『三人噺』

 噺家・古今亭志ん生(五代目)には子どもが4人いた。上二人は女、下二人が男で、長男が金原亭馬生(十代目)、次男が古今亭志ん朝(三代目)である。
 長女が、この親子の噺家3人と一家の思い出を綴った本がある。『志ん生・馬生・志ん朝 三人噺』である。今日はこの本の紹介を一席。

 志ん生といっても、若い方は知らないだろう。1973年(昭和48年)に享年83歳で亡くなっているし、最後の高座が78歳のときだというから、1968年である。
 50代以上の方なら、生であるいはテレビで見たことがあるかもしれない。DVDで残っているだろうが、たぶん白黒じゃないだろうか。「火焔太鼓」が十八番だった。
 バカ親爺が見て聴いたのも、もう晩年の高座である。自由奔放で破天荒(?)な話しっぷりで、噺家として天性の素質を持った天才だったと思う。
 こんな話がある。
<志ん朝に稽古をつけたときの話なんですがね。お侍さんが出てくる噺をしてて、そのお侍の名前をド忘れしちゃった。そいで出てきたのが、「何とかいう侍が……」。志ん朝が「父ちゃん、何とかじゃダメだろ」つったら、「いんだよ、客はわかりゃしねぇんだから」。>

 また、高座は華やかで明るい雰囲気があった。話の登場人物にいい加減な名前をつけて演じたりもしたが、それがまた味わいになって、おかしかったという。客の方も「今度はあんな名前でやってるよ」なんて、聞き比べて楽しんでいたらしい。
 時には、高座の途中で居眠りしても、客は「寝てる姿を見られたんだから、いいじゃないか」と、その場にいなかった人に自慢しちゃうなんてこともあって、志ん生なら許せる、という不思議な人だった。
 でも若いころは、話はうまかったが、地味な噺家だったんだそうだ。それが、くすぐりをいろいろ入れたり工夫して、後年の芸風をつくり上げたということだ。

 普段の生活でも天衣無縫というか、無邪気というか子どもみたいで、とぼけた人だったらしい。
<あるとき、部屋から池をボーッと眺めてたお父さんが、志ん五(弟子)を呼んだんですって。
 「何ですか」って行ってみたら ―。
 「池の側んとこに、おまえ、鳩が止まってるだろ」
 「はぁ。珍しい色ですね、あの羽。何色っていうんですかね、あれは」
 「そんなこたぁ、どうでもいんだよ。俺、さっきっから見てんだけども、あすこから一時間も、動かねえんだよ。何考えてっかわかるか、おまえ」
 「鳩がですか? さあ、何考えてんでしょうね」
 「ひょっとすると、身投げだ」>
 子どもが不思議に思うそのまんまを口にすることがあるが、大人になってもそれをやっていた人、だったんだねえ。

 長男の金原亭馬生は志ん生と違って、謹厳実直を絵に書いたような人、努力の人、という印象だった。真面目にキッチリとした噺をする人で、噺の時代考証とかも細かいところまでコツコツと調べていたんだそうだ。文楽や円生のような系統の人なんだろう。じっくりと聴けるいい噺家だったが、1982年に食道ガンで享年54歳の若さで亡くなってしまった。もっと長生きしてほしかったね。

 志ん朝の噺には、華と艶があったと思う。明るく派手なしゃべり口調や、持って生まれた個性や味は志ん生譲りだった。完璧といってもいいキッチリとした噺をする人だったが、それでいて、くすぐりの入れ方もうまかった。
 残念なことに2001年、享年63歳で亡くなってしまった。バカ親爺、好きだったんだけどねえ……

 芸風は三人三様だったが、三人とも稽古熱心で、歩きながらでもよく稽古をやっていたという。
<志ん朝のお弟子さんなんか、よく「ウチの師匠には、『噺家は歩きながら貯金ができる』と、言われました」って、話してましたもん。>
ということだ。

 志ん生が志ん生を襲名(1939年・昭和14年)するまでは、大変な貧乏生活で、お母さんは一生懸命内職などをして一家の生活を支えたらしい。前の借家から夜逃げをして移った「なめくじ長屋」での話など、面白いのだが、そのへんは是非この本で。
 最後にこの長女の、貧乏暮らしへの感慨から……
<あたしは今でもお金にあんまり執着がないんですよ。お金がなくなったら、なくなったで、そんときにどうにかすればいい。今までもどうにかなってきたんだしね。先のこと考えたってしょうがないですよ。なんて思えるのも、失くすものが何もない貧乏時代を過ごしてきたのと、お父さんの何にもこだわらない性格を継いだからかもしれませんね。
 この年になって思うのよ。貧乏って薬になるかなって。人間的に強くなるっていうね。>

 本日はこの辺で、「おあとが、よろしいようで……」

<今日のお薦め本>
『志ん生・馬生・志ん朝 三人噺』 美濃部美津子 著、扶桑社 刊、1,333円+tax

<後記>この本は、引用部分でもおわかりかと思いますが、この長女の話を聞いてまとめているらしい。上品でちょっとべらんめぇ口調が入っていて、楽しく読みやすい。
 それにしても、馬生と志ん朝がもっと長生きして、70歳、80歳になったときの噺を聴きたかったですねえ。
 ところで、林家こぶ平が九代目林家正蔵を襲名するということですが、彼は意外と、と言っちゃあなんですが、意外といい噺家になると思います。

 文春文庫になりました。
三人噺 志ん生・馬生・志ん朝 (文春文庫)

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この記事へのコメント

adv55
2005年03月15日 21:23
古今亭志ん生(五代目)をラジヲで聴いて楽しんだのはおいらの世代が最後でしょうね。
上京したときはいつも上野の鈴本で仕事をサボって遊んでいます。
誰か落語BLOGを開設しないかなぁ。
遊哉
2005年03月15日 22:55
adv55さん、コメントありがとう。
 ラジヲを忘れてました。この本にも、志ん生は今話題のニッポン放送専属だったと書いてあったのです。この本を書いた長女の方もニッポン放送に勤務していたそうです。
 仕事をサボって遊んでますか?! たまには、いいですよね。それにしても、寄席が少なくなって残念です。
 最近の落語の世界はあまりよく知りません。半日ゆっくり寄席に行きたいと思っています。行くとすれば、新宿の末広亭かやはり上野の鈴本になるでしょうね。
urara
2005年03月16日 00:26
私も志ん生をテレビで見たのは覚えてます。blog楽しく拝見しました。また他の話家さんのことも書いてください。
遊哉
2005年03月16日 19:14
 uraraさん、承知しました。必ず書きますが、少し時間をくださいね。
 それはそうと、uraraさんも、ノンビリでいいですから、ブログ書いてください。楽しみにしています。
seizi05
2005年03月16日 20:27
懐かしい ラジオで聞いた あの高い調子を 思い出した 落語全集なんて 厚い本を読んだりしてた あのころはーーー とまらなくなっちゃう
遊哉
2005年03月16日 23:13
seiziさん、とまらなくなっちゃいますか。昔は、ラジオでもテレビでも寄席中継をやっていましたよね。
 落語にちなんだグチグチもお願いします。

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