『僕は、そして僕たちはどう生きるか』

 梨木香歩さんの新刊『僕は、そして僕たちはどう生きるか』の紹介である。
 児童文学と言ってもいいかもしれないが、社会生活を営む人間のあり方を問う深い内容の本である。

 本文が始まる前に、こんな言葉が掲げられている。

  群れが大きく激しく動く
  その一瞬前にも
  自分を保っているために

 いったい何のことを言っているんだろう? と思ったのだが、最後まで読んでいくと何を言っているのだかわかってくる。

 こんなふうに物語は始まる。

<その日僕(ぼく)が朝からルーペ片手に雑木林の中をうろついていたのは、もちろん探偵を気取っていたわけじゃなくて、トビムシとかカニムシなんかの小さくて土に棲(す)む生物に関心があったからだけれど、まさか彼らに出会う前にあんな出来事が待っていようなんて、家を出るときには思いもしなかった。
 それは連休初日の朝だった。>

 そして……
<今はあの日のこと、そしてその後分かったこと等、一連の、僕の人生に重大な影響を与えたと確信している出来事を書こうとしている>のだった。

 “僕”というのは、コペルというあだ名の14歳の男の子である。この物語の語り手である。
 母は大学で教鞭をとっているのだが、今年の春からT市の大学に赴任した。父は、体調を狂わせがちな母を気遣ってそこに行っていることが多くなって、コペルは犬の“ブラキ氏”がいるものの、一人で家に残っている。
 父は取材をするような仕事で、「端倪(たんげい)すべからざる」というのが口癖の一つである。コペルは難しい言葉を使って小学生の同級生から変な目で見られたが、物心ついたときから受け続けた父の影響が大きかった。
 ブラキ氏というのは、本名ブラキッシュが縮まってブラキシになり、今ではブラキ氏という発音で呼ばれているゴールデン・レトリバーである。 

 その日、ブラキ氏はノボちゃんと呼んでいる叔父(母の弟)の山小屋に行っていた。クマが出るので用心のため、ということでノボちゃんが借りていっていたのだった。
 コペルは一人で雑木林にいくと、なんとイタドリを鎌で刈っているノボちゃんに出会う。
   
<「こんなところで、何してるの。ブラキ氏は?」
 ノボちゃんが一人でいるのを見て、僕は思わず、問い糺(ただ)す、というような口調になった。ブラキ氏は山小屋で彼といっしょにいるとばかり思っていたのだ。このとき脳裏には誰もいない山小屋で、クマと格闘するブラキ氏の姿がちらちら浮かんでいた。
 「車の中だよ。日影だし、ちゃんと窓も開けてあるよ」
 ノボちゃんは大慌てで続けた。
 「急にイタドリが必要になってさ。山小屋の近くはあんまりなくて、こういうのって、かえって人里近い方がたくさんあるんだ」
 ノボちゃんの名前は武田登、染色家だ。草木染め作家だから材料の調達には苦労している。山小屋を建てたのも、もともとはそれが目的だ。>

 コペルはノボちゃんを手伝って、イタドリを運んでブラキ氏のいる車まで行く。

<確かにノボちゃんの車があった。そして僕を見つけて体を揺らしながら激しく尻尾を振るブラキ氏の姿もその中に。
 「ブラキ氏」
 僕が呼ぶと、その尻尾は更に加速を付けて振られた。イタドリを一旦(いったん)下ろしてドアを開けると、すごい勢いでブラキ氏は飛び出し、それからまるで天災かなんかで長い間生き別れになっていたかのような勢いで僕に頭をすり付けてきた。
 「よしよし」
 僕の濃紺のトレーナーはあっというまにブラキ氏の毛でまみれた。ブラキ氏がぐいぐい頭を押しつけてくるので尻もちをついた。
 「分かった、もうやめろ」>

 ノボちゃんと話しているうちに、彼が清浄(せいじょう)ヨモギを探していることを知る。
 清浄ヨモギとは、除草剤とか排気ガスとかの人為的なものがかかっていないヨモギのことだという。
 ある場所が、コペルの脳裏に閃いた。
 それはユージンというあだ名の友達の家である。
 ユージンは6年生のある日、ぱたっと学校に来なくなり、未だに中学校にも行っていないという男の子である。
 代々裕福な農家で敷地も広いのだが、両親が離婚し、今は父親と二人だけで暮らしている。
 その家の裏の土手で、彼のおばあさんが生きていたころにヨモギ摘みをしたことがあるのだった。集まった子どもたち皆でヨモギ団子をつくったのだ。
 コペルは、昔はユージンの家に入り浸っていたのだが、最近はあまり行っていなかった。

 電話をして了解をとって、彼の家に行った。
 そして、思いもかけなかったいろんな出来事が起きたのである。
 朝から夕方までのわずか一日というか半日の出来事だったが、コペルの人生に重大な影響を与えたのである。

 その他の登場人物を紹介しておく。
 ショウコ:ユージンの従姉妹で1歳年上の女の子。コペルにとってはちょっと苦手な先輩で、嫌な奴だと思っている。
 マーク:ショウコの母親の友達の息子。オーストラリア人で3年前に日本に来て、コンピューターの仕事をしている。
 そして、これはちょっと説明できないが、謎の女性インジャ。
 登場人物はこれだけである。登場人物の話の中には、いろんな人が出てくるが。
 それぞれ個性のある人たちで、その会話がとても面白い。人の複雑さがよく表れていると思う。

 さて、あらすじは上に書いた以上は語れない。この物語については、是非この本を読んでいただきたい(^^ゞ。
 ちょっとわかりにくいかもしれないが、何か所か引用してみる。長くなりそう(^^ゞ。
 
  
<「自分が本当に怖がっているものが何なのか、きちんとそれを把握(はあく)する。そしたらもうその恐怖からは半分以上解放されている」>


<不思議な感じだ。自分の生まれる前にも世界はあって、それぞれ「譲れぬ一線」を抱えた人たちが、皆それぞれの「前線」で闘い、その言わば「夢の跡」が、今、僕らの生きる世界なんだ。考えてみれば当たり前のことなわけだけれど。>


<「ノボちゃんさあ、なんで草木染め好きなのかって訊(き)かれて一言で答えられる?」
 「うーん、それを訊いた相手とそのときのシチュエーションによるな。一番簡単なのは、『一人でやれるから』」
 ああ、そうか。そういう答え方もあったか。くやしいけどそのとき、ちょっと目から鱗(うろこ)だった。
 確かに本当のことっていろいろある。例えば僕がなぜブラキ氏を好きなのかってことだって。小さいときから一緒にいるから、とか、こっちに向かって走ってくるとき、耳が小さいダンボみたいにパタパタするところが面白いからとか、ふだんは間抜けそうにしていてときどきびっくりするくらいの知性の片鱗(へんりん)を見せるところのギャップがいい、とか、握手するときの足の裏が気持ちいい、とか、友情にあついやつだとか。その中からそのとき答えたいものを選ぶ。実際僕はそうしてきたはず。でもそれは真剣に考えるのが面倒くさかったからで、僕自身はそういうの、誠実じゃない気がしていた。けど、そういうやり方も、ありなんだ、そうするのが一番いい、ってこともあるのかもしれない。>


<「普通」という言葉はそもそも「一般的」という意味だ。だからこそ、日本人は「普通」という言葉に弱い。普通イコールみんな、ってなっちゃう。「だって、普通、そうでしょう」、みたいなことを繰り返し言われると、どうしてだか人は弱気になるのだ。これは戦時中の雑誌読んでてもすぐに分かる。
 正直言って、僕は自分自身の問題として、今、このことを考えてもいる。「普通」という言葉が持ち出される場面の、うさんくささについても。いざとなったら「大勢の側」についていたいという、本能的な自己防衛機能が働くんだ。一人である、異端(いたん)である、ってことはものすごい危険が伴う。勇気がいることなんだ。第二次世界大戦中、迫害されていたユダヤ人たちを助けた少数のドイツ人たちのように。自分の身にどういう危険が及ぶか分からない。だから人は、本能的に大勢の側につきたい、普通でありたい、皆の仲間だと思われたい、と思うんだ。僕だってかつてそうだった。痛恨(つうこん)の極み、ってこのことだ(このことについては、これから書くつもりだけれど)。そして、僕は二度とそういう悔(く)いの残るような行動はすまいと思っているけれど、唇をかむほど悔(くや)しいことに、それが将来にわたって絶対って、僕自身、軽々に断言できない。>


<人は、人を「実験」してはいけないんだ。

 そう確信したとき、僕は、自分がなぜ、「どっきりカメラ」系統の番組が嫌いだったのか、その理由がはっきりと分かった。あの嫌悪感(けんおかん)は「故(ゆえ)なきもの」じゃなかった。そうだ。自分は何が好きで何が嫌いか。他人がどう言っているか、定評のある出版社が何を出しているか、部数の多い新聞がどう言っているか、じゃない、他ならぬ自分はどう感じているのか。
 大勢が声を揃(そろ)えて一つのことを言っているようなとき、少しでも違和感があったら、自分は何に引っ掛かっているのか、意識のライトを当てて明らかにする。自分が、足がかりにすべきはそこだ。自分基準(スタンダード)で「自分」をつくっていくんだ。
 他人の「普通」は、そこには関係ない。>


<そもそも、人が群れから離れて生きていくって、どの辺まで可能なんだろう。>


<人生って、そういうことなのか。
 いくらいろいろ計画してたって待ったなしなんだ。いつまでもあるもんじゃないんだ。
 僕はそんな当たり前のことが、なんかこのときものすごくリアルに感じられた。>


<『戦時中だったからね。自分の生き方を考える、ということは、戦争のことを考える、ってことと切り離せなかったんだね。でも人間って弱いものだから、集団の中にいるとつい、皆と同じ行動を取ったり、同じように考えがちになる。あそこで、たった一人きりになって、初めて純粋に、僕はどう考えるのか、これからどう生きるのか、って考えられるようになった。そしたら、次に、じゃあ、僕たちは、って考えられたんだ』>


<「(前略)こんなことも言ってた。群れのために、滅私奉公(めっしぼうこう)というか、自分の命まで簡単に、道具のように投げ出すことは、アリやハチでもやる。つまり、生物は、昆虫レベルでこそ、そういうこと、すごく得意なんだ。動物は、人間は、もっと進化した、『群れのため』にできる行動があるはずじゃないかって……」


<そうだ。彼女は自己紹介したのではなく、僕らの名前を確認したのでもなく、鳥が鳴くように声を発したんだ。僕たちはそのときそれをキャッチした。彼女の声を、「キャッチ」してあげればいいんだ。そのときどきに、「だいじょうぶ。そこに君がいることは忘れてないよ」って意味を込めて。
 そう思いつくと気が軽くなった。>


<「(前略)人間は、どうしたって、群れの動物なんだ。群れから遠ざかることはできても、全くの一人で暮らしていくなんてできないんだ。僕だって、そうだったもの」


<ただ、どこか、何かを無視したような強引さで進んでいく気がしたけど、どこがおかしい、というのを指摘するだけの力が、僕にはなかった。「何かがおかしい」って、「違和感」を覚える力、「引っ掛かり」に意識のスポットライトを当てる力が、なかったんだ。「正論風」にとうとうと述べられると、途中で判断能力が麻痺(まひ)してしまう癖(くせ)もあった。>


<僕は軍隊でも生きていけるだろう。それは、「鈍い」からでも「健康的」だからでもない。自分の意識すら誤魔化(ごまか)すほど、ずる賢いからだ。>


<一人の個性を無理やり大人数に合わせようとする。数をかさににきて、一人の個性をつぶそうとする。しかも表向き、みんなになじませようとしているんだ、という親切を装って。
 こういうのって、つまり、全体主義の「初めの一歩」なんだろう。けれど、だからといって、じゃあ大人数がいけないのかというと、それも話が違う。ある種の「たくましさ」や群れでやっていく能力――協調性とか、思いやりとか――は、そういう「大人数」の中でしか、獲得(かくとく)できないから。ことは本当にデリケートなんだ。>


<もしかしたら僕は――いや、もしかしたらじゃない――あの屋根裏部屋で戦時中の雑誌を読んでいたとき、距離を感じた愛国少年少女たちと本当は同じだったんじゃないか。つまり、大勢の側の論理に簡単に操られてしまう、という。「非常時」という大義名分の威力に負けて、自ら進んで思考停止スイッチを押し、個を捨ててしまう。もっとひどいかもしれない。もしあの時代僕がドイツに生まれたドイツ人だったら、隠れているユダヤ人を見つけて通報するくらいしたかもしれない。そんな適応力が僕には確かにある。それが「正しいこと」だと自分自身に言い聞かせてあれば。
 僕にはヒトラー・ユーゲントをどうこう言う資格なんかない。>


<「……泣いたら、だめだ。考え続けられなくなるから」
(中略)
 確かに、泣いている間はものが考えられない。よく「泣きたいときは思いっきり泣け」とか言うけど、それは泣いていろんなものを発散させ、気持ちをすっきりさせる効用があるからだ。さもなくば甘い自己憐憫(じこれんびん)に浸(ひた)る心地よさがあるからだ。>


<「そんなに僕、トロそうな印象あった?」
 「トロくない印象与えた記憶があるか?」
 ああ、もう、落ち込んでる人間に、真上からコンクリートブロック落とすようなことがよく言えるなあ。僕が落ち込んでるって、気づくようなデリカシーなんかないにしても。
 そう、僕はトロくて、小心者で裏切り者の、どうしようもない人間なんだ。
 そう思ったら、なんか、もう、不思議に開き直った気分になってきた。
 ……うーん、ちょっと違う。開き直る、って言っても、そうだ、それで悪いか、って好戦的な感じじゃないんだ。
 それは、これまで僕が、ほとんど体験したことのない、なんか、肩の力が抜けたような静かな感情だった。
 全く思いがけないことだけど、「脱力」と抱き合わせでどん底を這(は)うようにしてやってきた、あの「感情」は、もしかしたら、「謙虚(けんきょ)」っていう、気持ちに近かったんじゃないかって、今は何となく推測している。よく分かんないんだけど、まだ。>


<そう、人が生きるために、群れは必要だ。強制や糾弾(きゅうだん)のない、許し合える、ゆるやかで温かい絆(きずな)の群れが。人が一人になることも了解してくれる、離れていくことも認めてくれる、けど、いつでも迎えてくれる、そんな「いい加減」の群れ。> 



<今日のお薦め本>
『僕は、そして僕たちはどう生きるか』 梨木香歩 著、理論社 刊、11.04. 第一刷発行、1680円
 本書は、理論社ウェブマガジン「あ、ある。」に、2007年4月から2009年12月まで連載されたものだそうです。


<後記>梨木さんらしい物語と言えるかもしれません。摩訶不思議な話は出てきませんが(^^ゞ。
 絶滅しそうな植物を救う話とか、環境問題とかの話題も出てきます。
 テーマは、最後に引用した文章に表されているような気がします。個人と国、あるいは個人と社会とか、個人と集団や群れとの関係について書かれています。
 一人では生きられない人間ですが、群れの中では生きられない人、というか人は群れの中では生きていけない時もあるという話です。
 そういう人と、どうかかわっていったらいいか、あるいはそうなった時に人はどう生きていったらいいか、ということについて書かれています。

 昨日の夕方は、雨の中の散歩でした。

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 雨の中を歩くSORA。雨が入らないように、耳を後ろに倒しています(^^ゞ。

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 雨の中で、記念撮影。しょぼくれた顔をしてます(~_~)。

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 雨の原っぱと夕空。

 今日は打って変わって、いい天気になりました。
 三渓園で仕事のあったカミさんを朝車で送って行った後、SORAの散歩に出ました。
 SORAはチーちゃんと会えて、バトルをしました(~_~)。
 夕方の散歩では晴れてはいましたが、西風が強くて寒かったです。

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 散歩に出る前に撮った、モノクロのミヤコワスレ。

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 この2枚もモノクロで、風に揺れる木。

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 公園のツツジ。
 そして、今日の落日と浮かぶ雲。

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僕は、そして僕たちはどう生きるか
理論社
梨木 香歩

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この記事へのコメント

2011年04月25日 04:04
第二次大戦中、オフクロは、日本は負けると思っていたそうで、でも、それを口にだせば非国民と言われるのでだせなかったそうで、あのころほとんどの日本人は、そう思っていたんでしょうね。
気持ちを誤魔化して生きていたのは、戦後の日本を見ればわかりますよね。
ほとんどの日本人がコロッと態度を180度転換させましたからね。

きのうの夕方は、こちらは雨が降りませんでした。穏やかな夕暮れでありました。
散歩がてら、投票に行ってきました。
遊哉
2011年04月25日 09:40
☆ ねこのひげ さん、「非国民」という言葉は怖い言葉ですね。大勢の中で異を唱えるのはとても難しいことだと思いますが、自分の(個の)素直な気持ちを大事にしたいと思います。
 「日本は負ける」と思っていた日本人は多いでしょうし、父や兄が兵隊にとられるのは嫌だ、死なないでほしいと思っていた人も多いと思いますが、それを表に表せないというのは悲しいことです。全体主義の怖さだと思います。
 ちょっと前に「自粛を自粛しよう!」という記事を書きましたが、大勢に流されずに各自の判断で自粛を考えて実行すればいいんだと思います。
 うちの方も、昨日はいい天気でした。風が冷たかったですけどね。穏やかな日が続いてほしいものです。雨が降ることも大事ですけどね(^^ゞ。
トド
2011年04月25日 19:39
皆で協力してやりましょう。というグループ作業には参加できず、周りをグルグル廻って終わり、私は一緒にやったつもりでも、先生は貴方も皆に協力しましょうと評価される、そして友なし、協調性なしと成績表に書かれ、、。グループ作業無しの教科は優秀でしたがね、。親はへそ曲がりと言ってました。協調性がないのではなく同調性が無いのです、。バカ親父も、、。
ワスレナグサの白黒写真素敵です。
丘の上の風を受ける木、嵐が丘のワンシーンみたい。
遊哉
2011年04月25日 21:33
☆ トドさん、バカ親父は子どものころは協調性も同調性もあったほうだと思います。それが、大人になるにつれて、ジイさんになるにつれて、協調性も同調性もそこそこなんだけど、へそ曲がり度が増したと思ってます(^^ゞ。
 普段はごく普通なんですが、何か(?)あるとみんなと一緒の方向には行かないし、同じこともできなくなります。こういうのは、偏屈ともいいますね(~_~)。
 ワスレナグサじゃなくてミヤコワスレがますます咲いてきてます。ミヤコワスレは、モノクロならではの味が出ますね。
 嵐が丘のワンシーンみたいですね。こんなシルエットのシーンがあったような気がします(~_~)。
たあちゃん
2011年04月25日 21:56
コペルにどんな事が起こったのでしょう?
何だか深くて心に染み入るお話のようで・・。
「いい加減の群れ」ですか~。何でも「いい加減」と感じられる、受け取れるのは心地良い事に繋がりますものね。
自らを生かすことが、すべてを生かすことにつながる
そんなお話なのでしょうか?
 読んでみたいです。
「繋がれ日本」の今にも繋がるのでしょうか・・。勝手に膨らませています(笑)
チャンママ
2011年04月25日 22:55
こんばんは^^
梨木香歩さんの小説、お好きなんですね。
感性が鋭すぎてついていくのがやっとですけど。
そうですね。

群れの中のひとりであったとしても
「正義」を叫んでいけるような
それが自分ひとりであったとしても
貫いていく強さが
そんな一人の人間でありたい

ちょっと、カッコ良すぎますか(笑)
遊哉
2011年04月26日 00:57
☆ たあちゃん、さあ、コペルにどんなことが起こったんでしょうね(^^ゞ。
 いつもなら、もう少しあらすじを書くところなんですが、この物語はこれ以上は是非、読んでもらいたいと思ってます。
 引用で、却ってどんな物語かわからなくなったかもしれませんが、お許しを(~_~)。
 いい加減は、無責任という意味もありますが、よい程合い(良い加減)ということなら、心地よさにつながるものでしょうね(^^ゞ。
 よかったら、この本を読んでみてください(~_~)。
遊哉
2011年04月26日 01:11
☆ チャンママさん、こんばんは♪
 はい、梨木さんの小説が好きです。確かに感性が鋭いものが多いですね。『ピスタチオ』は読みましたか(^^ゞ。
 『西の魔女が死んだ』とか『家守綺譚』『村田エフェンディ滞土録』などは、とても読みやすくて面白いです。『f植物園の巣穴』などは、頭がクラクラしました。面白かったですけどね(~_~)。
 「正義」という言葉は、最近どうも疑問に思っています。ある人たちにとっての「正義」が、他の人たちにはそうでない、ということもありますからね。
 正義というのでなくて、自分がちょっと?と引っかかることを、他の人に迎合しないで大事にしていかなきゃいけない、ということでしょうかねえ(^^ゞ。
 物語としては読みやすいし、わかりやすいと思います。女性にとっての問題提起のようなものも語られています。
 よかったら、読んでみてください(~_~)。
2011年04月30日 15:53
昨日完読!やっぱ梨木さんの本、好きです(●^o^●)
夫を野球とゴルフのテレビ番組に釘付けにしておいて(うるさいのよね、ゴチャゴチャ話しかけてくるから)梨木さん特有の葉っぱご飯やスベリヒユにも惹き付けられて一気読み! で、夕飯がメチャ遅くなりました(笑)
コペルとユージン二人の少年の思いにもう胸が締め付けられて。。。「普通でしょ」に反論できない。。。「群れの中で群れの一部とならずに個を保ち生きる」とても難しいことですね。自分はどうなんだろう。。。と、泣きそうでした(-_-;)
あまりに引用が長くってm(__)m エ~イ、読むより(遊哉さんのブログ記事を)買った方が早い!ということで、名古屋まで行くついでがあったので買って読んじゃいました(爆)イヤァ~よかった!ありがとうございましたm(__)m

「やあ。よかったら、ここにおいでよ。気に入ったら、ここが君の席だよ。」
いつか大きくなったおーちゃんが悩んでいたら、言ってみたいセリフです。
バァバかっこいい~なんちゃって
失礼しましたm(__)m

遊哉
2011年04月30日 21:40
☆ patyokoさん、梨木さんファンのpatyokoさんが現れないから、よっぽど忙しいのかと思っていましたが、完読しましたか。すてきな物語ですよね(~_~)。
 ご主人はそんなにゴチャゴチャ話しかけてくるんですか~。寂しいのかもしれませんね。うちと逆ですね(^^ゞ。
 梨木さんらしい植物の話もいろいろ出てきますね。絶滅しそうな植物を守るという環境問題の話題もありました。
 この本は読み始めると止めるのが難しいし、一気に読んだほうがいいと思います。ブログであらすじを書くのも最小限にして、その内容があまりわかり過ぎないようにしたつもりなので、“読むより買った方が早い!”と思ってくれたとすれば、本望です(~_~)。
 バカ親父は登校拒否もしたことがあるから、ユージンの気持ちがとてもよくわかるんです。前に書いたと思うけど、高校の時でしたけどね。群れからはずれるというのは、疎外感もあるし哀しさもありますが、人には時にそれが必要なこともあるような気がします。そんな時に、そういう人を受け容れてくれる人(たち)がいてくれると救われるんですね。
 いつか大きくなったおーちゃんが悩んでいたら、そのセリフを言ってあげてください(~_~)。おーちゃんにとって、すばらしい存在になれると思います。
 それにしても、いまからそんなことを想像するなんて、バババカ丸出しですね(^^ゞ。でも、そういうことを考えるのが、ジジババの楽しみの一つかもしれません(~_~)。
 この本、楽しんでもらえて、嬉しいです(^^♪。
2011年07月14日 09:36
こんにちは♪
やっとこさ図書館の予約の順番が回ってきて読みました!! 良かったです♪ ブログに感想を書いてTBさせていただきました。よろしくお願いします(^^)
遊哉
2011年07月14日 11:16
☆ aopuさん、こんにちは♪
 読みましたか~。よかったですよね(~_~)。
 いろんなことを考えさせる、梨木さんらしい物語だと思います。
 あとで、そちらの記事を読ませてもらいますね(~_~)。
アズ
2012年09月02日 15:39
夏休みの読書感想文のためにと読みましたが、とても骨のある作品だったと思います。
自分はまだ15歳ですが、戦時中のこんなことがないように将来は僕らが守っていかないといけないのだと思いました。
世間ではいじめ問題が言われていますが、群れの話と少し重ねてみました。
遊哉
2012年09月02日 18:30
☆ アズさん、いい本を選びましたね。
 梨木さんは、戦争時代にあったことをテーマのひとつとして書いていますが、学校や社会で起こっているいじめのことも頭にあって、この物語をつくったんじゃないでしょうか。
 人は群れの中でしか生きていけませんが、その群れのあり方を考えさせられますね。
 読書感想文、うまく書けましたか。

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