自然と生きる? 自然に生きる?

元は森や林、あるいは草っぱらだったようなところで水利のいいところを、人が切り開き水田にしていったのである。緑があるし、あまりにも見慣れた風景だから、自然そのもののように勘違いしているだけである。
とはいっても、稲作は日本の気候・風土にあっていたのだろう。今じゃ、日本の自然に溶け込んでいるといっていいのだろう。
北海道の見渡す限り果てしなく続く牧草地や畑を見れば、大自然が広がる北海道、だと思うが、かつてはそこも豊かな落葉広葉樹林に覆われていたのだという。
今日の朝日新聞・夕刊の科学欄の「記者席」に、科学医療部の柏原さんという方が書いた「アイヌの暮らしは自然の一部」という記事があった。
北海道ウタリ協会の秋辺得平さんという方が話したことについて書いている。次のようなものである。
「大自然の北海道、っていいますけど、大ウソ。短い間に、これほど収奪された土地は他にありません」
「アイヌは、腕に止まった蚊を叩きません。払うだけです。植物にとってかけがえのない花は手折らず、飾る習慣がありません。シャケは、川に戻って産卵を終えたものを食べる。森が一番元気な夏には山に入らない。それがマナーなんです」
「育てた熊は、3歳までに殺してみんなで食べます。いわゆる、イヨマンテです。わが子も同然だったんですから、それは悲しい。でも、熊はアイヌの貴重な食糧。食べて、神の国に送らないと、自然との関係がおかしくなってしまうのです」
柏原さんは、こう書いている。
<自然との共生という言葉は、アイヌの暮らしぶりをいうには、まだ人間側に寄りすぎていると思う。「自然の中で自然の一部として生きる」。そんな表現はどうだろう。
「天然」の対立語が「人工」ではない世界観から、現代が学べることは少なくないはずだ。しかし、アイヌ語を母語とし、アイヌ語で物を考える人は、もはや「皆無」。「結婚はアイヌ同志にこだわらない」のもこの文化の特徴なのだという。>
「自然との共生」とよく言うが、アイヌの生活は自然の中で自然に生きていたのではないだろうか。人工とか人工的という概念もなかったのかもしれない。自然を征服するという考え方もなかったんだと思う。アイヌそのものが自然の一部だったのだろうね。
<後記>米国のイエローストーン公園で、たしかカナダから狼を導入して、自然のバランスをとるようになった、という話しを聞いたことがあります。
北海道でもエゾシカが増えすぎて農作物や林業に多大の被害が出て、米国から狼を導入しようという計画が持ち上がっているらしい。現段階では、一つの夢の段階であるようですが、昔は、北海道にも狼がいて、ヒグマももっといて、エゾシカが増えすぎて困るなんていうことはなかったのでしょう。
一度壊した自然を元に戻すのは、とても難しいものがあります。ましてや、自然のなかで自然に、自然そのものとして生きることは、とてつもなく難しいことだし、自然に生きる知識も技術も知恵もない今の人にはまず不可能でしょう。
とはいっても、自然を全く知らずに、自然と全く離れて生活することは、どこか人間をおかしくしてしまうような気がするのです。少子化が問題になっていますが、日本ももっと人口が少なくなって、自然のなかで生きられるようになるといい、と思うのですが、無理だろうな~。
この記事へのコメント
捕鯨を規制して、鯨を保護するあまり人間の食べる魚が鯨に大量に食べられてしまうという話。狼の件に似ていますね。マグロも乱獲をやめようって話だし、鰯が高級魚になるかもしれないって・・・。自然に生きるのって難しいんですね。生態系を正常化するのは、どこをどうするかが非常に難しそうですね。
あーまとまりませんでした(^_^;)いつもながら。
(チビりんちゃん滞在記?楽しく読ませていただきました。ユキジイさま^^)
今50歳以上くらいの人が死に絶えたころに、自然と親しみながら余裕のある豊かな生活ができるようになっているといいと思うのですが、はたしてどうなりますか。
マグロなんか食べなくてもいいと思うのですが、日本人は贅沢すぎると思います。そのうち、生活習慣病でバタバタと日本人は死んでいくんじゃないか、と思います。地球も人間なんか死に絶えた方がいいんじゃないかという気にもなります。アハハッ、どうも今日は厭世的な考えばかり出てきますなあ。
ユキジイとしては、チビりんたちが大きくなったときが心配ですねえ……
自然から離れすぎると、謙虚さを忘れて金と物さえあればいいという人間ができるような気がします。
深刻な人口減少問題が各地にあります。
人口が多いのではなく、アンバランスが問題なんでしょうね。
地方の中都市辺りが丁度いい生活環境かと思います。自然にも触れられるし、そこそこの便利さも享受できますから。
高い山から眺めると、日本にはまだまだ自然があるなぁ、と安心します。
今以上の自然破壊は、ノーサンキューです。
東京でも都心は一時夜間人口が極端に少なくなりましたが、最近は少し増えてきたようです。高層マンションに若い人や引退した人が住み始めたようです。介護などを考慮すると、やはり都会の方が良いんですよね。そのあたりも問題です。
地方の中都市あたりで、自然環境もいいところが住みやすいでしょうね。
日本の自然は四季もあるし温暖で、素晴らしいものがあると思います。大切にしたいですね。子孫のためにもです。
以前、俳優の関口知宏さんが日本中を鉄道で旅する番組をやっていたのですが、そのとき北海道のアイヌの文化にも触れられていました。関口さんは、アイヌの人々が「自然災害をも、自然の一部として受け入れる」とおっしゃっていたことが印象的だったとか。彼の絵日記に「子どもが反抗期を経て大人へと成長してゆくのが自然の営みであるように、人間は自然に反抗したのかも知れない。人間が自然に反抗することさえ、自然の営みなのかもしれない」と書いてあって、深いなぁ~~(汗)と思いました(^^;)。
あえて自然と人間を区切らないことそのものが、自然の一部であるということなのかもしれませんね。
昔のアイヌの人たちの生活や生き方にとても興味があります。自然の一部として生きていたというよりも、自然そのものだったのかもしれません。自然災害を受け入れる、という感覚もなかったのかもしれませんね。
どうしてかはわかりませんが、人が他の生物よりも上の存在と思ってしまったのが、すべての間違いの元だったように思います^_^;。自然を征服しようという考えはおかしいと思いますが、そうせざるをえなかった、というところもあるんでしょうね。自然は自然のままなら(放っておけば)自然にバランスがとれるんでしょうが、人が一度介入すると介入し続けなければいけなくなってしまうんでしょう。どういうふうに介入するかを、よくよく考えなければならないでしょうね。