「もったいない」

 この連休に親父のところに行ったときのことだ。カミさんが親父に、物入れの中を整理してくれ、と頼まれた。
 お袋が亡くなってから3年経つ。親父は身の回りに必要な衣食住に関することは、ある程度自分で管理するようになったものの、関係ないものはどこに何があるかわからないし、わかろうともしない。男なんてそんなものかもしれないが。

 カミさんが整理し始めると、出てくるわ出てくるわ。何がかというと、どこかからもらった手ぬぐい・タオル、結婚式の引き出物、きれいにたたんだデパート等の包装紙、布切れ、郵便局や銀行の粗品の数々……等々。いったい、これ何時のもの、というのがいっぱいだ。
 そういえば子どものころ、お袋がデパートから何か届くと、包装紙をきれいにとって、皺を延ばし畳んでいたのを思い出した。それに何かにつけて「もったいない」という言葉を口にしていたのも思い出した。
 大正6年生まれのお袋にしてみれば、それがあたりまえのことで、「もったいない」ということが、自然に身についていたんだと思う。

 この前、ノーベル平和賞を受賞したケニアの環境活動家で、環境副大臣を務めるワンガリ・マータイさんが来日した。来日中に気に入ったのが、この「もったいない」という日本語で、世界に広めようということだった。
 これを聞いて、なにか面映い気持ちになったのは、バカ親父だけだろうか。すばらしい言葉だと思うのだが、はたして今の日本人に、どれだけ「もったいない」という心というか気持ちがあるんだろうか。言葉だけが残っているだけではないか、と思ってしまう。

 変な話だが、テレビでホームレスの人たちが、コンビニやスーパーの賞味期限切れで捨てられた食べ物で生活しているなんていうのを見ると、複雑な気持ちになる。
 年度替りで引越しがあると、いろいろな家具などが区役所の引き取りを待って道路脇に置いてあることがある。「えっ、こんなにいいものを捨てちゃっていいの。もっ、もって帰ろうか」と、貧乏性のバカ親父が思ってしまうようなものもある。
 日本はいったい、いい国なんだか、情けない国なんだか……

 日本には、九十九神(つくもがみ)というのがいたという。これは「付喪神」とも書くらしいが、何か物に、特に古い物につく霊魂(妖怪)で、唐傘おばけ等がこれに当たるという。
 室町時代に工業や物流が拡大して、家財道具の更新が多くなり、路地に捨てられることが増えたということだ。このことが、古道具には霊魂があり祟りをなすとの考え「付喪神信仰」の起こりらしい。
 これは、まさに日本の現状に通じることで、物を大事に使って、むやみに捨てちゃあいけないよ、ということだろう。

 ひょっとしたら、そのうち、九十九神の祟りがあるかもしれないねえ……

<後記>親父のところから戻って、カミさんと話しました。物を無駄に買い込んだり、使ったりするのはいけないことだし、ものを大事にすることは必要だね。でも、物をしまい込んで、生きてるうちに使わないことも、「もったいない」ことだねえ、と。
 バカ親父、お袋のことを思うと、ちょっと複雑……

 ワンガリ・マータイさんが書いた、次のような本があります。
モッタイナイで地球は緑になる

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この記事へのコメント

2005年05月07日 18:09
我が家の昭和59年生まれの長女は「もったいない」が口癖です。昭和60年生まれの長男は「もったいないでは、経済が動かない」と申しております。そのハザマで、私は・・・。確かに大事にしまいこんで使わないのは、場所ばかりとってしまってもったいないかもしれません。一坪いくら?というシビアなことを考えると、押入れを占領しているガラクタがかなりの高額に換算される場合もあるって!!
バフィりん
2005年05月07日 19:37
もったいない・・・世界に広めようって良いことだと思います。まずその前に日本で再認識しなくては!私は物を溜め込むタイプではありませんが、気になるのは食べ物を凄く粗末にしている気がします。(まだ使える粗大ごみもそうですが)生きていくためには何よりも必要な食料を賞味期限切れといってはばっさばっさと捨てる有様は何だか違うような気がします。食べ物の無い時代に育ったわけではありませんがいつか罰が当たりそうで凄く嫌です。
遊哉
2005年05月07日 22:14
yu_mamaさん、お嬢さんと息子さんのおっしゃることは、どちらも正しいことかもしれません。今は、消費が美徳の社会から、節約しなければやっていけない社会への移行期、ハザマなのかもしれない、と思っています。
 だんだん、今までのような消費は許されなくなるのではないでしょうか。
 それにしても、都会の1坪は高すぎますね。
遊哉
2005年05月07日 22:23
 老輩堂さん、育った環境によるかもしれませんが、団塊世代は少しは「もったいない」という気持ちを持っていると思います。高度経済成長の前を少しは知っていますからねえ。若い人たちにこれを知ってもらうのは、なかなか難しいかもしれません。
 「もったいない」の逆輸入はいいかもしれませんが、それ以前になにかあれば、嫌でも思い知らされることになるかもしれません。
遊哉
2005年05月07日 22:30
 バフィりんさん、日本は食料の自給率が低くて、輸入に頼っていますから、地球規模で異常気象でも起これば、大変なことになるでしょうね。
 食べ物を粗末にすれば、きっとしっぺ返しが来るような気がしますね。子どものころ、茶碗に米粒がついたままで「ごちそうさま」と言うと、お袋に怒られたことを思い出しました。
urara
2005年05月07日 23:24
もったいないといってむやみに溜め込んでゴミ屋敷にするよりいっそ捨ててしまうと楽なのですが、それも出来ない。「もったいない」と言うにも甲斐性が備わっていないとだめなんだとつくづく思います。必要以上に買わない、貰わない、あげない等、生活人としての気構えが問われるところです。自戒をこめて!
2005年05月08日 00:12
うちの義父母が、家を処分し我が家へ越してきたときの事を思い出しました。随分意を決して家財道具を整理してきたのでしょうが、すぐには使わないというダンボール箱を開けてみて驚きました。箱の中はクリーニング屋さんの針金ハンガーで埋め尽くされていたのです。荷物の収納に困り結局大きな物置を作りましたが…数年経つのにまだ開けてない箱も多数ありまして…今度主人と物置でお宝探しをしようと計画しています(^_-) 
遊哉
2005年05月08日 00:15
uraraさん、バカ親父は捨てられない人、カミさんは捨てちゃう人で、いつも喧嘩になります。
 たしかに、「もったいない」と言うにも甲斐性が備わっていないとだめですねえ。「生活人としての気構え」を心して、不必要な無駄をなくしていきたいと思います。
pipimama
2005年05月08日 07:28
普段からすぐ何に対しても「もったいない」という頭が働き物を捨てられない。最近は包装紙、菓子箱、紙袋等は資源ごみに出すようにしていますが…衣類関係は捨てられない、っていうか若干ウエストが太くはなったものの体型が変わっていないので昔のものでも着られる=いつか着るんではないかと思って大事にしまう。はぁ~、無駄なものを整理しないと今に家の中がいっぱいになってしまう(ーー;)
遊哉
2005年05月08日 11:10
 耳すま さん、義理のお父さんとお母さんは、うちのお袋と似ているようですね。戦中・戦後の物のない時代を経験した人たちは、どうしても物を捨てられないようです。バカ親父、人のことは言えないんですけどね。
 お宝探しを、ご主人と楽しんじゃってください。
遊哉
2005年05月08日 11:17
pipimamaさん、バカ親父と同類だ。カミさんに、「こんな服捨てちゃいなさいよ」とよく言われますが、「これは老後の服だ」と言って抵抗しています。
 でも、うちのお袋のように溜め込んでも、生きてるうちに使わなきゃ、意味ないですから、どこかでキリをつけて整理しましょう! お互いに。
2005年05月08日 13:20
もったいないティシャツ 1700円で発売中 300円の寄付が出来るって こういう話にポンとのれる私になりたい
遊哉
2005年05月08日 18:56
seiziさん、バカ親父は、そういう話にはなかなか、のれないのです……

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    Excerpt: 「「もったいない」」について 私は物に執着しない。形あるものは使ってこそ価値があると考えています。  幸にもあまり衝動買いはしませんが、買ったものは必ず使います。何らかの目的をもってこの世に生ま.. Weblog: 庭と犬と映画と・・・@WebryBlog racked: 2005-05-08 08:32