『デス・コレクターズ』
へクスキャンプがウィロウ刑事に残した最後の言葉は、「追え……輝かしいアートを」だった。
こんなプロローグで始まる『デス・コレクターズ』というサイコサスペンスの紹介である。
へクスキャンプが死んでから三十余年、「僕」ことモビール市警のカーソン・ライダー刑事と相棒のハリー・ノーチラス刑事は、連続殺人に遭遇する。
二人は、PSITという特殊捜査班にも所属しているのだが、それは以下のようなものである。
<ピスイット(くだらない)はPSITを指す市警内のスラングだ。精神病理・社会病理捜査班(サイコパソロジカル・ソシオパソロジカル・インヴェスティゲイティヴ・チーム)と、班員よりも長い名を冠した専門チーム。班員とはすなわち、ハリーと僕で、これが僕らの仕事の一パーセントを占めていた。>
連続殺人は、不気味な絵の断片が送りつけられた者たちが次々と殺されるもので、失踪者も出ていた。モーテルで発見された女の全裸死体の両目には、火のついたキャンドルが置かれていたという奇妙なものだった。PSITに属する僕とハリーが、こんな特殊な事件の担当にされたのである。
捜査のさなか、年配の男から僕に電話がかかる。モーテルの事件現場にアートが見つからなかったか、と尋ねるおかしな電話だった。通話記録からこの男を特定して訪ねると、へクスキャンプ事件を担当したウィロウ元刑事だった。
ウィロウによれば、今回の事件とへクスキャンプの凶行が似ており、しかもヘクスキャンプのアート(絵画)に関係しているという説を語る。そして、シリアル・キラーの記念品コレクターを調べろと言う。
僕とハリーはこの複雑怪奇な事件に巻き込まれ、紆余曲折しながらその全容を解明していく。ヘクスキャンプの事件は、今回の事件にどう関係しているのか? ヘクスキャンプの残した“アート”の正体とは何か? スピード感のある物語である。犯人は、思いもかけない人物である。
あらすじはこのくらいにして、この二人の刑事の関係がなかなか面白い。
<五年以上の友人づきあいで、僕たちは私的な情報についての方法論を確立させた。招かれないかぎりは、相手の頭に踏みこまないこと。どうやってこの手順にたどりついたか定かではないが、気がついたらそこにあった、という感じだった。>
というような関係なのである。
また二人の会話や文章が諧謔や皮肉に富んでいて面白いので、いくつか引用してみる。
ドーフィン島に住んでいる僕の隣家を借りている金持が、フリスビーで遊んでいた。そのフリスビーの上を車で通ってしまった時に、文句を言われて、
<以前にもこの手の連中に遭遇したことがある。この島ではともかく、その手の界隈にいるこうした連中には。“大金”と“育ちの悪さ”の交差点に住む連中で、その界隈はどうやら広がりつつあるようだ。こいつらは自分より金をもっている者にはへりくだり、自分よりもっていない者を見くだす。貧乏でなくても白人のクズ(ホワイト・トラッシュ)になれるといういい見本だ。趣味は物を所有することで、それが現在おこなっている寸劇の潜在意識化のモチベーションだ。おそらくこの夫婦は巨額の自己資産をもっているのだろうが、プラスチックのおもちゃのために六ドルを払わせふたりに従わせることで、心理学的な形の所有をあたえろと僕に要求している。六ドルは問題なんかではなく、すべては僕の黙諾が問題なのだった。(中略)
僕はこうした連中とつきあう必要もその意思もなかった。人生はあまりにも短く、一日はあまりにも長かった。(後略)>
尋ねていったウィロウと別れる時に、
<「この会話をどう締めくくればいいか。よくわからないんですよ。ウィロウさん。興味深いお話ではありました」
彼は眉をひそめた。「興味深いという言葉は、誰かの頭がおかしいと言いたくないときに使われる」>
日本とは背景が違うだろうが、個人経営の店がなくなっていくことについて、
<南部に押し寄せた同時代性で嫌なものの筆頭にあげられるのは、ガソリンスタンド兼コンビニ兼レストランだ。その昔の売店/給油所は魔法のような場所で、控えめで居心地がよく、気のいいおやじがひとりかふたりぶらついて、ジュースを飲みながら、営業途中の憩いの場としていた。星条旗や“イエスは救い給う”のバンパー・ステッカー、まともな大型ナイフや十二番径の弾が必要だったら、そこに行けばよかった。店の外にはメロンが山盛り。トマトやオクラがあることも。もしジュースの自動販売機に金が詰まったら、いつでも取りもどすことができた。
そうした店は急速に消えていこうとしている。幹線道路近くの店は絶滅寸前だ。巨大なエイリアンの母船が夜空を緩やかに漂っていて、残っている店を捜索、駆逐しているようだ。そいつは生きのこりに目を留めると、頭上へ移動し、震えるような電子音を出して、光り輝くあたらしいBPやエクソンやシェルのガソリンスタンドを古い店の上に落とし、つぎの獲物を狙ってすぐさま移動する。
朝になっても、誰も気がつかないのだ。>
一日の仕事に疲れた二人は、
<ハリーと僕は書類仕事をやろうと本部へ向かった。午後八時三十分近くになっていた。一日は午前五時前に始まり、僕らをフロリダ、そしてチュンチュラへと運び、モビールへ連れもどした。僕らは疲れきってしゃべるのもだるく、うめき声による意思伝達をはかった。ハリーはコーヒーを飲むぞとうめき、僕はいらないとうめいた。電話が鳴り、僕は電話にむかってうめいた。電話は鳴りつづけたので、受話器を取った。
「うー?」>
僕の兄ジェレミーは実は、父親と5人の女性を殺した殺人犯だった。特殊な施設に収容されているが、その兄のことをホテルのオープンカフェで考えていた時に、
<柔らかな声が肩のあたりで響いた。「ムッシューは悲しそうですね。悲しみが過ぎ去りますように」
ウェイトレスだった。心配そうな目をした四十代の人。僕はなんとか口元に笑みを浮かべた。
「遠くの友人のことを考えて、彼がここにいないのは、悲しいなと思っていたんですよ」僕は答えた。「僕自身はだいじょうぶです。どうもありがとう」
ウェイトレスは僕を一瞬見つめた。「ビヤン・ムッシュー。人生は悲しむにはあまりにも短いです。あなたのお友だちもお元気なようにお祈りします」>
ヘクスキャンプは若いころパリの絵の学校に行っていた。それを調べるために訪れたパリの警察で、
<僕たちが強面の犯罪者じゃないと考えたのはなぜです? 宝石強盗かもしれませんよ?」
彼は一瞬口をつぐみ、前に適切な英語を探そうとしているようだった。それから言った。「まず、きみの笑顔を見た。目と口を使った本物の笑顔だった。犯罪者は笑わない。犯罪者の目はけっして口と同調することがない。不正直な人生から最初に盗まれるものが笑顔だ」(後略)>
<今日のお薦め本>
『デス・コレクターズ The Death Collectors 』 ジャック・カーリイ 著、三角和代 訳、文春文庫、771円+tax、06.12.10第1刷
いろんな登場人物が出てきて面白いのです。TV局の女性記者とカメラマン、僕の元恋人、失踪した弁護士とその上司、弁護士補助員、兄ジェレミーと同じ施設にいる連続殺人犯、ヘクスキャンプに絵を教えた人物とその妹など、個性的な人物が事件にかかわってきます。
大量殺人犯の兄を持つ僕は、事件解決にその経験を有効に利用します。反面、犯人にはPSITであることを利用されたりもするのです。これ以上は、内緒。
<後記>今年のはじめに買った本なのですが、長編で字が小さくて、ちょっと読むのをためらっていましたが、読んでみました。
この作者のデビュー作は『百番目の男』(文春文庫)で、同じく「僕」とハリー両刑事が主人公だそうです。本書はその第2作です。
大胆な伏線と緻密な組み立てで、サイコサスペンスですが、謎解きの推理モノとしてもなかなか面白かったです。
この記事へのコメント
PCでみると見やすい・・・といいたいけれど、携帯の方がいいかもです。
どなたかがされるようにプリントしたらいいかも・・・
プリンターのコードが短くてPCを移動しないといけない現状なので、そのまま読みました。
荒筋を読むだけで精いっぱいでした。(笑)
PCでは字が小さいでしょうか。もしそうなら、VISTAでは違うかもしれませんが、「Ctrl」を押しながらマウスの真ん中のクリクリ回るのを手前に回せば大きくなりますよ。
まあ、なんにせよ、長文の時は読めるところまで読んでもらえればいいですよ~(^^♪。