパソコンであったり、音楽を聴く事であったり・・。土曜日だけは中々その時間が取れませんが他の日は殆どゆとろんでいるので精神的にはいい状態です^^。
 SORAちゃんは友好的で大人しいんですね。相手の猫ちゃんと声に出さないお喋りをしていたのかな。
リサ
2008/06/18 11:50
 理屈抜きっていうところが、さらに良いですねぇ。ゆとりとくつろぎもゆっくりとした時間がないとダメですよね。でも、今現在は、競争が激しい世の中で…人は大変です。自分を見失っている人もいっぱい。
 でも、ウチは、どんなに急いでもダメだし、無理すると歪みがすぐに出てしまう。だからわかりやすいんです。ゆっくりしかできないから、それが意外と良いのかもね。
 SORAちゃんは、まだネコのスゴサがわからないんだね。ウチのアクセルも小さい時は、ネコを見ても犬との違いがわからなくって尻尾をふって近づこうとしていました。でもいつか、ネコさんから、『ふ〜〜〜〜!』って怒られちゃってから、ネコは怖い動物なんだっという風に見るようになってしまいました。
キョン
2008/06/18 17:25
☆ リサさん、“ゆとろぐ”なんて動詞にしちゃいましかた〜(~_~)。“りくつ”を抜いたところが、いいですよね。
 今はみんな忙しくて、やることが次から次に出てくるから、意識的にゆとろぐ時間をつくったほうが心身ともにいいかもしれません。音楽を聴くというのは、とてもいいですね。パソコンもいいけど、やりだすとなかなか止められなくなるのが、いけません(^^ゞ。
 SORAは、バカみたいにフレンドリーなんです。どんな犬でも近づいていって、吠えられたりしないかぎり遊んでます。猫はまだ近くに行ったことがなくて、珍しいんじゃないでしょうか。逃げられると追いかけようとしますが、じっとしていてくれると静かに近づこうとします。この写真のときは、待て! と言ったら、座ってずーっと見てました。目と目でおしゃべりしてたりして(^^♪。
遊哉
2008/06/18 19:46
☆ キョンさん、理屈抜きっていうのがいいですよね(~_~)。
 今は勉強も仕事も競争、競争で、勝ち負けで世の中が動いているようですが、勝っても何かを失っているような気がします。負けるとすべてを失ったような気になるのかもしれません。なんだか、どこかがおかしいよね。もっといろんな尺度で、生きる価値を判断したほうが良さそうです。どんなに忙しくても一度立ちどまって、ゆとりとくつろぎを取り戻さなきゃいけないよね。日本はもっと、人を大切にしなきゃいけないような気がします。
 “ゆっくりしかできない”というのも、遠回りのようだけど、一歩一歩進んでいくほうが結局はいいのかもしれませんよ。
 SORAは、まだ猫の恐さを知らないと思います(^^ゞ。だいたいの猫は逃げていくけど、一度恐い目にあったほうがいいのかもしれませんね。ほんとは、猫の友達ができるといいんだけどねえ(^^♪。
遊哉
2008/06/18 20:19

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