人生は、空回り




画像

 花見の話が3回続いたので、ちょっと気分を変えて書いてみる(^^ゞ。

 3月29日から4月1日まで4回連載で、朝日新聞夕刊の「人生の贈りもの」という欄に、役者の三國連太郎さんが取り上げられていた。
 聞き手の平出義明さんという方の質問に答える形で、今までの人生とか、出演したり監督した映画や、役者という仕事などについて語っている。

 三國さんは1923年生まれで、現在87歳だという。
 戦争を挟んでの波乱万丈といってもいいような人生だったようだ。
 そんな話も面白いのだが、ここでは、「役者」というものについて彼の語ったことから、いくつか拾い出してみる。


 22作で終了した映画「釣りバカ日誌」について、

<「釣りバカ」は庶民の世界の話です。デビュー作「善魔」(1951年)の木下恵介監督から、普通の人間を演じていくことを植え付けられました。木下さんは「社長であろうと、絵描きであろうと、いかなる人物を演じても、土壌としての庶民を忘れてはいけない」とおっしゃった。役(えだち)は、庶民の背負ってきたものを背負いなおして演じるものです。喜劇のコツは、たとえば釣りとか、何かに徹しようとする人間と、社会常識がかみ合わない庶民の溝をはっきりさせることです。>

 デビュー約10年でブルーリボン賞や毎日映画コンクールの賞を次々と受賞したことに対しては、

<演出家は評価が高くなり豊かになってくると、駄作が多いですね。役者も甘い汁を吸うと同じ。だから、反省しています。毒されているので、そのおわびを作品でしないといけないと思うのです。>

 「役者は人生の経験が大きい」と三國さんが言っていることについて、

<僕に欠けているから、そう言ったのです。役者は精神的土壌が豊かでないと、本当の芝居は出来にくいと思う。台本に書かれた、文字通りのセリフを暗記しても、精神的土壌がなければ、観客にうまく伝わらない。意味がない映像じゃないかと思う。はらわたを取り出して、しょっちゅう汚れを洗うことです。人間は自分を正当化するばかりですから。>

 三國さんは、息子の俳優・佐藤浩市さんに「役者としての孤独を知ってほしい」と思い、絶縁していたという。映画「美味しんぼ」では共演したが、役者としての息子について、こんなことを語っている。

<どんな役者がいいのか、親子の関係でしゃべってもダメなんですね。自分で気づくしかない。だから、他人なのです。これから彼がどんな芝居の道を歩むか見当がつかない。養成期間がなく役者になってしまったから、これから悩むのではないでしょうか。上手だと評価されれば、むなしさを感じるのではないでしょうか。>

 ひるがえって、自分については、

<自分のことを振り返ると、ほめられ評価されたという老廃物をどう浄化できるかが生涯の仕事だと思うのです。役者は自分を痛めつけることでしか、前に進めないのではないでしょうか。平和や豊かさは役者の場合、足を引っ張るだけです。足を引っ張られている怖さを知って、次の段階に進み、そこでまた足を引っ張られている怖さを知り、さらなる段階へ進む。終わりがないのが役者ですね。>

 「ドレッサー」という舞台で、イギリスの演出家から「日本の役者は楽しむことを知らない」と批判されたそうですね、という最後の質問には、

<演出家がピアノを弾き、このリズムで演じろというのです。でも日本語のリズムと合わない。悩む役者さんが多かったのですが、「深刻になるのではなく、役を楽しめ」と演出家は言う。僕も、日本の俳優さんはもっと精神的にマスターベーションをしていいと思うのです。楽しめとは「むなしいことを理解できるほど、クールになれ」ということであるのかも知れません。
 空回りしながら、生きるしかないのです。撮影が終わると、台本は捨てていますし、賞のトロフィーは人に差し上げています。人生は、終わりがない挑戦です。>


 さて、三國さんの話に、どんなことを思われるだろうか。
 バカ親父は、なんだか求道者の言葉を聞いていいるような気がした。
 彼は、未完に終わったが、死を考える映画を製作しようとしたり、「親鸞・白い道」という映画を監督、製作している。
 「親鸞・白い道」では、カンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞しているが、この映画については、次のように語っている。

<親鸞は鎌倉時代、弾圧に屈することなく布教を続けた人です。「前世や過去の因縁は関係なく、現在をいかに生きるか」を説いたと思うのです。(中略)彼岸へ向かう道は、恐ろしい火と水にはさまれた「白い道」です。仏の道を進めば、西方浄土にたどりつける。僕は、火と水の恐ろしい川に落ちそうになり、手綱を締めることがあるのです。親鸞を通して、自分の生き方をみようと考えたのです。>

 彼は、仏教というか、親鸞に傾倒しているようである。
 仏教や親鸞のことについてはよくはわからないが、三國さんは人間の弱さとかダメさ加減をよく知っているような気がする。
 彼は、「普通の人間を演じていくこと」が大切だという。その普通の人間は弱く、「甘い汁を吸うと」ダメになる。「人間は自分を正当化するばかり」だから、「はらわたを取り出して、しょっちゅう汚れを洗うこと」が必要だ。
 また、「ほめられ評価されたという老廃物をどう浄化できるかが生涯の仕事だと思う」とも言っている。
 話は役者についてだが、人が生きる、ということにもつながることのような気がするのである。

 人は過去の栄光とか失敗に縛られてはならない。前を見て、何が起きるかわからない人生に向かっていかなきゃいけない。それでまた、失敗してもいいじゃないか。
 ということが、「空回りしながら、生きるしかないのです」という言葉に表わされているのかもしれない。

 それが空しいと感じられても、それをじっくり味わう、そして楽しむことが必要だ。
 ということが、「むなしいことを理解できるほど、クールになれ」ということなのかもしれない。


<後記>三國さんは、なんだか哲学者のようなことを話しています。ちょっと難しそうですが、とても感じるものがあったのです。
 団塊世代は、リタイアした人もいるし、これからリタイアする人もいるでしょうが、リタイアしたら、過去の栄光(地位や肩書など)に囚われていてはいけないでしょうね。
 残りの人生は少ないかもしれませんが、過去の栄光はキッパリ捨てて、新しい人生に向かっていかなきゃいけないように思えます。
 それが、自分をよりよく活かせるような気がします。たとえそれが、空回りになったとしてもです。
 人は“空回りしながら、生きるしかない”んでしょうね。たぶん(~_~)。

 バカ親父は過去の栄光はないから気が楽ですが、失敗は数限りなくあるから、それに囚われないように気をつけます(^^ゞ。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 33

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

2010年04月06日 07:26
で、あるな!でありますね。

三國さんが、俳優になったきっかけというのは、第二次世界大戦後、戦地から帰ってきて、腹をへらして、銀座の松竹裏を歩いているときに、声をかけられてカツ丼をおごられたのがきっかけだそうですけどね。
メシが食えるなら・・・・で、大俳優・・・・

人生はおもしろいもんです。♪
トド
2010年04月06日 08:50
三国連太郎さんは悪が強すぎて、苦手でした。
釣りバカもバスツアーで見て興味を持ったのですが、嘘か本当?かは分からないけど色々な女性スキャンダル、、。今哲学ですか?役者さんはやはり異人種なのですね。まじめな役者はやはりつまらないかな?
2010年04月06日 09:22
先日NHKで三国さんが出ていましたが、お話を聞くと、すごい役者さんだと思いました。
木下監督との出会いが、その後の人生を変えたみたいですね。
<演出家は評価が高くなり豊かになってくると、駄作が多いですね>
小説家もそのような方がいるような・・・(笑)
遊哉
2010年04月06日 10:50
☆ ねこのひげ さん、で、あるな! でありますか(~_~)。
 三國さんは、中学の時に家出して、家に舞い戻ったけど帆船で密航して青島(チンタオ)に行ったり、兵役を逃れようと大陸密航を企てたけど捕まって、出征して大陸に行ったりしたんですね。戦後は、ねこのひげさんが書かれているように、松竹のプロデューサーに拾われて岡田英次さんの代役で木下監督の「善魔」という映画に出たようです。でも「三國八千」といわれ、1カットで8千回のNGを出していたそうです(^^ゞ。
 それが今では大俳優ですからね、人生何がどうなるか、わからないものですね。
 三國さんは、いろんな空回りをしながら、自分を磨いていったんだと思います。現在は、その成果ともいえると思います。
 人生は面白いものですね(^^♪。
遊哉
2010年04月06日 11:03
☆ トドさん、そうですね、若いころはアクが強かったし、なんだかギラギラしていて、バカ親父もあまり好きではありませんでした。でも、釣りバカもそうですが、年とってからは味が出てきました。テレビで舞台も観ましたが、よかったです。
 女性とのスキャンダルはいろいろありましたね。バカ親父の好きだった太地喜和子とのことでは、コノヤロウ! と思ったものです(~_~)。
 いろんなバカなことをやってきたからこそ、今の哲学(?)があるのかもしれませんが、役者というのは特殊な仕事なんでしょうね。遊びも含めていろんな人生経験が、役者としての深みをつくるのかもしれません。
 ただ、今まで役者を続けて大俳優となるには、一方で自分を律するというところがあったこそかもしれません。いろいろ面白い役者です(^^ゞ。
遊哉
2010年04月06日 11:11
☆ のんびり猫さん、NHKに三國さんが出てましたか。役者としてど素人だった三國さんは、木下監督に鍛えられたようですね。その考え方にも相当影響されたようですが、人との出会いの面白さだと思います。
 小説家も同じことが言えるかもしれませんね。人によるでしょうが、本が売れて金が入って、粗製乱造になってダメになった小説家も多いようです。
 何かを創造する仕事は、いろんな意味での飢えが必要だし、自分を律していかないとダメなのかもしれませんね(^^ゞ。
 まあ、凡人も同じかもしれませんが(~_~)。
コムスメ
2010年04月06日 18:59
大先輩方に「人生は空回りの繰り返しだよ」と言われたら、もう頷くしかありません(^^)ゞ

週刊文春に阿川佐和子さんの対談ページがありますよね?いつの号だったかは忘れましたが、佐藤浩市さんとの対談記事を読みました。『美味しんぼ』で三國さんと共演したときのお話もあって面白かったですよ♪

>話は役者についてだが、人が生きる、ということにもつながることのような気がするのである。
私も共感です(^^*)
2010年04月06日 19:59
三國さんと佐藤浩市さんの親子関係は前から注目してました(笑)
なんだか余人には窺い知れない愛憎がある感じで。
最近は猿之助さんと香川照之さんにも注目ですが(笑)

空回りしながらも生きていくしかない、かあ。そうですよね。むなしいけど生きていくしかないんですよね(^^ゞ
遊哉
2010年04月06日 20:16
☆ コムスメさん、ある程度の歳をとって「人生は空回りの繰りかえし」と思う面は多々あります。でも、そうは思わない方も、いるでしょうね。一面の真実だとは思いますが(^^ゞ。
 だから、若い人には「人生は○○」なんて決めつけずに、一所懸命に生きていってほしいです。
 ただ、人生は空回りの繰りかえしかもしれないけど、それは決して後悔するようなことではなかったです。失敗もたくさんしましたが、それも含めて面白かったし、それがバカ親父の人生だったと思ってます。って、まだ続いてますけどね(^^ゞ。
 その対談は、例の「背丈さえのびた気になる妻の留守」が出ていたのと同じ号です(^^ゞ。読みましたよ。面白かったです。三國さんは佐藤さんのことをいろいろ心配してるけど、佐藤さん自身はちゃんといろいろ考えてるし、しっかりしてますよね。三國さんも親なんですね。親にとっては、子どもはいつまで経っても子どもで、心配なものなんです(~_~)。
 共感できましたか(^^ゞ。過去を振り返って、栄光や失敗を見つめることはいいですが、それにとらわれては詰まらないと思います。それを捨てるというか肥やしにして、前を見て進むことが大事なんでしょうね。
遊哉
2010年04月06日 20:30
☆ キーブーさん、アハハ、たしかに“余人には窺い知れない愛憎がある”んでしょうね。佐藤さんは三國さんを反面教師にしているようなところもありそうです(^^ゞ。同時に役者としては尊敬もしているようです。
 若い時はいざ知らず、今は佐藤さんも中年の大人だし、ちゃんとした家庭を築いているし、三國さんも孫の顔を見にいくようです。親子であっても、大人のつき合いをしているんでしょう。
 猿之助さんと香川照之さんの関係も面白いですね。香川さんは歌舞伎を継がなかったわけですが、それは却ってよかったような気がします。交流があるのかどうか知りませんが、お互いに離れてはいるけど、見守っているというところでしょうか(~_~)。
 空回りがむなしいとは、バカ親父は思ってません。それもまた、面白いと思ってます(^^ゞ。まあ、生きていくっていうことが大事なんでしょう。人生は、生きてみなくちゃわからないものでしょうね。たぶん(~_~)。
2010年04月06日 22:09
空しいことを理解できるほどクールになれ。。φ(..)メモメモ
分かるような分からぬような。。
空回りだらけの人生のような。。
遊哉
2010年04月06日 22:57
☆ Fチェスカさん、“空しいことを理解できるほど、クールになれ”、バカ親父にもわかるようなわからぬような……空回りだらけの人生のような……(~_~)。
 それでも、なんとか楽しく生きてます。そうでしょ?!(^^♪。
トド
2010年04月07日 08:23
再びごめんなさい。
昔の学校の先生のおっしゃるように生きると、歳を取って空しい様な、、。色々悪さや、おまわりさんに怒られない程度の不道徳した方が死ぬとき後悔しない?
大、、。には成れない凡人は真似しない方が良さそうですが、、。ダメ親父さんも大ブログ人に近ずいています。
遊哉
2010年04月07日 09:47
☆ トドさん、何度でもいらしてください。嬉しいです(~_~)。
 そうですねえ、真面目一方で生きるよりも、酸いも甘いも噛み分けて生きるほうが面白そうな気がしますが、歳をとって空しいと感じるかどうかとか、後悔するかしないかは、また別の話のような気がします。
 どう生きようと、自分の生き方を納得できるかどうかでしょうかねえ。とはいえ、納得できる生き方なんてなかなかできないでしょうけどねえ(^^ゞ。自分に嘘をついて生きると、歳とって空しく感じて後悔するような気はしますが(~_~)。
 まあ、凡人は素直に楽しく生きていきましょう(^^♪。
 “大ブログ人”ですか~。なんだか恥ずかしいですが、お褒めの言葉と受け止めて、できるだけ楽しいブログを書いていきますね(~_~)。
2010年04月09日 06:26
名俳優や達人だけの世界だけではないような気がします。
ボクも仕事にのめりこみすぎるといつのまにか自分勝手な通じない文章を書いてしまうときがあります。
常識やバランス感覚が大切で常に普通の感覚でみたときにわかるかどうか問い直すように心がけています。
といいながら、ちょっとはずれたコメントかもしれませんね?
遊哉
2010年04月09日 09:44
☆ moumou.h53さん、そうですねえ、三國さんはとても厳しい考え方のようですが、その考え方は普通の人にも通じるものがあるんじゃないでしょうか。
 同じ仕事を長くやっていたり、のめりこみすぎると、一人よがりになったり自分勝手になりがちだと思います。そういう自分を見直すことは大事かもしれません。それまでの自分のあり方、考え方を客観的に見る必要があるでしょうね。
 “常識やバランス感覚が大切で常に普通の感覚でみたときにわかるかどうか問い直す”ということも、同じことだと思います(^^♪。
2010年04月09日 20:12
未確認ですが、昔、三国連太郎は高校の教師をしていて、プロポーズされたという国語の先生を知っています。颯爽として素敵な先生でした。
学生時代、東京の地下鉄に乗ったら、三国さんが静かに文庫本を読んでおられた姿が印象的です。
誰も気がつかないみたいでしたが、私、窓を鏡代わりにずっと眺めてました。
マーロン・ブランドと同じにおいがしました。
好きだなあ~。
遊哉
2010年04月09日 20:49
☆ 七海さん、三國さんは中学中退だから、高校の教師になることはないと思います。でも、そんなことがありそうな気がしないでもない話ですね。
 学生時代に、地下鉄で文庫本を読んでいる三國さんを見かけたんですか。いい様(姿)だったでしょうね(^^♪。
 若いころのマーロン・ブランドと同じにおいを感じます。ちょっと無頼な感じのするところが、いいですね(~_~)。

この記事へのトラックバック