団塊バカ親父の散歩話

アクセスカウンタ

zoom RSS 『うしろめたさの人類学』

<<   作成日時 : 2018/06/06 23:19   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 73 / トラックバック 0 / コメント 2




画像

               〔葉っぱについていた雨滴〕


 朝日新聞の火水木の3日間に、3人の方が書いているコラム欄がある。
 火曜日は文化人類学者の松村圭一郎さん、水曜日は音楽家の後藤正文さん、木曜日は生物学者の福岡伸一さんである。
 それぞれが専門の視点からユニークで興味深いことを書いていて、いろいろ考えさせられる。

 たとえば、昨日(6月5日)の火曜日は“松村圭一郎のフィールド手帳”として「村人の顔 浮かぶコーヒー」と題された次のようなものだった。

<調査でエチオピアを訪れるとき、スーツケースには着なくなった古着をたくさん詰めていく。サイズが合わなくなったジャケットやシャツなどをお世話になっている農民の家族に渡すと、ボロボロになるまで大切に着てくれる。その姿を見て、無造作に服を捨てられなくなった。
 空っぽになった帰りのスーツケースには、お土産に村の女性たちが炭火で煎ってくれたコーヒー豆と森でとれた香り豊かな蜂蜜を詰める。コーヒー豆は形も不ぞろいだし、焙煎(ばいせん)もむらがある。でも素朴な味でとてもおいしい。
 考えてみれば、いま身の回りにある食べ物も、切るものも、生活用品も、何もかも誰がどこでつくったかわからないものばかり。コーヒーの木を育て、豆を摘んで丁寧に煎ってくれた村人の顔を思い浮かべながら毎朝コーヒーを飲める。それは幸せなことだ。
 村の農家の敷地の隅に穴を掘っただけのトイレがある。目隠しのために周囲に敗れた穀物袋や汚れた古い布などが張られている。10年以上前にあげた私のウィンドブレーカーの切れ端も、まだそこで活躍していた。
 ぼくらは使わなくなった物の末路も知らない。自分が消費する物がどこから来て、どこへ行くのか、見えない社会にいる。もちろん食べて排泄(はいせつ)したものの行く先も。村のトイレの穴にしゃがみながら考えさせられた。>

 ふだん気づかなかったようなことを教えてくれるのである。
 この松村さんの書いた『うしろめたさの人類学』という本を紹介してみる。

 彼のフィールドワークは、最貧国のひとつであるエチオピアなのだが、そこで暮らす人々を前に「うしろめたい」という気持ちが沸き上がったという。
 そんな気持ちをもとに、20年近く続けてきた自身の体験と研究から、「個人―社会―世界」のつながりと成り立ちをわかりやすく丁寧に解説している。
 その上で、格差や分断がますます広がっている世の中で、対立や批判ではなく、「他者への共感」に世界を再構築するヒントを見出そうとしている。


 目次は次のとおりである。

はじめに
 エチオピアから日本をみる/構築するための人類学へ/贈与の力
第一章 経済――「商品」と「贈り物」を分けるもの
 贈り物と商品の違い/目に見えないルール/物乞いにお金を与えるべきか?/共感する力、共感を抑える力/「あふれる思い」の可能性
 はじめてのエチオピア
第二章 感情――「なに/だれ」が感じさせているのか?
 はじめてのアフリカ体験/ホームとフィールドとの往復/「感情」の感じ方/感情と共感/共感大国エチオピア
 バスでジンマに向かう
第三章 関係――「社会」をつくりだす
 関係が先か? 行為が先か?/コーヒーをともに飲む/{経済+感情+関係}≒社会?
 調査を始める
「社会」と「世界」をつなぐもの
第四章 国家――国境で囲まれた場所と「わたし」の身体
 国家と「わたし」との距離/エチオピアの「国家」/「わたし」をつくりだす国家/身体化される国境/「国家」と「わたし」の二重の運動
 村に住む
第五章 市場――自由と独占のはざまで
 社会主義という経験/宗教が禁じられた理由/分散される権限と責任/市場をつくる「わたし」/自由と独占のはざまで
 農民の家に居候する
第六章 援助――奇妙な贈与とそのねじれ
 食糧援助とは?/援助がつなぐ「国家」と「市場」/奇妙な贈与の不思議な結末/国家と市場のスキマ
 村を離れる
終章 公平――すでに手にしているものを道具にして
 どこに向かうのか?/バランスを取り戻す/うしろめたさの倫理/構築人類学にできること/「わたし」にできること
おわりに 「はみだし」の力


 松村さんによれば、人類学とは次のように研究を進めるのだという。

<人類学のフィールドワークでは、他者との深い関わりのなかに身をゆだねる。気心の知れた人と過ごすだけではないので、ときに想像もつかない状況に立たされ、戸惑う。「フィールド」になじんだ身体は、今度は「ホーム」に戻って、また別の「ずれ」を経験する。
 人類学は、この自分の居場所と調査地とを往復するなかで生じる「ずれ」や「違和感」を手がかりに思考を進める。それは、ぼくらがあたりまえに過ごしてきた現実が、ある特殊なあり方で構築されている可能性に気づかせてくれる。
 人類学では「ホーム」と「フィールド」との往復が欠かせない。そして、その両者が思考の対象となる。人類学といえば、よく遠くの国の異文化について研究していると思われてしまうが、人類学者はたんにフィールドの「かれら」だけを調査しているわけではない。
 エチオピアにいると、日本とは違う感情の生じ方を経験する。そこから、日本社会の感情をめぐる環境の特殊さに気づくこともできるし、それまで疑問をもたなかった「感情とはなにか?」という根本的な問いにも自覚的になれる。
 人類学者が向きあう問いの多くは、最初から自分のなかにあるものではない。「ホーム」と「フィールド」を往き来するなかで、あるとき到来するものなのだ。>

 そんな人類学だが、彼は「構築人類学」と言っている。
 構築主義という考え方があって、それは、<何事も最初から本質的な性質を備えているわけではなく、さまざまな作用のなかでそう構築されてきた、と考える視点だ>という。
 たとえば「男らしさ」もそうで、生まれつきもっているものではなく、社会の制度や習慣など、社会的に構築されてきたものなのである。

 そして……

<いまここにある現象やモノがなにかに構築されている。だとしたら、ぼくらはそれをもう一度、いまとは違う別の姿につくりかえることができる。そこに希望が芽生える。その希望が「構築人類学」の鍵となる。
 いまの世の中にどこか息苦しさを感じたり、違和感を覚えたりしている人にとって、最初から身の回りのことがすべて本質的にこうだと決まっていたら、どうすることもできない。でもそれが構築されているのであれば、また構築しなおすことが可能だ。
 ではどうやって別のものに再構築できるのか?
 これまでの「構築されている(だからそんなものに正当性はない!)」という批判から、「どこをどうやったら構築しなおせるのか?」という問いへの転換。それがこの本の目指す「構築人類学」の地平だ(まだ賛同者はいないけれど……)。
 もちろん簡単に答えは出ない。だから最初に、ぼくら一人ひとりがいま生きている現実を構築する作業にどう関与しているのか、その関わり方を探ることからはじめよう。(後略)>

 ということで、研究・考察していった内容が上記の目次のようになっているのである(^^ゞ。 


<今日のお薦め本>
『うしろめたさの人類学』 松村圭一郎 著、ミシマ社 刊、1836円、17.10.05. 初版第一刷発行
 著者について、奥付から紹介しておきます。
<1975年、熊本生まれ。京都大学総合人間学部卒。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。岡山大学大学院社会文化科学研究科/文学部准教授。専門は文化人類学。エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有や分配、貧困と開発援助、海外出稼ぎなどについて研究。
 著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『文化人類学 ブックガイドシリーズ基本の30冊』(人文書院)がある。>

うしろめたさの人類学
ミシマ社
松村圭一郎

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by うしろめたさの人類学 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


<後記>われわれが、いつもそこにあると信じて疑っていない「ふつう」の人間像や世界の姿というのは、実は絶対的なものではありません。
 松村さんのようにエチオピアというフィールドで調査・研究していると、いろんな「ずれ」とか「違和感」を感じて、自分のもっている「ふつう」さが揺さぶられるようです。
 そんな揺さぶりに寄り添い、別の世界の姿を考えていこう、というのがこの本の目指すところです。

 「うしろめたさ」というのもその一つの「ずれ」や「違和感」で、じゃあどうすればいいのだろうか? というところから、経済や感情、社会、世界、あるいは国家や市場、援助、公平さといったものを考察していきます。
 一筋縄ではいかない課題ですが、いろいろ考えさせられて面白いです。

 今日(6日)は小雨が降ったり止んだりから、夕方には本降りになっていきました。肌寒かったです。
 カミさんが朝から仕事に行ったので、散歩に出ました。小雨でした。

画像

 公園の桜並木を上って原っぱに行きました。

画像

画像

画像

 ウロウロしていきましたが……

画像

 見慣れない柴ワンコを見つけて、ロック・オンしました。
 動きそうもないので、リードを引っ張って反対側の階段を下りていきました。

画像

 まだ上のほうを気にしています(^^)/。

画像

 雨の日のアジサイはいいです(^^ゞ。

画像

 小さな公園に寄ってから家に帰りました。

 カミさんは午後4時ちょっと前に帰ってきました。
 夕方の散歩は5時過ぎに出ました。わりと降っていました。
 また桜並木を上って原っぱに行きました。

画像

 ウロウロしていきました。

画像

画像

画像

画像

画像

 真ん中あたりから引き返し始めました。

画像

画像

画像

 そのまま下りて帰り始めました(^^)/。

画像

画像

画像

画像

 関東地方も梅雨入りしたそうです。必要な雨ですが、ウツウツしそうです(^^ゞ。

 明日(7日)の横浜の南の端っこの天気は、朝方は雨が降るものの、しだいに止んで陽射しが届きムシムシとした暑さになるようです。
 貴重な梅雨の晴れ間になりそうです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 73
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい
面白い 面白い 面白い
驚いた 驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
いつも気持玉ありがとうございます。
4月から「朝日新聞」を購読しています。
今まで、何十年と親が取っていた地元紙を見出しのみ夜にサッと見る程度でしたが、今は新聞を読む楽しみを再確認しています。メディア等では漏れてしまう、ニュースの隙間に入り込み、拡げて活字で識る楽しみです。
私は福岡伸一さんの「how疑問」が好きでした。
のりこ
2018/06/10 02:21
☆ のりこ さん、こちらこそ、いつも気持玉をありがとうございます(^^ゞ。
 朝日新聞を4月から購読してるんですね。新聞はニュースだけでなく、それ以外のコラムなどがいろいろあるのでいいです。
 福岡伸一さんの書かれていることも、いろんなことを考えさせてくれていいです。howとwhyの違いというのも面白かったですね。
 『週刊文春』に福岡さんが連載しているエッセイ「パンタレイ パングロス」というのも、とてもいいです。機会があったら読んでみてください。
遊哉
2018/06/10 08:44

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『うしろめたさの人類学』 団塊バカ親父の散歩話/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる