『夜明けのパトロール』




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 ドン・ウィンズロウの新しいシリーズの第1弾『夜明けのパトロール The Dawn Patrol』の紹介である。

 ドン・ウィンズロウといえば、昨年『犬の力 The Power of the Dog』がこのミス(このミステリーがすごい!)の第1位を獲得して話題になった。
 この本は積読状態でまだ読んでいないのだが……もう10年くらい前に読んだ探偵ニール・ケアリーのシリーズが面白かった。
 『ストリート・キッズ A Cool Breeze on the Underground』を第1作とする5部作からなるシリーズで、ストリートキッズだった若者が探偵として一人前となり、いろいろな事件を解決していくという物語である。
 ストーリーも面白かったが、ウィンズロウ節と呼んでいいような著者独特の語り口が忘れられないのである。

 さて、この『夜明けのパトロール』だが、あらすじは表紙裏から(^^ゞ。

<カリフォルニア州最南端、サンディエゴのパシフィックビーチ。探偵ブーン・ダニエルズは、夜明けのサーフィンをこよなく愛する。まわりには波乗り仲間“ドーン・パトロール”5人の面々。20年ぶりの大波の到来にビーチの興奮が高まる中、新顔の美人弁護士がブーンのもとを訪れた――仕事の依頼。短時間で解決するはずの行方不明者の捜索は困難を極め、ブーンの中の過去の亡霊を呼び覚ます。>

 ブーンは今は私立探偵だが、元はサンディエゴ市警刑事である。
 彼は母親のお腹の中にいたときからサーフィンをしていたという男で、サーフィンは趣味でも仕事でもなく、人生そのものとなっている。
 朝早くから仕事前にサーフィンをする仲間とともに、毎日海に出ている。そのグループの名前が“Dawn Patrol”(夜明けのパトロール)である。
 次のような面々である。

・ デイブ・ザ・ラブゴッド……優秀な水難救助員で、色男。
・ ジョニー・バンザイ……日系のサンデェゴ市警殺人課巡査部長。
・ ハイ・タイド……サンデェゴ公共事業課作業監督で巨漢。
・ ハング・トゥエルブ……ブーンを敬愛するサーフショップの店員
・ サニー・デイ……サンダウナー・ラウンジのウエイトレス。プロのサーファーを目指している。

 サニー・デイだけが本名で、あとの4人はニックネームである。
 ラブゴッド“Love God(愛の神?)”とか、バンザイ(万歳)、ハイ・タイド“High Tide(満潮)”、HANG TEN(サーフトランクスから始まった服飾ブランド)ならぬ“HANG TWELVE”という面白いあだ名である。
 それぞれの由来は、少しずつ明らかにされていく。それは、一人ひとりが抱える心の闇を描き出してもいくものでもあった。
 ブーンについても、刑事を辞めなければならなかった事件が描かれる。それはこの物語の深層でつながっていくのだ。

 サニー・デイはブーンの恋人だが、現在の二人の関係はぎくしゃくしていた。
 そんな時に現れたのがペトラ・ホールという美人弁護士。 
 公判の証人として出廷するはずだったストリッパーが行方不明となったので、探してくれという依頼をしてきた。
 ブーンは、滅多に来ない大波の到来の後に仕事を始めると言うのだが……翌日に公判を控えたペトラの強引な押しに、仕方なく捜索に追い込まれていく。そして、ブーンとペトラは反目しあいながらも惹かれ合ってもいくのである。
 簡単に終わると思っていた仕事だが……やがて複雑な謎や人間関係に絡め取られ、思いもかけなかった事件というか問題へと発展していく。 

 この物語は155のパートに分かれているが、その1と2の冒頭を紹介してみる。

<     
 薄く伸びた海のふちが、砂浜を柔らかな銀色の毛布で覆う。
 東の丘からまだ太陽が顔を出したばかりで、パシフィックビーチの町は眠りの中にある。
 大海原の輝きは、青でもなく、緑でもなく、黒でもなく、その三つを混ぜた不思議な色を帯びている。
 それを横切る白い筋のうえで、ブーン・ダニエルズが、使い慣れたロングボードをあやつっている。愛馬にまたがるカウボーイのように。
 ブーンはいま、“朝焼けサーフィン(ドーン・パトロール)”の真っ最中だ。

      
 少女たちが、幽霊のように現れる。
 早朝の靄(もや)の奥から、細い木々のあいだをすり抜け、逆光に照らされてまばゆい輪郭をあらわにし、畑の端の濡(ぬ)れた草を踏みしだいて歩きだす。湿った土がクッションになって、歩みには音がなく、おまけに足もとが靄に隠され、宙に浮かんでいるかのようだ。
 幼い子供の亡霊かと見紛(みまが)うほど……。
 全部で八人。じつのところ、まだ幼い。いちばん上が十四歳、下は十歳。はからずも同じ歩調で、男どもに近づいてくる。
(後略)>

 このパート2で、いったいどんな話が始まるのだろうか? と思わされる。
 物語の終盤で、深くつながっていることがわかってくる情景である。

 さて、もう少し引用・紹介してみる。文章も登場人物たちの会話もとても軽妙で面白い。一部を切り取って紹介するのは難しいのだが……(^^ゞ。


<デイブは生きた伝説だ。水難救助員としても、色男としても。後者の範疇(はんちゅう)では“広範囲押さえ込み技”の黒帯十段だ。観光客の素肌との触れ合いにかけては、日焼け止めクリーム(バンドソレイユ)にもまさる。商工会議所のパンフレットを開くと、 <シー・ワールド> のすぐ横にデイブが名物の一つとして載っている、とジョニー・バンザイは真顔で言う。
 「ツアーになっててさ。観光客は鯱(シャチ)のショーを見物し、動物園でパンダを眺め、デイブとファックする」それがジョニーの説だった。
 「おれが観光客の女に惹(ひ)かれる理由を知ってるか?」デイブがかたわらのブーンにたずねる。
 答えがたくさん思い浮かびすぎたので、一語で片付ける。「さあな」
 「後腐れがないからだ」
 ごもっとも。観光客は楽しみを求めてやってきて、デイブに楽しみをもらい、やがて帰っていく。たいがいかなり遠方へ。しかし、怒って帰るわけではない。いっしょにベッドに入るときのデイブにも、空港まで見送ろうとしないデイブにも、まったく同じ愛情を抱いたままだ。
 さらにはクチコミ効果を発揮してくれる。>


<六〇年代なかばには、レコードプレイヤーやトランジスタラジオを持参のサーフィン初心者が、海に浸(つ)かって、ブレイクに群がり、波を乱すようになった。連中が求めていたものはサーフィンではなく、ライフスタイルだ(はなからこの語は無理な合成でできている、とブーンは思う。“ライフ”と“スタイル”の両方を追い求めては、どちらも手に入らない。人生のすたいる――まるで、まがいものの人生だ。生きるべきものを生きず、そのかたちのみを無様に真似る。日々の中身をないがしろにして、うわべだけに恋い焦がれている)。だから、晴れわたった南カリフォルニアへのこのこやってきて、根こそぎすべてを破壊する。>(太字は、原文の傍点箇所)


<(前略)ブーンは後部座席からニット帽を出して、深々とかぶる。腰をずらして、首を座席シートにもたせかけ、目を閉じる。
 「どうしたんですか?」と、ペトラ。
 「ちょっと眠る。テディーが何をやっているのか知らないけど、戻ってくるまで待つ」
 「寝込んじゃったらどうするんです?」
 「寝込もうとしてるんだよ。見りゃわかるだろ」
 もっとも、これは“心得その四”でしかない。
 張り込みに際して、ブーンは四つの心得を肝に銘じている。

 1 食べる機会があれば、食べる。
 2 トイレに行く機会があれば、行く。
 3 横になれる広さがあれば、横になる。
 4 眠れるときは、眠る。

 どれ一つとっても、次にいつできるかわからないからだ。
 「眠ってるあいだにテディーが戻ってきたら、困りませんか?」
 「べつに。だって、きみが起してくれるから」
 「もし、わたしも寝ちゃったら?」
 ブーンは笑う。
 「それにもし――」
 「“もし”はそのへんでやめておけ。悩みすぎると早死にするぞ」
 ブーンはさらに腰をずらして寝そべり、ニット帽で目まで覆って、眠りに落ちる。>


<ベトラを見やる。
 寝顔はまるで天使だ。
 とはいえ、寝室の中をこそこそ覗(のぞ)き見るとは許しがたい。本を眺めたり、レインに関する資料をあさったり……。女ってやつは、とブーンは思う。部屋に入れて放っておくと、いつもこうだ。猫みたいにうろつき回って、めぼしいものがないかと目を光らせる。
 だから癪(しゃく)にさわるのだが、同時に、ペトラに惹(ひ)きつけられている。なぜだろう? “正反対は惹かれ合う(オポジッツ・アトラクト)”のたぐいか? ポーラ・アブドゥルがアニメ交じりのプロモーションビデオで歌う退屈な曲のタイトル、としか思っていなかったのに、まさか、わが身の問題になるとは。全世界のあらゆる女性の中からひとりだけ、自分とまるきり正反対のタイプの人間を選ばなければいけないとしたら、きっとペトラを選ぶだろう。野心家でエリート、お高くとまっていてキャリア志向、おしゃれに敏感、議論好きでけんか腰、皮肉っぽいうえ威嚇的、自己主張が強く、おせっかい……。
 にもかかわらず、魅力的。
 おかしい。
 この世はおれには複雑すぎる。>


 このくらいで終わりにしておく。
 この物語は、いわゆるハードボイルドモノだと思うが、固ゆでというよりは半熟かもしれない(^^ゞ。
 しかし、この主人公ブーンは見た目ややることはいい加減そうだが、知性もあるしタフであることは確かである。
 問題に最後まで粘り強く取り組み、解決していくのである。


<今日のお薦め本>
『夜明けのパトロール The Dawn Patrol』 ドン・ウィンズロウ 著、中山 宥 訳、角川文庫、1000円、11.07.25. 初版発行

<後記>この物語では、なかなかユニークな登場人物たちの生き様や心の葛藤が描かれていきます。
 同時にサンディエゴという街の成り立ちや歴史が語られてもいきます。
 そして、ブーンは現代のサンディエゴの闇の世界へ入り込み、苦闘しながらも愛する者や仲間のために闘っていきます。
 このシリーズの続編は完成しているそうで、遠からず邦訳も出版されるということです。楽しみです(~_~)。

 今日は風もなく、蒸し暑い一日でした。これからしばらくは、夏らしい暑さが続くようです。
 といっても、明日は立秋ですが……体調にお気をつけください。


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 こちらは、探偵ニール・ケアリーのシリーズ第一作です。面白いです。

ストリート・キッズ (創元推理文庫)
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この記事へのコメント

2011年08月08日 06:30
蒸し暑いですね~動かなくても汗が出てきますが、朝、グリーンカーテンの手直しをしていたら、汗でTシャツがグッシャリ。
でも糸瓜の小さい実がなっているのを発見しました。
(^^♪
遊哉
2011年08月08日 09:19
☆ ねこのひげ さん、今日は立秋ですが、朝からギラギラと陽射しが降り注いでいます。蒸し暑いのが嫌ですね(~_~;)。
 糸瓜の小さな実がなってましたか。そういうのを見ると嬉しくなるし、元気をもらえますね(~_~)。
トド
2011年08月08日 19:34
立秋ですか、こちらの公園ではオミナエシが咲いてました。ひまわりに、コスモスに、夏と秋がごちゃ混ぜです、。おもちゃかぼちゃ?が色々な形でなってます、。ひょうたんもぶら下がっている面白い公園です。
遊哉
2011年08月08日 20:00
☆ トドさん、オミナエシが咲き始めましたか。秋の七草の一つですよね。暑いとはいえ、確実に秋が忍び寄っているんでしょうね。
 うちの方でもコスモスを見かけました。ひまわりといっしょに咲いてるんですか。夏と秋が混在してるんですね(^^ゞ。
 おもちゃかぼちゃなんてあるんですね。ネットで見たら形も色もいろいろあって面白いですね。ひょうたんもあるという公園、面白くていいなあ(~_~)。
2011年08月08日 21:20
今晩は♪
それほど読書家でないのですけど、私も今、積読状態で買ってそのままの本が5,6冊あります。紹介して頂いた本まで辿り着くには年末までかかりそうです(笑)
事件を徹底して解決していく所や美人弁護士とどうなっていくのか、スリリングな小説!?
遊哉
2011年08月08日 22:05
☆ ケイ*さん、こんばんは♪
 積読も読書のうちだそうです(^^ゞ。いつの日かに読める本があるって、ワクワクしませんか(~_~)。
 主人公ブーンの今の恋人サニー・デイと新しく現れた美人弁護士ペトラ・ホール、性格は違いますが二人ともとても魅力的な女性です。はたして、どちらと結びついていくのか? スリリングですよ(^^ゞ。
 物語自体も、人の哀しさ、切なさや現代の都会というか社会の闇が描かれていて、ハードボイルでですが味わいがある、と思います。
 もしよかったら、年末でも年始でもいいですから、読んでみてください(~_~)。
2011年08月09日 08:53
 ゆっくり読み返しながら読ませて 頂きました。
最近は映画漬けのわたくし、何故か読みながら映画仕立てになっちゃいました(^^ゞ
 ここ、千葉の外房も色んな土地からサーフィンをしたくて移り住んで来る 色んな職業のサーファーが大勢いらっしゃいます。みんなそれぞれ個性的で写真家、木工職人、カフェオーナーとか、エステシャンとか、やっぱり夜明け前からサーフィンをするそうで、彼らのつながりが面白いんです。独特の彼らですが、ひょんな事でこんなオバさんと知り合いになり 刺激を受けています。関係ない話になりましたが 、『夜明けのパトロール』 ちょっと面白そう・・(^^ゞ
遊哉
2011年08月09日 10:06
☆ たあちゃん、この物語は2日半くらいの出来事が凝縮されて描かれています。映画になっても面白いものになりそうです(~_~)。会話がとてもテンポがあって、ユーモアもあっていいんです。
 湘南もそうですが、外房や九十九里はサーファーが多いですよね。サーフショップもたくさんありますね。
 格好だけでなく、仕事をもっている本当のサーフィン好きは朝早くから海に出て、昼間は仕事をしてるんでしょうね。この物語の登場人物たちと同じだと思います。
 なかなかユニークな方たちがいるようで、面白そうですね(~_~)。
 この物語は、人もよく描かれていて深みのある作品になっていると思います。シリーズとしても面白くなりそうな予感がします。よかったら読んでみてください。

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