肩書 ―― 『セピア色の言葉辞典』

画像 仕事ではじめて会う人とは、名刺を交換する。名刺には肩書きが書いてある。その相手の肩書きによって、仕事の話の持っていき方が変わることもある。
 仕事にもよるだろうが、ある意味で、人はその肩書きで仕事をしている、ともいえる。

 肩書きには、いったいどんな意味があるんだろうか。ある組織での、その人の立場・地位・身分を表わす言葉なんだろうが、『セピア色の言葉辞典』という本を読んでいたら、とても面白いことが書いてあった。
 ちょっと紹介してみようと思う。
 この本は、出久根達郎さんが書いた、言葉についてのエッセイである。「肩書」という項目に、次のようなことが書かれていた。

<「月もおぼろに白魚の、かがりも霞む春の空」とは、ご存じ河竹黙阿弥作、「三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)」大川端庚申塚の場。
 島田まげに振袖の、八百屋お七のこしらえをしたお嬢吉三が、夜鷹の金を奪う。夜鷹は川に落ちる。奪った金は、百両。夜鷹の稼ぎではない。客が落していった金。
 「浮かれ烏のただ一羽、塒(ねぐら)へ帰(けえ)る川端で、棹の雫(しずく)か濡手(ぬれて)で泡」でお嬢は、せしめた。にんまりと思い入れよろしく、その時、「お厄払いませう、厄落し厄落し」の声。
 「ほんに今夜は節分か、西の海より川のなか落ちた夜鷹は厄落し、豆沢山(だくさん)に一文の銭と違つた金包み、こいつあ春から縁起がいゝわえ」
 厄落しは節分と限らず、冬至、大晦日、正月六日と十四日、それぞれの晩にまわってきたらしい。門付(かどづ)けで、めでたい文句を述べる。節分の晩の厄払いには、自分の年の数に一つ加えた煎豆と、銭十二文を与えたという。一文銭で払ったのだろう。黙阿弥の、「豆沢山に一文の」である。
 お嬢吉三が「春から縁起がいい」と、悦に入っている折柄、お坊吉三が登場、呼びとめる。こいつも盗賊。何者か、と問われて、
 「こりやあ己(おれ)が悪かつた。人の名を聞くその時はまあこつちから名乗るが礼儀、こゝが綽名(あだな)のお坊さん、小ゆすり衒(かた)りぶつたくり。押しのきかねえ悪党も一年増しに功を積み、お坊吉三と肩書の武家お構いのごろつきだ」>

 出久根さんは、この芝居をテレビで見ていて、「肩書」がずいぶん古い言葉だと気がつく。この芝居の初演は1860年なのである。
 そこで、『江戸語大辞典』(前田勇編)で、「肩書」を調べてみると、次のようにあった。

① 悪党としての名
  例として、上のお坊吉三のセリフが引かれている。
② 姓名に冠していう犯罪名、またそれに因みのある事物名
  例として、安政4年初演の芝居で、やはり黙阿弥の作である「鼠小僧」三幕目のセリフが出てくる。

 その鼠小僧のセリフを紹介しながら、出久根さんは「肩書」について、次のように解説している。

<次郎吉にならず者二人が、金を貸せと迫る。次郎吉がつっぱねる。ならず者が、どうせお前は勾引(かどわかし)じゃないか、と凄む。女子供を誘拐する者、である。次郎吉が、尻をまくる。
 「手前達(てめえたち)も直素直(すぐすなお)に貸せといふなら貸しもしようが、勾引だと肩書をつけられたら二朱も貸せねえ。(略)」
 いずれにしろ、「肩書」なる語、いい意味ではない。いわば犯罪用語が、のちに、大っぴらに使われるようになったと思われる。とすると、名詞をちょうだいした折、お愛想に、「ずいぶん、たくさんの肩書をお持ちですねえ」と述べる挨拶も、ずいぶん妙なものである。肩書の多さを誇るご仁も、前科の数を自慢していることになる。>

 へえ~、である。「肩書」って、元々はそういう意味だったんだ~。
 ちなみに、広辞苑を調べてみたら、次のようにあった。

① 氏名の右上に職名・居所などを書くこと。
② (名刺などで、氏名の右上に記すところから)地位・身分・称号などをいう。「―― が付く」
③ 犯人・容疑者などの前科

 いつごろから、①や②の意味で使われるようになったかはわからないが、これからは、肩書だけで偉そうにしている人を見る目が、変わりそう。

<今日のお薦め本>
『セピア色の言葉辞典』 出久根達郎 著、文春文庫、660円(税込)、07.10.10第1刷
 この本では、次の7章に分けて、懐かしい言葉などを紹介・解説しています。なかなか味わい深い内容です。
 (一)暮らし ―― 若かりし日を思い出せば/(二)少年少女 ―― 少年の冒険、女学生の会話/(三)方言 ―― 使い込まれた味わい/(四)日々のなりわい ―― こんな業界用語、ご存じですか/(五)花柳の色 ―― 色の道に分け入りて/(六)言の葉のしずく ―― ふとした言葉を見直せば/(七)ふる雪や ―― 明治の文人たちのことば

<後記>団塊世代は、定年を迎えた人もいるし、これからの人もいるでしょうが、定年後は一部の人を除いて肩書がなくなります。
 肩書に寄りかかって仕事をしていたような人は、惨めな思いをするかもしれません。世の中には、いつまでも肩書を引きずっていて、とても嫌な人間になっている人もいます。
 肩書をなくしたときに、自分に何が残るのかを、また、肩書なしで自分が何をできるのかを、考える必要がありそうです。

セピア色の言葉辞典 (文春文庫 て 5-10)

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この記事へのコメント

2007年10月12日 01:22
先日、ミニオフ会をした時、お仕事をなさってるお相手の方に可愛い名刺を戴きました。「英国王立園芸協会日本支部認定・・ハンギングバスケットマスター」と言う素晴らしい肩書きがついていました。それに引き換え、何の肩書きもなく、名刺も持たない自分の肩身の狭かった事・・・(>_<)で、自分なりの名刺風のカードを作ろう、と決心しました。肩書きは・・・「カリスマお気楽主婦」自分でカリスマ言うな、自分で・・と一人つっこみを入れときます^^;
2007年10月12日 06:09
 白状しますが20年前に「○△囲碁テニス倶楽部会長」のインチキ名刺を作って酒場にバラ撒いていた悪党とはアタシのことでござんす。どうもスミマセン。
遊哉
2007年10月12日 19:38
☆ リサさん、組織で働く人の場合、その肩書と実力が合えばいいのですが、そうでないと困りものです。組織から離れて肩書がなくなった時にどうするかも、その人の本当の力量が問われるでしょうね。奥さんの中には、旦那の肩書に便乗してエバるような人もいて、顰蹙を買うこともあります。
 ミニオフで会われた方は魅力的な方のようですね。実力を兼ね備えた肩書には納得するし、頭も下がります。人柄もよければ、言う事なしです(^^♪。
 「カリスマお気楽主婦」の肩書、いいじゃないですか。そういうの好きです。“お気楽主婦”としての実力もありそうだし、是非、そのカード作ってください(~_~)。
 バカ親父は、実力のある“カリスマお気楽亭主”の肩書をもちた~い!(^^♪。無理そうだけど(~_~;)。
遊哉
2007年10月12日 19:45
☆ あど さん、この~悪党め!(~_~)。
 それで女性を騙してたんなら問題ですが、あどさんの実力は皆さんが知ってたんでしょうから、お遊びとして容認されてたんでしょ(^^♪。
 バカ親父など、そんなインチキ名刺を作りたいけど、肩書になるようなものが何もありません。それも、哀しい(~_~;)。
 もう一度、そういう名刺を作って酒場でばら撒けるように、頑張ってください(^^♪。
2007年10月12日 21:44
肩書きとはちょっと違いますが、夫がこの間「疲れたよぉ~」と電話してきたので「もうC(娘)の最後の授業料も振り込んだから、辞めても大丈夫よぉ~(#^.^#)(モチロン冗談で)」と言ったら、「でもなぁ~二人が結婚する時に親父がわけのわからん立場じゃまずいだろ~」って(-_-;)ちょっとびっくりしました。今時親がどんな職についていようが子どもの結婚に関係ないような気がするのですが。。。。勿論それだけではないのでしょうけど、もともと寄らば大樹だなぁ~みたいなことはよく言ってましたが。。。後記の最後の二行がピッタシ、。。。。暗!(-_-;)
あ、私も名刺持ってま~~~す。「○×パッチワーク教室 patyoko」っていうの(●^o^●)背景も可愛くしてます(笑)PCで作ったけど、いざとなるとなんだか恥ずかしくって中々出せませ~ん(-_-;)今度は↑の方々のようなユニークな肩書きの名刺にしよ~っと(#^.^#)
2007年10月12日 22:15
名刺を持つような仕事はしてこなかったけど、若い頃は会社の名前を言っただけで、すぐローンが組めたし、一見のお店で「つけ」もききました。
会社をやめた途端に何か上着を脱がされた気がして、自分の信用ではなく会社の名前でもっていたんだ…と、当たり前のことですが20代の自分にはちょっとショックだったこと覚えています。
でも肩書きって本来前科だったんだ。
(⌒^⌒)bうふっ、へつらってばかりいる会社の誰かさんに言ってやろうかな~♪♪
遊哉
2007年10月12日 23:31
☆ patyokoさん、そのご主人の気持ちは、ちょっとわかります。仕事をしていると、そういう肩書きというか、いろんな立場の関係のまっただ中にいるわけで、上としたとか右と左とかの立場の違いを考えてしまうんですね。今どき子どもの結婚に関係ないと思うけど、そういうことがわからないというか、気がつかないんだと思います。あとは、名古屋あたりだと、年寄りの親戚にそういうことにうるさい人がいるかもしれませんね。
 後記の最後の2行は自戒の意味でも書いたんですが、仕事に没頭している時には、残念ながらなかなか気がつかないものです。
 「○×パッチワーク教室 patyoko」なんて名刺があるだけでも、すばらしいことです。背景が可愛過ぎですか~。でも恥ずかしがらずに、使ってください(^^♪。
 それとは別に、ユニークな名刺もいいよねえ(^^♪。
遊哉
2007年10月12日 23:42
☆ Fチェスカさん、そういうことってあるんですよね。ローンなどを組むときに一番信用があるのが、お役人だと聞いたこともあります。それなりに名の通った会社でも同じでしょうね。そんな肩書というか立場があると、自分がエライとか信用があると勘違いしている人を見ると、ちょっと可哀想だと思います。
 「肩書」というのが、本来は悪党としての名前だとか、犯罪(前科)名だったと思うと愉快ですね。話のタネになるでしょ(^^♪。

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