団塊バカ親父の散歩話

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zoom RSS 『ザ・ロード』

<<   作成日時 : 2017/01/11 23:11   >>

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                 〔今日の夕方の月〕


 現代アメリカ文学界の巨匠コーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』を紹介してみる。
 2006年に刊行され2007年度のピュリッツァー賞に輝くとともに、世界的なベストセラーになり映画化もされた有名な作品である。

 前から読みたいと思っていたのだが、チビりんが来た時に行った新古書店で見つけて読んでみたのである。
 プロローグは、次のように始まる。 


<森の夜の闇と寒さの中で眼を醒ますと彼はいつも手を伸ばしてかたわらで眠る子供に触れた。夜は闇より暗く昼は日一日と灰色を濃くしていく。まるで冷たい緑内障が世界を霞(かす)ませていくように。彼の手はかけがえのない息に合わせて柔らかく上下した。合成樹脂の防水シートを身体の上からのけ悪臭をはなつ服と毛布をまとった姿で立ちあがって少しでも光が見えていないかと東に眼をやったが光はなかった。今醒めたばかりの夢の中では子供に手を引かれて鍾乳洞の内部をさまよっていた。フラッシュライトの光が濡れた流れ石の壁の上で戯(たわむ)れた。二人は花崗岩(かこうがん)のけだものに呑みこまれその体内で道に迷う御伽噺(おとぎばなし)の巡礼者のようだった。深い石の管のうちで水が滴(したた)り歌った。その歌は静寂の中で休むことなく地球の分を告げ時間と日を告げ年を告げていた。二人はやがて広い空洞に出たがそこには太古からの黒い湖が横たわっていた。その向こう岸で一匹の生き物が畦石(あぜいし)に囲まれた水溜まりからしずくの垂れる口を持ちあげて二人の光を見つめてきたがその眼は蜘蛛の卵のように光沢のない白い色で盲目だった。それは眼で見えないものを匂いでとらえようとするように水面近くに頭をおろして横に振った。うずくまった裸の身体は青白く半透明で雪花石膏のような骨格の影がうしろの岸壁に映っていた。はらわたと鼓動する心臓。曇ったガラス鐘の中で脈打つ脳。生き物は首を左右に振ったあと低いうめき声を洩らすと身体の向きを変えてぐらぐらと揺れながら音もなくゆっくりと闇の中へと歩み去った。

 灰色の曙光がにじみ始めると彼は起きあがり子供は眠らせておいて道に出ていきしゃがんで南の土地を眺めた。荒涼、沈黙、神なき世界。今は十月だと思うが自信はない。もう長く暦を記録していなかった。二人は南へ向かっていた。ここであと一冬生き延びるのは無理だった。
(後略)>


 この作品を簡単に言えば、破滅を迎えた地球の荒廃した地を、父と幼い息子が何とか生き抜いていこうとショッピングカートを引いたり押したりしながら、徒歩で旅を続けるロード・ノベルである。
 生き残っている人間に出会うと何をされるかわからないので、できるだけ関わりをもたないように、怯えながら身を隠すように旅をしていくのである。
 あらすじは、「訳者あとがき」から拝借させていただく。


<舞台はおそらく近未来のアメリカで、核戦争かなにかが原因で世界は破滅している。空はつねに分厚い雲に覆われ、太陽は姿を現さず、どんどん寒くなっていく。地上には灰が積もり、植物は枯死し、動物の姿を見ることはほとんどない。生き残った人間たちは飢え、無政府状態の中で、凄惨な争いを続けている。そんな死に満ちた暗澹たる終末世界を、父親と幼い息子がショッピングカートに荷物を積んで旅をしていく。寒冷化がいよいよ進み、次の冬が越せそうにないため、暖かい南をめざしているのだ。
 父と子がたどる〈道(ザ・ロード)〉には野蛮人と化した者たちが出没する。捕まれば息子が何をされるかわからない。父親は息子を守るために自身が鬼になる覚悟を決めていて、脅威となる相手を殺すことも辞さないし、他人を助けることも極力避ける。ところが少年は、破滅後の世界しかしらないにもかかわらず、天使のように純真で、自分たちは善であり悪と戦っているのだという父親の話をまっすぐに信じ、ほかの生存者を助けてあげてほしいと懇願するのだ。だが、この極限状態でそんな人間らしい優しさを維持できるのか。人間が人間でいられるかどうかのぎりぎりの限界を試されながら、二人の旅は続く。>


 巻末の「解説」は「灰だらけの希望に」と題されて、作家の小池昌代さんが書いている。
 ちょっとネタバレになるが、その最初と最後を紹介しておく。


<読み終わって、悪夢から覚めた子供みたいにわっと泣いた。現代文学とはいえ、メガ級の傑作というのは、まだまだある。ここにあるよ。
 すべてのものが灰をかぶり、何もかもが失われた「事後の世界」。そこに、道なき道をつけながら、歩き続ける父と子がいる。彼らが生き残った者であることは明白だが、いったい、何が起きたのか。地球規模で人類を破滅に導く、大きなコトが勃発したらしい。世界はその日を境にして、信じ難い荒廃へと堕落していった。生き残りをかけて何がおきたか。レイプや人肉食、強奪、殺人。ありとあらゆる悪がはびこったあと、人間の姿が、ほとんど消えた地上に、風が吹き、雨が打ち付け、雷が光り、雪が降る。
 この作家は、そうした世界の崩壊を、一組の父子という、極めて小さな、パーソナルな空間にシフトさせ、そこから巨きな「無」に覆われた世界を、とてもリアルに創出した。
 胸にこたえるのは子供のけなげさだ。そして父は、その子を辛抱強く諭し、愛し、育てる。「育てる」といっても、それはあたたかいスープのある、通常の世界の語彙であって、物資の失われた異様な世界においては、父と息子は、互いの存在を支え合う、無表情な戦士のようである。
(中略)
 この作品に、「感動」という言葉を使うことを、わたしは最後まで躊躇している。本書は読者に「感動」する暇すら与えない。もっと、じかに、彼らの痛み、寒さ、怖れ、無力感を、読者の身体に経験させる。極限まで生きて立ち、倒れた「父性」。その父性を、引き継いで生きていくのは、あの少年だ。わたしはまだ崩壊前の世界にいるが、こことあちら側は、それほど遠くはないと感じる。生きていれば、絶望の連続だし、故なき恐怖につかまることもある。しかし恐れはしまい。生きていこうと思う。わたしはあの子から、命綱の切れ端を、もらい受けた気がするから。>


 なぜこんな地球規模の破滅が起きたのかは語られないし、この父と子の名前も出てこない。崩壊した世界と辛い父子の旅がリアルに描かれるのだが、人間とは何かを象徴的に描いているともいえる。

 父子だけの二人旅だから、よく会話が出てくる。カギ括弧(「 」)のない文章で、まるで詩を読んでいるようである。
 ひとつだけ紹介しておく。


<二人が通り抜ける街々の広告板にはよそ者は出ていけと警告する言葉が書き殴られていた。広告板は白く塗り直されていたがその薄いペンキの層の下にはもはや存在しない商品の広告が淡く透けていた。二人は道端に坐り残りの林檎を食べた。
 どうした? と彼はいった。
 なんでもない。
 食べ物はまた見つかる。いつだって見つかるんだ。
 少年は返事をしなかった。彼は少年をじっと見た。
 そのことじゃないんだね?
 別にいいんだ。
 話してごらん。
 少年は道のほうへ眼をやった。
 話してほしいんだ。怒らないから。
 少年はかぶりを振った。
 パパの顔を見るんだ。
 少年は彼に顔を向けた。今まで泣いていたように見えた。
 話してごらん。
 ぼくたちは誰も食べないよね?
 ああ、もちろんだ。
 飢えてもだよね?
 もう飢えてるじゃないか。
 さっきは違うことをいったよ。
 さっきは死なないっていったんだ。飢えてないとはいってない。
 それでもやらないんだね?
 ああ。やらない。
 どんなことがあっても。
 そう。どんなことがあっても。
 ぼくたちは善い者だから。
 そう。
 火を運んでるから。
 火を運んでるから。そうだ。
 わかった。>


 「火」が何を意味しているのだろうか? 
 それはわからないのだが、善い者として守り大切にしなければならないものなのだろう。
 父と少年は会話をせずにはいられないし、それによってお互いがお互いを支え合っているような気がする。
 辛い話が多くて読み進めるのもつらくなりそうだが、この父子の会話は気持ちを穏やかにしてくれるのである。
 
 是非一度は読んでいただきたい傑作である。


<今日のお薦め本>
『ザ・ロード THE ROAD』 コーマック・マッカーシー 著、黒原敏行 訳、ハヤカワ epi 文庫、864円、10.05.25. 発行
 著者について、カバー裏から紹介しておきます。
<1933年、ロードアイランド州生まれ。大学を中退すると、1953年に空軍に入隊し四年間の従軍を経験。その後作家に転じ、『ブラッド・メリディアン』(1985)の発表などにより着々と評価を高め、〈国境三部作〉の第一作となる第六長編『すべての美しい馬』(1992)で全米図書賞、全米批評家協会賞をダブル受賞した。その後、三部作の第二作『越境』(1994)、第三作『平原の町』(1998)を発表。第十長篇である本書『ザ・ロード』(2006)(以上、すべて早川書房刊)は、ピュリッツァー賞を受賞し、世界的なベストセラを記録した。名実ともに、現代アメリカ文学の巨匠である。>

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)
早川書房
コーマック・マッカーシー

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<後記>父性とか母性、あるいは父性愛とか母性愛という言葉がありますが、この物語を読んでいると、ひょっとしたら、子性とか子性愛というものもあるんじゃないかと思いました。
 以前から思っていましたが、親は子どもを愛し育てるものですが、子どもも親を愛するだけでなく育てているんだと思います。
 そんなことを強く感じます。そして、子どもは(父)親の何かを受けついていくんだな、とも感じます。
 
 小池さんのように“わっと泣く”ことはありませんでしたが、ジワジワと何かが心に沁みてきます。
 格調のあるそれでいてわかりやすい文章で綴られた傑作です。

 今日(11日)は曇ることもありましたが、穏やかな晴天でした。ちょっと寒かったですが(^^ゞ。
 夕方の散歩は4時半ころに出ました。

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 上空は晴れていましたが、西の空には小焼けだったものの黒い雲が浮かんでいました。

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 公園に行ってすぐに原っぱに向かいました。

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 野球場のフェンスに、月が引っかかっていました(^^ゞ。

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 原っぱをウロウロしていきます。

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 月がきれいに見えました。

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 風がなかったので端っこのベンチにSORAと座って、西空の大きな黒雲を見ていました。

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 少しずつ形を変えながら南の方に流れています。

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 草つきの斜面を下りて帰ることにしました。

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 明日(12日)も冬晴れで寒そうです。朝晩はぐっと冷えそうです。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
続けてすみません。
下から4枚目がステキというかゾクゾクしてしまいました(^^;月に叢雲(というんでしょうか)と、お館の風景がやっぱり目をひきますね。すばらしかったです(^^)。
ひぽたん。
2017/01/12 08:59
☆ ひぽたん。さん、「月に叢雲、花に風」と言いますね。「世の中の好事には、とかく障害の多いことのたとえ」だそうです。
 でも、雲に隠されそうな月には風情があると思います。雲がかかると、月に表情が出てくるような気がします。
 お館に月と雲というのも、風情がありますね(^^)/。
遊哉
2017/01/12 11:17

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