団塊バカ親父の散歩話

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zoom RSS 『週刊新潮』 創刊号

<<   作成日時 : 2006/02/24 21:53   >>

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 『週刊新潮』という週刊誌があるが、創刊50周年記念ということで、別冊として「昭和31年「創刊号」完全復刻版」が発行された。
 前後に、創刊当時の編集者や関係者の思い出話、関連資料があり、それらに挟まれて、創刊号の復刻版が入っている。

 創刊号は昭和31(1956)年「2月19日号」で、本文64頁、グラビア16頁、定価30円、表紙絵は谷内六郎である。頁数は現在の約半分、定価は10分の1である。
 巻末の「週刊新潮50年史」には、創刊について次のように書かれている。
<従来、新聞社系でなければ出せないといわれていた週刊誌の創刊に挑戦し、販売ルート・入り広告・取材等々の困難な課題を克服。ユニークな編集方針と、文芸出版社の伝統を生かした連載小説も好評をもって迎えられ、出版社による新しい形の週刊誌として初めての成功をおさめて、週刊誌時代現出の先鞭をつける。>

 担当編集者は、書籍や他の月刊誌の編集者から駆り集められたらしい。新聞社のような記者ではないから、それぞれがだいぶ苦労したようである。
 そんな話の中から、すこし抜き書きしてみる。

○ 佐藤亮一(初代編集長)
<(今後の抱負は)一言でいえば低いところで勝負しないというか、読者に迎合しない週刊誌にしたいということです。迎合しないというのは読者の求めているニュースや記事を提供しないということではない。大部分の読者は無意識の良識と好奇心にあふれている。その欲求にこたえる誌面を作ることです。迎合というのは読者がハッキリ意識している面にばかり編集が密着する場合に起こるんではないかと思うんですよ。いい編集というのは読者に発見の喜びを味わってもらう編集です。>

○ 齋藤十一(新潮社の実力者で「怪物編集者」と言われた人)
<「雑誌というものの根本は、なにもいまさら講釈するつもりはないが、他人(ひと)のことを考えていては出来ない。いつも自分のことを考える。俺は何が欲しいか、読みたいか、何がやりたいかだけを考える。これをやればあの人が喜ぶ、あれをやればあいつが気に入るとか、そんな他人のことは考える必要はない」>

○ 鵜飼久一(創刊スタッフ)
<正直言って、いくらか文章が書ける方だと自惚れていた。しかし、隅々まで徹底的な指導を受けました。
 「言葉の選び方、文脈の捉え方。新聞のようなピラミッド型の文章は書くな。時には庭からひょいと座敷に入るような文章を書け」
 と厳しく言われました。>

○ 谷内達子(谷内六郎夫人)
<絵を描くのもお茶の間で、みんなが楽しく団欒している食卓のテーブルで仕事をするのが好きでした。
 主人は、
 「子供と一緒にいるといろんなことを学ぶんだよ」
 と常々申しておりました。>
<一緒に遊んでいる時に腰をかがめ、子供の目の高さになって周りを眺め、
 「冷蔵庫ってこんなに大きいんだ! だから怪獣にも見えるんだね」
 と言ったこともありました。>
<スケッチはほとんどいたしません。風景やその他のもの、何でもチラッと見ただけで、感覚ですぐ体にとり入れてしまいました。
 「パパの頭の中はカメラになっていて一枚一枚写しているんだよ。それもカラーでね」
 と子供には話していました。(中略)
 「風景など完全に自分の体の中で消化されると、絵や文章になって出てくるんだよ」
 と言っておりました。>

 創刊号の表紙は、「上総の町」と題されている。「表紙の言葉」で谷内六郎は、次のように書いている。
<「上総の町は貨車の列、火の見の高さに海がある」
 乳色の夜明、どろどろどろりん海鳴は低音、鷄はソプラノ、雨戸のふし穴がレンズになって丸八の土蔵がさかさにうつる幻燈。兄ちゃん浜いぐべ、早よう起きねえと、地曳におぐれるよ、上総の海に陽が昇ると、町には海藻の匂がひろがって、タバコ屋の婆さまが、不景気でおいねえこったなあと言いました。房州御宿にて>

<後記>昭和31年の2月といえば、バカ親父は小学校2年生でした。もちろんこのころ、週刊誌なんて買ったことはありませんが、小学校時代に、クソ親父が買ってきた週刊誌を、盗み読んでいた覚えがあります。
 その中に、この『週刊新潮』もありました。当時は、表紙の絵を誰が描いていたのか知りませんでしたが、妙に頭に残っていて懐かしいのです。奥さんの話を読むと、谷内六郎の絵がどのようにして描かれたがわかって、面白いですね。子どもが好きだったこと、スケッチもせずに記憶したものが、あるときフッと絵になって表されたようです。
 創刊当時の編集者たちの話や書いていることも面白いです。読者に迎合することなく、独自の視点や表現で、新しい週刊誌をつくっていこうとする意欲や苦心を感じます。
 創刊号の映画や演劇紹介の記事も楽しい。「エデンの東」「七年目の浮気」「黒いキツネ」「アラスカ珍道中」「小鹿物語」などがあって、ああ、観た観たと嬉しくなりました。
 その他に、当時の「世相・事件」「物価」「出版事情」などがまとめられていて、面白かった〜。昭和31年1月に、石原慎太郎が芥川賞を受賞しているんですね。話題になったことは、覚えていました。
 いろいろ懐かしがることができました。

 下記の本には、谷内六郎さんが「週刊新潮」に25年にわたって描かれた表紙が完全収録されています。
「週刊新潮」全表紙絵
「週刊新潮」全表紙絵

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谷内六郎…そこにあるけどそこになく
「横須賀美術館」にて催されている展覧会「清宮質文展 生誕90年 木版画の詩人」を ...続きを見る
無精庵徒然草
2007/11/28 08:30
横須賀美術館と砲台跡
 先週の金曜日に、カミさんが、横須賀美術館で花の絵の展覧会をやっているので見てみたいといった。  花の絵なら見てみたいので、行きたいと思った。  土・日は混むだろうから避けて、昨日(20日)行ってみた。 ...続きを見る
団塊バカ親父の散歩話
2009/04/21 08:38

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは♪
12日の朝、谷内六郎さんの作品を紹介する番組を見てとっても気に入りました。それまで知らなかったのです。横浜のそごう美術館で26日まで展覧会を開いている話を聞き、遠くて残念に思いました。ブログにも少し書きました。先日息子と病院の待合室で最近の「週刊新潮」を見て、やはり表紙絵が変わっている事に気が付きました。私には縁の無い週刊誌ですが谷内六郎さんの作品は居心地の良さを感じて何故か惹かれます♪表立って騒がれずとも長い間いい仕事をされてきたんだな〜と素晴らしいと感じました♪
ちく・・・♪ちく・・・♪
2006/02/24 22:31
 谷内六郎さんは、若い時に病気がちで寝てばかりいて、で、病室から見える景色をたくさん絵にしたそうですね。それから絵で生きる事にしたそうですが、いつもいつも仕事が大好きで絵が大好きで、編集の締め切りに間に合わないっなんて事は一度もなかったそうです。かなりたくさん余計に描いていて、出すのを待ってるほどだったそうです。そして自分の書斎もあったそうですが、書斎では描かず、いつも居間で子供を膝に乗せながら子供と一緒に話しながら描いていたそうです。優しいお父さんだったそうです。ラジオで聞きました。あの♪週間新潮、今日発売で〜す♪の音楽、良いよね。
キョン
2006/02/24 22:46
☆ ちくちく さん、ブログ読んでいたのですが、紹介ネットは見ていませんでした。改めてみたら、いい絵がありました。展覧会は毎年あちこちでやっているようです。今回は、横浜、旭川、名古屋のようです。1年ほど前に銀座でやっていたので観にいきました。今はそのとき買ったカタログを時々眺めています。絵の詩人といっていいでしょうね。
 週刊新潮の表紙絵は創刊から亡くなるまでの25年間、途絶えることなく続いたそうです。この週刊誌の顔でした。若いころの絵はちょっと暗いものが多いですが、後半はモチーフも色も明るく楽しくなっていいですね。おっしゃるとおり居心地のよさを感じますね。
遊哉
2006/02/25 00:09
☆ キョンさん、そのとおりのようですよ。彼は喘息があって、2か月ほど入院することがあったそうです。編集者はそれを心配したそうですが、書きためてあったものがあったし、表紙を描き始めてからは、一度に3枚ほどを描いていたそうで、1枚を使い後は保存しておいたそうです。
 子どもがとても好きでかわいがったようですね。表紙絵のタイトルも2、3考えて、「これどう思う」と子どもに聞いていたそうです。
 仕事部屋にこもるのはよる読書する時くらいで、絵を描くのは子どもと遊びながらだったんですね。
 あの、今日発売で〜す、のCMは忘れられません。最近はあまり聞かないようですが、やってるんだろうか。
遊哉
2006/02/25 00:24
週刊誌と言えば、週刊朝日やサンデー毎日など「新聞社の雑誌」と思っていた時、週刊新潮は新鮮な感じがした。発行しているところが「新潮文庫」や文芸誌を出しているところであるし、何より表紙の絵が「新聞」との違いを強く主張しているように見えた。はっきりとは覚えていないが、「新聞」との性格の違いが明らかに分かる内容であったような気がする。
間もなく週刊誌ブームがやってきた。お堅い中央公論社も他社より安い20円で出した。こちらの表紙は棟方志功であったが、惜しいことに早いうちに廃刊になってしまった。
週刊新潮は、車中でも人目を気にしないで安心して読める、暇つぶしのサプリメントとして愛用している。
片靴
2006/02/25 10:57
☆ 片靴さん、やはり文芸出版社系の週刊誌は新鮮な感じがしたんでしょうね。創刊号の小説の執筆者も、谷崎潤一郎、五味康祐、大仏次郎、石坂洋次郎、中村武志と錚々たるものです。
 出版社系の週刊誌は難しさもあったのでしょうね。中央公論社からも出したことがあるとは知りませんでした。
 最近は週刊文春しか読みませんが、内容が面白そうな時だけは週間新潮も読みます。“車中でも人目を気にしないで安心して読める、暇つぶしのサプリメント”というのが、頷けます(^.^)
遊哉
2006/02/25 12:17
この記事の「佐藤亮一(初代編集長)」さんの
言葉はどの世界にも通じることですね。
私は短歌しか知らないけど、迎合なんて必要ないとつくづく思う。自分のために、自分の言葉で、
自分にしか詠めないもの、それだけでいいと思う。後は人がどう解釈するか任せるだけ。
そして、「齋藤十一」さんの言葉も相通じるものを感じます。創作ってそうあるべきかと、新たに
実感出来てうれしいです。

さよちん
2006/02/25 12:38
☆ さよちん さん、そうですね。短歌もブログを書くことも、自分というものの表現なんですよね。題材や形式はいろいろ異なるでしょうが、それぞれが自分が感じたことを自分の言葉で表現していくしかないでしょうね。
 それをどう感じてもらえるかは、読んでもらう方に任せるしかありません。
 ただ、自分だけの独創的なものを……なんて意識しすぎると、独り善がりのいやらしいものになるような気がするから、素直な気持ちで書きたいなと思っています。
遊哉
2006/02/25 14:32

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