三・五・七
6月2日の「西洋起源のことわざ」で、「岩波 ことわざ辞典」を紹介した。昨日、本の整理をしていたら、この辞典の編集に携わった辞典編集部の編による「ことわざの知恵」という本が出てきた。
3年ほど前に買った本だが、忘れていた。悪い癖で、拾い読みを始めてしまった。その中になかなかいいのを見つけた。
「三つ叱って五つ褒め七つ教えて子は育つ」というものだ。
うん、なかなか含蓄のあることわざだわい、と思った。三・五・七という奇数は「七五三の祝い」があるように、めでたい数なのだろう。叱る・褒める・教える、のそれぞれの割合を示しているのだが、この比率どおりにしろ、と言っている訳ではないだろう。めでたい数に引っ掛けて言っていると思うのだが、なかなか微妙な数(比率)である。
子どもは叱られ、褒められ、教えられて育つのだが、褒められるより叱られるほうが多いといじけるだろうし、勉強、勉強で教えられ叱られてばかりでは、いわゆる「いい子」になるかもしれないが、後で問題が出てきそうだ。
それじゃあ、褒められてばかりがいいかといえば、そうでもない。小さいころはいいかもしれないが、大きくなって、特に思春期になって自我ができて、自分を知るようになると、褒められれば褒められるほど、自分自身の現実とのギャップに気づき、「なに言ってやがるんだい」と反発するかもしれない。
別にこの比率どおりにできるわけはないのだが、少なくとも子どもを叱るのは褒めるよりは控え目に、ということは言えそうである。
<今日のお薦め本>
「ことわざの知恵」 岩波書店辞典編集部 編、岩波新書、680円+tax
<後記>このことわざの次に「子供叱るな来た道じゃ、老人笑うな行く道じゃ」というのが取り上げられていました。思わず、ニヤッとしたのでしたが、人の一生の始めと終わりのころに視点を当てて、「もっとおおらかに生きようじゃないの」と、優しく言われたように感じました。
夕方、次女から電話があって、健診で生まれて初めてバリウムを飲んで、胃とお腹が重くて気持ちが悪くてしようがない、と言っていました。人はいろんな初体験を重ねながら生きていくんだ、と改めて思いました。
バカ親父も人間ドックに行く予定だったのですが、結石ができて薬を飲んでいるので血液検査に影響があるかもしれない、ということで延期になりました。あんなものやりたかないから、ずーっと延びてくれればいいのになあ……
ことわざの知恵
3年ほど前に買った本だが、忘れていた。悪い癖で、拾い読みを始めてしまった。その中になかなかいいのを見つけた。
「三つ叱って五つ褒め七つ教えて子は育つ」というものだ。
うん、なかなか含蓄のあることわざだわい、と思った。三・五・七という奇数は「七五三の祝い」があるように、めでたい数なのだろう。叱る・褒める・教える、のそれぞれの割合を示しているのだが、この比率どおりにしろ、と言っている訳ではないだろう。めでたい数に引っ掛けて言っていると思うのだが、なかなか微妙な数(比率)である。
子どもは叱られ、褒められ、教えられて育つのだが、褒められるより叱られるほうが多いといじけるだろうし、勉強、勉強で教えられ叱られてばかりでは、いわゆる「いい子」になるかもしれないが、後で問題が出てきそうだ。
それじゃあ、褒められてばかりがいいかといえば、そうでもない。小さいころはいいかもしれないが、大きくなって、特に思春期になって自我ができて、自分を知るようになると、褒められれば褒められるほど、自分自身の現実とのギャップに気づき、「なに言ってやがるんだい」と反発するかもしれない。
別にこの比率どおりにできるわけはないのだが、少なくとも子どもを叱るのは褒めるよりは控え目に、ということは言えそうである。
<今日のお薦め本>
「ことわざの知恵」 岩波書店辞典編集部 編、岩波新書、680円+tax
<後記>このことわざの次に「子供叱るな来た道じゃ、老人笑うな行く道じゃ」というのが取り上げられていました。思わず、ニヤッとしたのでしたが、人の一生の始めと終わりのころに視点を当てて、「もっとおおらかに生きようじゃないの」と、優しく言われたように感じました。
夕方、次女から電話があって、健診で生まれて初めてバリウムを飲んで、胃とお腹が重くて気持ちが悪くてしようがない、と言っていました。人はいろんな初体験を重ねながら生きていくんだ、と改めて思いました。
バカ親父も人間ドックに行く予定だったのですが、結石ができて薬を飲んでいるので血液検査に影響があるかもしれない、ということで延期になりました。あんなものやりたかないから、ずーっと延びてくれればいいのになあ……
この記事へのコメント
先ほど 私のブログ<ほほえみ>にいただいた コメント。好きというのは 魔法の言葉でしたね。「三・五・七」+ 好き好き光線 というのはいかがでしょう?
最近、子どもに「あのじーじに育てられたママはかわいそうだったね。よく耐えてきたね」と慰められています。知らないうちに子どもは私を超えていたようです。親はなくとも(できそこないでも)子は育つ!のですね。子どもに感謝しています。
「三・五・七」+ 好き好き光線、っていいですね。好き好き光線の一つの表れが、「ほほえみ」ってことになるんでしょうかね。
叱るのはたしかに難しい。昔、次女を1度だけひっぱたいたことがありますが、それがよかったのか悪かったのか、いまだにわかりません。
親を慰めてくれる優しい子どもたちに育ってくれてよかったね。子どもが親を乗り越えてくれるなんて、こんな嬉しいことはありませんよ。
野坂昭如が「親はあっても子は育つ」なんて皮肉というか反語的なことを言っていたけど、親子の関係や子育てっていうのは、なにがいいのか未だによくわかりません。でも、子どもに感謝できるなんていうのは最高だ。
言うは易く、行うは難しと実感。
叱る方が先にたち褒めるのは後回しで子育てしたように思います。自己表現が下手だけど曲がらずに育ってくれた娘に感謝の思い。
息子さんも母親のありがたみはわかっていると思いますよ。所帯をもてば、また違ってくると思います。
たしかに、子どもを見れば親がわかる、と言えるかもしれません。こわいなあ。子育てはほんと、ムズイです。
子どもも独立すると、寝顔を見たくても見れませんから、今のうちにいっぱい見といてください。