『センス・オブ・ワンダー』




画像


 だいぶ前に読んだことがあるのだが、ブック・オフで見つけて、久しぶりに読み直してみた本がある。
 レイチェル・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』である。

 この本はレイチェル・カーソンの最後の著作である。彼女が亡くなって50年近く経つが、この本は何度読んでも自然の不思議さに目を見張る感性の大切さを教えてくれる名著だと思う。
 まずは、レイチェル・カーソンについて、本書の「訳者あとがき」からまとめて紹介してみる。

 レイチェル・カーソンは、米国のベストセラー作家であり海洋生物学者である。
 1907年、ペンシルバニア州スプリングデールに生まれた。幼いころから作家になることを夢に描いていたという。大学では生物学を専攻し、ジョンズ・ホプキンス大学で修士号を得る。
 そのまま研究生活を続けたかったが、父の死により母と姉の遺児である二人の姪との生活を支えるために、内務省の魚類・野生生物局の生物専門官になった。
 仕事は、海洋資源などを解説する広報誌の執筆と編集だった。
 これが、彼女のなかで科学と文学の合流をもたらし、公務員生活を続けながら作家への道を辿るようになった。
 やがて、美しい詩情豊かな文章で綴られたすばらしい作品が次々と発表され、ベストセラーになる。
 下記のような作品である。

 ・ 『潮風の下で Under the Sea Wind』(宝島社)
 ・ 『われらをめぐる海 The Sea Around Us』(早川文庫)
 ・ 『海辺 The Edge of the Sea』(平河出版)

 作家としての名声を確かにしたレイチェルだったが、あるとき、友人から一通の手紙が舞い込む。役所のDDTの空中散布により、庭に来ていたコマツグミが次々と死んでしまったという。
 レイチェルは4年に及ぶ膨大な資料の山に埋もれて、後に「歴史を変えることができた数少ない本の一冊」と称されることになる『沈黙の春 Silent Spring』の執筆に取り組んだ。
 執筆中にガンに侵されたが、時間との戦いのなかで1962年、ついにこの本を完成させた。
 この本は、環境汚染と破壊の実態を世に先駆けて告発したもので、大きな反響を引き起こし、世界中で農薬の使用を制限する法律の制定を促した。同時に、地球環境への人々の発想を大きく変えるきっかけともなった。
 彼女が発した警告は、今日でもその重大さが失われていないばかりか、さらに複雑に深刻になっている環境問題への先見性を証明しているものである。

 本書は最初、1956年に『ウーマンズ・ホーム・コンパニオン』という雑誌に、「あなたの子どもに驚異の目をみはらせよう」と題して掲載されたものである。
 それを膨らませ単行本として出版しようと、最後の仕事として手を加え始めていたが、1964年に彼女は56歳の生涯を閉じた。
 死後、友人たちが彼女の夢を果たすべく原稿を整え、翌年、一冊の本にして出版したのである。

 本書には、ロジャーというレイチェルの姪の息子が出てくる。彼はメイン州の彼女の別荘に赤ん坊のころから遊びに来ていた。
 本書は、そのロジャーとレイチェルがいっしょに海辺や森の中を探検し、星空や夜の海を眺めた経験をもとに書かれた作品なのである。

 それでは、何か所か紹介してみる。


<まだほんの幼いころから子どもを荒々しい自然のなかにつれだし、楽しませるということは、おそらく、ありきたりな遊ばせかたではないでしょう。けれどもわたしは、ようやく四歳になったばかりのロジャーとともに、彼が小さな赤ちゃんのときからはじめた冒険――自然界への探検――にあいかわらずでかけています。そして、この冒険はロジャーにとてもよい影響をあたえたようです。
 わたしたちは、嵐の日も、おだやかな日も、夜も昼も探検にでかけていきます。それは、なにかを教えるためにではなく、いっしょに楽しむためなのです。>

<子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
 もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。
 この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。>

<子どもといっしょに自然を探検するということは、まわりにあるすべてのものに対するあなた自身の感受性にみがきをかけるということです。それは、しばらくつかっていなかった感覚の回路をひらくこと、つまり、あなたの目、耳、鼻、指先のつかいかたをもう一度学び直すことなのです。
 わたしたちの多くは、まわりの世界のほとんどを視覚を通して認識しています。しかし、目にはしていながら、ほんとうには見ていないことも多いのです。見すごしていた美しさに目をひらくひとつの方法は、自分自身に問いかけてみることです。
 「もしこれが、いままでに一度も見たことがなかったものだとしたら? もし、これを二度とふたたび見ることができないとしたら?」と。>

<人間を超えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐくみ強めていくことには、どのような意義があるのでしょうか。自然界を探検することは、貴重な子ども時代をすごす愉快で楽しい方法のひとつにすぎないのでしょうか。それとも、もっと深いなにかがあるのでしょうか。
 わたしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとにであったとしても、かならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通ずる小道を見つけだすことができると信じます。
 地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力をたもちつづけることができるでしょう。
 鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、それ自体の美しさと同時に、象徴的な美と神秘がかくされています。自然がくりかえすリフレイン――夜の次に朝がきて、冬が去れば春になるという確かさ――のなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかがあるのです。>


 さて、何か感じるものがあったでしょうか?


<今日のお薦め本>
『センス・オブ・ワンダー The Sense of Wonder』 レイチェル・カーソン 著、上遠恵子 訳、新潮社 刊、1470円、05.08.05. 44刷
 本書の「訳者あとがき」には、こんなことも書かれています。
<レイチェル・カーソンは、地球の素晴らしさは生命の輝きにあると信じていた。地球はあらゆる生命が織りなすネットで覆われている。その地球の美しさを感ずるのも、探求するのも、守るのも、そして破壊するのも人間なのである。
 最後の作品となった『センス・オブ・ワンダー』には、彼女が日頃から考えていた深い信念がすべて述べられており、私たちへの遺言となっている。
 彼女は、破壊と荒廃へつき進む現代社会のあり方にブレーキをかけ、自然との共存という別の道を見いだす希望を、幼いものたちの感性のなかに期待している。『沈黙の春』が、いまなお鋭く環境汚染を告発しつづけていると同じように、『センス・オブ・ワンダー』は、子どもたちに自然をどのように感じとらせたらよいか悩む人々へのおだやかで説得力のあるメッセージを送りつづけてくれるだろう。環境教育の必要性が叫ばれているいま、この本に託されたレイチェルの意志は、多くの人の共感を得ると信じている。
 死を目前にして、レイチェルは友人への手紙にこう書いている。
 「もし、私が、私を知らない多くの人々の心のなかに生きつづけることができ、美しく愛すべきものを見たときに思い出してもらえるとしたら、それはとてもうれしいことです」>

<後記>高校の終わりころだったと思いますが、『沈黙の春』を読んで環境破壊・汚染の怖さを知ってショックでした。日本でも公害が大きく取り上げられていたころです。
 その後、大学で水産の勉強をするようになり、駿河湾の富士川の河口沖まで製紙会社の汚水が覆っているのを目にして愕然としたものです。
 その後日本では環境汚染への意識が高まり、今ではだいぶよくなりましたが、中国などでは公害問題が大きくなっています。そして、その汚染物質が黄砂といっしょに、あるいは酸性雨などとして日本に降り注いでいます。これは怖いことです。
 『沈黙の春』からだいぶ後に、この『センス・オブ・ワンダー』を読みましたが、『沈黙の春』をレイチェルに書かせたその元に、この「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」があったことが、よくわかりました。
 大人はもちろんですが、子どもにこそ、この「センス・オブ・ワンダー」を呼び起こさなければ、地球は環境破壊の一途を辿るかもしれません。
 多くの人が都会に住まざるを得ない今の社会で、いかにこの「センス・オブ・ワンダー」を取り戻すかはとても難しい課題だと思います。でも、空を見上げて雲や星や太陽や月を見るだけでもその神秘さや不思議さは感じとれると思います。

 以前にも書きましたが、娘たちが子どものころはよく山に登ったりキャンプをしたものです。今では娘たちはすっかり都会人になっています。ゴキブリが出たといっては、キャーキャー言うようになりました。子どものころは虫なんて、なんでもなく手にしていたのにです。星空を見て、きれいだねえ、と感動していたのにです(~_~;)。
 まあ、何かは娘たちの心の中に残っているとは思いたいのですが……。
 せめてチビりんを自然のなかにできるだけ連れ出してやりたいのです。でも、こちらの体力・気力がなくなっちゃってます。情けなや~(^^ゞ。
 SORAといっしょの散歩で、空を見上げるのがいいとこですが、みなさんもたまには空くらい見上げてみようではありませんか(^^♪。

 長い記事になっちゃいましたが、すみませんねえ(^^ゞ。

 今日、鳥のエサ台にキジバトがきていました。口の周りに羽毛が立っています。まだ巣立ちして間がないのかもしれません。

画像

 去年はほとんどできなかった梅の実が、今年はたくさんできています。無事に大きくなってほしいものです(~_~)。

画像



センス・オブ・ワンダー
新潮社
レイチェル・L. カーソン

ユーザレビュー:
人類の必読書に指定し ...
五感をめぐらし、自然 ...
子供の頃の純粋さを思 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 16

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

2010年04月12日 08:29
小さな子供って大人が何でもないような事でも楽しみますね
自分も子供の頃はそうだったんでしょうに
既にどこかへ置いてきちゃって・・・
ばあちゃんなるべく子供の目線で対抗しています(^^)
その分姫は相手にされてませんが
それでも女王様が気になるようで(^0^)
四季のある日本をなるべく感じさせたくてばあちゃんも娘も毎日のようにあちこちへ~~
大きくなっても何か一つは残るかも・・・です
遊哉
2010年04月12日 10:15
☆ さらばぁ♪さん、そうなんですよね。アリの列を眺めたり、落ち葉やドングリを拾ったり、草っ原に入ったり、大人が忘れているようなことを楽しみますね(^^ゞ。
 小さい子どもといっしょに動いていると、昔自分たちがやっていたことを思い出させてくれます。子どもの目線を取り戻すことができるんですよね(~_~)。
 姫様はひょっとして、ちょっといじけてるかな(^^ゞ。でも、犬って子どもが好きだから、興味津々なんでしょうね(~_~)。
 たまに来るから、日本の四季をできるだけ味あわせてあげたいですね。雨期と乾季はあるけど、年中暑い国から来たんだものねえ(^^ゞ。うちも、チビりんが来るとあっちこっちでかけちゃいます。
 娘のようになれてよかったじゃないですか。でも、腰を痛めないように、無理しないように気をつけてください。
 女王様の心に、きっと何かが残ると思います。ばあちゃんの思い出といっしょに(^^♪。
2010年04月12日 14:13
 小さい時の広い自由な心…なくさないように大きくなりたいものです。
 わたしもゴキブリ嫌いよ~。今年も、ホウ酸団子をたくさんセットしましたよ~。
遊哉
2010年04月12日 15:44
☆ キョンさん、そうですね。広い自由な心を、自然の小さな変化にも気づき感動できる心を、失くさずにいきたいものです(^^♪。
 バカ親父もゴキブリは好きとはいえませんが、キャーキャー叫ぶのは止めてほしいです(~_~)。
 うちも、キョンさんに教えてもらったのとは違うけど、ホウ酸団子を設置しましたよ~(^^ゞ。
2010年04月12日 18:04
レイチェル・カーソンって知りませんでしたが、興味がわきました。読んでみたいですね
私も田舎の自然の中で育ったはずなのに、ふと気がつくとバッタさわれなくなっていたり、オタマジャクシを手で掬えなくなっていたり。ゴキブリだけは昔からダメでしたけれど(笑)
キジバトさん、新顔ですね。お仲間を引き連れて常連さんになるのかな?(*^_^*)
遊哉
2010年04月12日 18:37
☆ キーブーさん、若い方(?)は知らないかもしれませんが、環境問題の分野では有名な人です(^^ゞ。バカ親父が手に入れたこの本も44刷ですが、いろんな著作が今でも文庫本で出され続けているので、よかったら読んでみてください。
 記事の最初の「レイチェル・カーソン」にリンクしときましたが、「レイチェル・カーソン日本協会」というのがあります。そこに著作のリストがありますので、参考にしてください。
 アハハ、ゴキブリはやはりダメですか(~_~)。うちの娘たちもバッタやオタマジャクシやイモリでもヤモリでも触れたのに、今はだめです。それに比べて、チビりんはアリやダンゴムシが大好きです。いつまでも、そうだといいんですけどね(^^ゞ。
 キジバトは、以前は番で来てたんですが最近は姿を見ませんでした。これはまだ若鳥のようです。また来てくれると嬉しいんですけどね(^^♪。
トド
2010年04月13日 08:25
先日孫と花見をしていて、殿様バッタ?みたいなのが夫のシャツに止まったら、孫娘二人とも怯えてました、。でも丸々と肥ったバッタが今頃???ババは自然の狂いに怯えました。
遊哉
2010年04月13日 09:59
☆ トドさん、花見で殿様バッタのようなのを見たら、孫娘さんたちは怯えてましたか~。あんまり見たことがなかったんでしょうか。それとも、大きすぎたんでしょうか(^^ゞ。
 トドさんは“自然の狂い”に怯えたんですか~。いったんどうなったんでしょうか? ご主人が食べちゃった?!(~_~)。
2010年04月15日 22:05
レイチェル・カーソンに興味をひかれて読んだ本でしたが感動でいっぱいになったことを覚えています
自然のことに興味を抱くのに欠かせない本ですね
遊哉
2010年04月15日 23:31
☆ コケ魔女さん、この本を読まれてましたか。なんだか、そんな気がしてました(~_~)。
 人間も自然の一部ですが、その自然を忘れちゃいけないんですよね。これからも大いに、自然に興味をもっていきましょうね。お互いに(^^♪。
Sauerkraut
2010年05月18日 03:26
良書のご紹介に感謝いたします。
読んで見たいと思っております。
問題はドイツ語か日本語か・・。
遊哉
2010年05月18日 11:42
☆ Sauerkrautさん、ドイツ語でも翻訳が出ていると思います。
 手に入りやすいほうで、読んでみてください(^^♪。

この記事へのトラックバック