「天空の草原のナンサ」を観た
今日は、久し振りに銀座に出る用事ができた。先日紹介した「天空の草原のナンサ」を観るまたとないチャンスである。
この映画はどちらかというと地味でマイナーだから、あちこちの映画館でやっているわけではない。一番近い公開館が、今日観にいった有楽町のシャンテ・シネなのである。宝塚劇場のすぐ近くにある。ミニ・シアターが1~3まであって、3でこの映画をやっていた。
用が済んでから夜の部を観ることにし、カミさんを誘ってみたのだが、犬の出る映画は泣くのが多いからイヤだ、と素気無い返事をされてしまった。仕方がない、ひとりもいいだろう、と観たのだった。
さて、この映画を一言でいえば、「つまらない映画」である。といっても、バカ親父には面白かったのだが。
ワクワク・ドキドキするような劇的展開のある映画をお望みの方には、実につまらない映画だと思う。モンゴルの草原に住む若い夫婦と3人の幼い子どもの生活を、淡々と描いているだけなのである。ただし、そこに犬が登場する。
この家族は、本物の実在する一家だそうである。モンゴル出身の女性監督・ビャンバスレン・ダバーが、選んだ家族だということだ。
その条件は、伝統的な遊牧民として完全に自給自足の生活を送っている一方で、撮影チームを受け入れてくれるオープンさを備えた人たち、ということで、監督自身が自分の母親が育った地域を2週間旅して探し出したという。
この5人家族が、とても魅力的である。
一家は羊やヤクを飼って生活しているのだが、父親は近々都会に出て働くことも考えているようだ。映画のはじめのほうで、ナンサ(主人公)が町の学校(寄宿舎?)から久し振りに帰ってくるのだが、その対応振りが子どもたちへの愛情といとおしさを物語っている。
母親は、日々の生活をきちんと取り仕切っている。羊やヤクの乳を搾り、バター茶やチーズやヨーグルトを作り、手で洗濯をし、手回しのミシンで服を縫い、食事の用意をし、祭壇に灯をともす。
3人の子どもがかわいい。長女は6歳の主人公ナンサ、3歳くらいのいたずら盛りの次女、歩き始めてそれが楽しくて仕様がないといった感じの弟、の3人である。
冒頭、父親とナンサが、それまで飼っていた犬の埋葬をするシーンが出てくる。
石がゴロゴロして、天と地の境目がはっきりしないような幻想的な風景の中、父親が腕に抱きかかえてきた犬を地面に降ろす。
しばらくすると、ナンサの声が聞こえてくる。「なんで、尻尾を頭の下に置くの」。父親が答える。「今度生まれてくる時に、人間になれるようにさ」。
この仏教の輪廻転生という考え方が、この映画の一つのテーマのような気がする。ラストシーンで、寝ている犬の傍らに座るナンサの呟きにも、それが出てくる。思わず、微笑をさそわれるシーンでもある。
この映画の英語のタイトルは “The Cave of the Yellow Dog ” というのだが、「黄色い犬の伝説」というのがモンゴルにはあって、ナンサが遊牧民のおばあさんから聞かされる話である。その話も輪廻転生に関係している。
さて、この犬の話をせねばなるまい。
町に用があってバイクで出かけてしまった父親の代わりに、ナンサは羊の放牧のために、馬に乗って近くの山に出かける。その山の洞窟で、ナンサは幼犬を見つけるのである。
幼犬といっても、大型犬の3、4か月くらいだろうか。犬種がはっきりしないから、ミックス犬だろう。白い犬なのだが、顔だけが黒く、額から鼻先まで白く細い線が入っている。遠くから見ると、羊の子どものようにも見える。
ナンサはこの犬をゲル(中国語でパオ。組み立て式の家)に連れて帰り、「ツォーホル」と名づけるのだが、母親は返してきなさいと言う。町から帰った父親も、拾ったところに戻しなさいという。
母親は見てみぬ振りをするのだが、ナンサは羊の囲いの中にツォーホルを隠したりする。みえみえなんだけどね。そんなところも、かわいいのである。
はたして、この犬を飼うことができるようになるのかどうか、ということでこの物語は進んでいく。
この映画のもう一つのテーマは、近代化し都市化していくモンゴルで、遊牧生活を打ち切る人たちが多く、遊牧民としての存亡の危機を迎えている社会の変化、ということだろうか。
夫婦の会話で、ナンサを叔父さんのところに預けようか、と相談するところがある。そうすれば、父親が町で働きやすくなるというのである。遊牧民の子どもが町の学校に行くようになると、家族は町で暮らすか遊牧を続けるかで、判断を迫られるらしい。
そうして遊牧生活を切り上げた家族が、飼っていた犬を捨ててゆき、捨て犬が多いということである。ナンサが見つけた犬もそうして捨てられた犬かも知れず、父親は狼を呼び寄せるのではないかと、心配していたのである。
この映画は、大自然の中でしっかりと根を下ろして、家族が力を合わせて生活する様を、じっくり映像化している秀作だと思うのである。
<後記>この映画は、作り物のあざとらしさは、まったくありません。そこに、物足りなさを感じる方もいるかもしれませんが、穏やかで静かで温かい気持ちになりたい方には、お薦めの作品です。
興味深い映像もありました。一家が放牧地を移動するにあたってのゲルの解体を、丁寧に撮っています。ゲルというのはとても合理的にできていて、美しいものだと感じました。
パンフレットを買ったら、佐野洋子の文章が載っていました。次のようなものです。
<私たちは全てを必要以上に手に入れ、さらに満たされない。そしてその代償として、人間の生き物としての本質を失い、孤独である。本質はなんであるかもおぼろである。家族の絆を失い、子を己のエゴで愛し、この世で生きて行く力よりも学歴で高給取りになれると信じている。そして子は親を捨てる。
人間は動物である。動物としての人は、何よりも食わねばならない。そして健康でその食い物を手に入れる労働を日々くり返し、年老いて死ぬ。
(中略)私は、モンゴルの映画を初めて見た。今まで見てきた沢山の映画、好きな映画もいくつもある。しかしこの様に人間は美しいとゆさぶられた映画は初めてである。劇映画かドキュメンタリーかわからなかった。どっちでもいいと思った。
(中略)あの広大な空と地平の草原で家族だけで生きる彼らが、孤独の入りこむすきのない濃密な時間を生きていることに涙をこぼした。>
ちなみに、バカ親父は涙をこぼしませんでした。こぼしそうにはなったけど(笑)。チケット売り場で面白いことがありました。チケットを頼むと、「シニアでよろしいですね」と聞かれたのである。一瞬ドキツとしたのですが、せっかくそうおっしゃっていただいたことだし、お言葉に甘えて「はい」と答えてしまった。おかげで、800円安く観ることができました。これって、悲しむべきなんでしょうか。同じことを聞かれたのは、これで2回目です。トホホ。
天空の草原のナンサ デラックス版
この映画はどちらかというと地味でマイナーだから、あちこちの映画館でやっているわけではない。一番近い公開館が、今日観にいった有楽町のシャンテ・シネなのである。宝塚劇場のすぐ近くにある。ミニ・シアターが1~3まであって、3でこの映画をやっていた。
用が済んでから夜の部を観ることにし、カミさんを誘ってみたのだが、犬の出る映画は泣くのが多いからイヤだ、と素気無い返事をされてしまった。仕方がない、ひとりもいいだろう、と観たのだった。
さて、この映画を一言でいえば、「つまらない映画」である。といっても、バカ親父には面白かったのだが。
ワクワク・ドキドキするような劇的展開のある映画をお望みの方には、実につまらない映画だと思う。モンゴルの草原に住む若い夫婦と3人の幼い子どもの生活を、淡々と描いているだけなのである。ただし、そこに犬が登場する。
この家族は、本物の実在する一家だそうである。モンゴル出身の女性監督・ビャンバスレン・ダバーが、選んだ家族だということだ。
その条件は、伝統的な遊牧民として完全に自給自足の生活を送っている一方で、撮影チームを受け入れてくれるオープンさを備えた人たち、ということで、監督自身が自分の母親が育った地域を2週間旅して探し出したという。
この5人家族が、とても魅力的である。
一家は羊やヤクを飼って生活しているのだが、父親は近々都会に出て働くことも考えているようだ。映画のはじめのほうで、ナンサ(主人公)が町の学校(寄宿舎?)から久し振りに帰ってくるのだが、その対応振りが子どもたちへの愛情といとおしさを物語っている。
母親は、日々の生活をきちんと取り仕切っている。羊やヤクの乳を搾り、バター茶やチーズやヨーグルトを作り、手で洗濯をし、手回しのミシンで服を縫い、食事の用意をし、祭壇に灯をともす。
3人の子どもがかわいい。長女は6歳の主人公ナンサ、3歳くらいのいたずら盛りの次女、歩き始めてそれが楽しくて仕様がないといった感じの弟、の3人である。
冒頭、父親とナンサが、それまで飼っていた犬の埋葬をするシーンが出てくる。
石がゴロゴロして、天と地の境目がはっきりしないような幻想的な風景の中、父親が腕に抱きかかえてきた犬を地面に降ろす。
しばらくすると、ナンサの声が聞こえてくる。「なんで、尻尾を頭の下に置くの」。父親が答える。「今度生まれてくる時に、人間になれるようにさ」。
この仏教の輪廻転生という考え方が、この映画の一つのテーマのような気がする。ラストシーンで、寝ている犬の傍らに座るナンサの呟きにも、それが出てくる。思わず、微笑をさそわれるシーンでもある。
この映画の英語のタイトルは “The Cave of the Yellow Dog ” というのだが、「黄色い犬の伝説」というのがモンゴルにはあって、ナンサが遊牧民のおばあさんから聞かされる話である。その話も輪廻転生に関係している。
さて、この犬の話をせねばなるまい。
町に用があってバイクで出かけてしまった父親の代わりに、ナンサは羊の放牧のために、馬に乗って近くの山に出かける。その山の洞窟で、ナンサは幼犬を見つけるのである。
幼犬といっても、大型犬の3、4か月くらいだろうか。犬種がはっきりしないから、ミックス犬だろう。白い犬なのだが、顔だけが黒く、額から鼻先まで白く細い線が入っている。遠くから見ると、羊の子どものようにも見える。
ナンサはこの犬をゲル(中国語でパオ。組み立て式の家)に連れて帰り、「ツォーホル」と名づけるのだが、母親は返してきなさいと言う。町から帰った父親も、拾ったところに戻しなさいという。
母親は見てみぬ振りをするのだが、ナンサは羊の囲いの中にツォーホルを隠したりする。みえみえなんだけどね。そんなところも、かわいいのである。
はたして、この犬を飼うことができるようになるのかどうか、ということでこの物語は進んでいく。
この映画のもう一つのテーマは、近代化し都市化していくモンゴルで、遊牧生活を打ち切る人たちが多く、遊牧民としての存亡の危機を迎えている社会の変化、ということだろうか。
夫婦の会話で、ナンサを叔父さんのところに預けようか、と相談するところがある。そうすれば、父親が町で働きやすくなるというのである。遊牧民の子どもが町の学校に行くようになると、家族は町で暮らすか遊牧を続けるかで、判断を迫られるらしい。
そうして遊牧生活を切り上げた家族が、飼っていた犬を捨ててゆき、捨て犬が多いということである。ナンサが見つけた犬もそうして捨てられた犬かも知れず、父親は狼を呼び寄せるのではないかと、心配していたのである。
この映画は、大自然の中でしっかりと根を下ろして、家族が力を合わせて生活する様を、じっくり映像化している秀作だと思うのである。
<後記>この映画は、作り物のあざとらしさは、まったくありません。そこに、物足りなさを感じる方もいるかもしれませんが、穏やかで静かで温かい気持ちになりたい方には、お薦めの作品です。
興味深い映像もありました。一家が放牧地を移動するにあたってのゲルの解体を、丁寧に撮っています。ゲルというのはとても合理的にできていて、美しいものだと感じました。
パンフレットを買ったら、佐野洋子の文章が載っていました。次のようなものです。
<私たちは全てを必要以上に手に入れ、さらに満たされない。そしてその代償として、人間の生き物としての本質を失い、孤独である。本質はなんであるかもおぼろである。家族の絆を失い、子を己のエゴで愛し、この世で生きて行く力よりも学歴で高給取りになれると信じている。そして子は親を捨てる。
人間は動物である。動物としての人は、何よりも食わねばならない。そして健康でその食い物を手に入れる労働を日々くり返し、年老いて死ぬ。
(中略)私は、モンゴルの映画を初めて見た。今まで見てきた沢山の映画、好きな映画もいくつもある。しかしこの様に人間は美しいとゆさぶられた映画は初めてである。劇映画かドキュメンタリーかわからなかった。どっちでもいいと思った。
(中略)あの広大な空と地平の草原で家族だけで生きる彼らが、孤独の入りこむすきのない濃密な時間を生きていることに涙をこぼした。>
ちなみに、バカ親父は涙をこぼしませんでした。こぼしそうにはなったけど(笑)。チケット売り場で面白いことがありました。チケットを頼むと、「シニアでよろしいですね」と聞かれたのである。一瞬ドキツとしたのですが、せっかくそうおっしゃっていただいたことだし、お言葉に甘えて「はい」と答えてしまった。おかげで、800円安く観ることができました。これって、悲しむべきなんでしょうか。同じことを聞かれたのは、これで2回目です。トホホ。
天空の草原のナンサ デラックス版
天空の草原のナンサ デラックス版 [DVD]
天空の草原のナンサ デラックス版 [DVD]
この記事へのコメント
この映画には、犬にまつわるもう一つの伝説がかかわっているのですが、ストーリーに直接かかわってくるので書けないのです。残念。
パソコンの調子が悪そうですね。再開を首を長くして待ってますよ。
生きていくことの素朴さ…が、都会の生活では忘れ去られがちですよね。佐野さんの文章から、「本物の豊かさとは何なのか」ということも感じられる映画なのかなぁ?と思いました。
うーん、観てみたいけど、うちは田舎なので上映している映画館はないかもしれない(汗)。
そういえばお母さんが「手のひらを真上からかじってごらんなさい」と言った続きは、何というセリフだったんでしょう・・・?
手のひらの話は書かないつもりだったのですが、書いちゃいますか。ナンサは自分の手のひらをかじろうとしますが、かじれません。母親はこんなことを言います。「こんなに近くにあるのにかじれないでしょ」と。そんなふうに、世の中には自分の思うままにならないこともあるでしょ、ということを教えているのです。ナンサは羊の放牧に出かけても、まだ一所懸命に手のひらをかじろうとしてました。かわいかったですよ。こんな教え方をできる母親っていいですね。
この映画、観終わってからのほうがジワジワいろいろ考えさせられてます。この家族がこれからどうなっていくのかが、気になる映画です。