孫育て <1>

画像 小児科医の毛利子来(もうり たねき)さんが、朝日新聞の「育児ファイル」に週1回、「孫育て」という連載をしていた。

 孫がいる身としては、とても興味深く読んでいたのだが、9月1日に、その7回目の最終回を迎えた。1回目からの内容をできるだけ簡単にまとめてみる。これから、孫ができるだろう方にも、参考になると思う。(< >内は、原文そのままの引用である)


① 変わる親子の関係(7/7)

 毛利さんには孫が2人いる。ひとりは、フィンランドに住む長女が中国の親のない子を養子にした初孫で、めったに会えないのだが、それ以来、不思議なことに長女をすごく身近に感じるようになった。
 もうひとりは、次女の子で近くに住んでいる。共稼ぎで父親の帰りが遅く、勤めを終えた次女が保育園から孫を引き取ってきて夕食・お風呂を共にし、みんなで遊んでから自宅に帰る。残業のために奥さんが保育園に迎えにいくこともある。
 その孫と次女と毛利さん祖父母は団子みたいになっている、ということである。

 孫ができると、どうも家族のありようが質的に一変するかのようだ。
 それまでは、成人した子どもは、親元を離れたり、同居していても密接には暮らさないようになっているが、孫ができると、再び親と子が接近せざるをえなくなるためのようだ。

<だいいち、祖父母は孫が命の継続を感じさせて無性に可愛いし、親になった我が子の手助けもしてやりたい。子のほうも、孫を祖父母に見せたいし、自慢や愚痴も聞いてもらいたい。まして自分たちだけでは育児が困難な場合には、祖父母の手助けがあれば助かります。>

 それだけに、互いに察し合って、新しい家族を上手に紡ぐように努めたいものだ。

② 年寄りの良さ(7/14)

 年寄りと孫との間には、深いところで通い合うものがありそうである。それは、人生の始めと終わりには、共通する感覚があるためではないか。
 人生の盛りにいる若い親は気負いが強いが、子どもは理想などは持たず、今現在を楽しみたいだけである。一方、年寄りは「年の功」で、理想の限界を知り人間に寛容になっている。自分自身も、残り少ない日々を楽しみたくなっている。
 だからこそ、孫は年寄りに勝手をいい、年寄りは孫に甘くなる。年寄りが孫より位が下になっているかもしれない。でも、そんな関係は、あながち悪いことではない。

<力が弱く悔しい思いをしているであろう子どもにとって、言いなりになってくれる人の存在は、どんなにありがたく、自尊心をもたらすものであることか。
 しかも、こうして満たされた甘えは、子どもの情緒を安定させ、ひいては他人に対する思いやりさえ育むもの。昔から「年寄りっ子は優しく育つ」といわれるとおりでしょう。>

 ただ、限度はある。可愛さに駆られて、あれこれと甘やかしていると、孫はわがままになりかねない。そのことだけは、肝に銘じる必要がある。

③ 体験と知恵を大切に(7/21)
  
 情報化社会となり、育児のノウハウも氾濫し、専門家による指導も盛んである。しかし、育児は、知識や技術、あるいは科学が説くとおりにできるものではない。
 現実の育児は、暮らしの中にあり、その暮らしは家庭によって異なるし、常にごたごたもしている。マニュアルどおりに運ぶはずがない。また、当の子どもと家族の性分もさまざまであり、同じやり方が通用するはずもない。
 だからこそ、だれもが、日夜現実にマッチする育児を工夫し続ける苦労を強いられている。
 その場合に一番役に立つのは、実際の失敗や成功の体験から身につけた直感的な知恵である。知識や科学を尊重しつつも、応用するにあたっては知恵を働かせる必要があるということである。知識や科学が実際にそぐわない場合は、体験を重んじても悪くはない、ということでもある。
 
<ここにこそ、もろに年寄りの出番があることになります。
 なにしろ、年寄りは体験が豊富。知恵も鍛えられています。
 その体験と知恵は、大いに伝えられてよいこと。そもそも、育児には時代を通じて変わらないものがあるのです。「古い」と卑下することはありません。>

 若い親は、新しい知識と科学に振り回されることなく、年寄りにも耳を傾けてほしい。

④ 育てかた違ってよい(7/28)

 年寄りと若い親とでは、世代の差があるし、子どもとの関係も異なるから、育て方を同じにできるはずがない。けれど、その育てかたの違いを、気にすることはないのである。
 そもそも、育てかたには正解はない。どんな育てかたをしていても、おおかたはちゃんと育っているのが事実なのである。
 人によって異なる接しかたをされた子どもは、大人にもいろいろな考えがあることを知り、人間への理解を深めるだろう。また、若い親の厳しさと、年寄りの情愛とを同時に噛みしめてもいる。
 同じ悪さをしても、怒られたり大目にみられたりしながら、人間にもさまざまな性格と道徳観があることを感じ取るに違いない。
 だから、年寄りも若い親も、それぞれの流儀で子どもに対していてかまわない。

<もっとも、それぞれが、自分の流儀に固執してはよくない。
 そのために、いさかいが絶えなくなり、ひいては人間関係の破綻を招くことさえあります。
 そうなったら、肝心の子どもまで、不安に陥れかねません。>

 ここでも、年寄りと若い親とは、譲り合う必要があるのであろう。


 続きは、次回に。

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この記事へのコメント

2007年09月05日 06:47
お母さんの時はこうだったよと伝えて・・・
同じようにするかは本人しだいですよね?
ヒントは与えてあとは娘がどうするか?実体験しなければ良いか?悪いか?判断できませんものね~
困った時に電話があれば返事します・・・もっとも遠く離れてますから心配しても手は出せませんし。
遊哉
2007年09月05日 07:41
☆ 小桜小梅さん、もちろんそうだと思います。毛利さんが書いているのは、実際に子どもや孫と同居している場合のことが多いですが、同居していなくても基本的には同じだと思います。決して自分の考え方を押しつけるのではなく、育てかたの知恵や技術を話して、あとは子どもたちが判断すればいいんだとおもいます。
 うちも離れて暮らしているから、ときどき電話やメールで「こういう時は、どうしたらいい」とか、聞いてきます。そういう時に「お前を育てた時は、こうしたよ」とか教えてあげればいいんだと思いますよ。
 遠く離れていると心配ですが、あとは子どもを信じて任せればいいんじゃないでしょうか。
2007年09月05日 22:26
孫育て <1> も<2>も興味深々・・・
でも、今夜は無理!明日来よっと!
遊哉
2007年09月05日 22:52
☆ さよちん、この記事ちょっと長いから、時間のある時にゆっくり読んでください。いろいろ、参考になるかもよ(^^♪。
「年寄り育ちは三文下がる」
2014年07月01日 08:59
年寄りに子育ては無理

甘やかすだけ甘やかして、最後はニートかひきこもりになります。子供をおもちゃとしか考えてない。しつけが出来ない。欲しい物をすべて与えてしまう。結果として自我のコントロールができない子に育ってしまいます。
遊哉
2014年07月01日 10:47
☆「年寄り育ちは三文下がる」さん、そういう場合もあるでしょうね。
 毛利子来さんは、そのあたりの警鐘も鳴らしています。その意図をちゃんと読んでいただきたいものです。
 ひとつの考え方にとらわれると、ロクなことはないと思います。

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