『フランケンシュタイン 対決』
第1巻『フランケンシュタイン 野望』、第2巻『フランケンシュタイン 支配』と続く、天才科学者ヴィクター・フランケンシュタインと彼がつくり上げた怪物デュカリオンが、ともに現代まで約200年を生き延びていたという話を紹介してきた。
ディーン・クーンツの作品である。
そのシリーズの最終回の第3巻が翻訳された。
タイトルは『フランケンシュタイン 対決』である。
2巻までのあらすじを簡単に紹介すると、こんなことになる。
話は、チベットの僧院で隠遁生活を送っているデュカリオンのもとに、ヴィクター・ヘリオスという偽名を名乗るフランケンシュタインがニューオリンズにいることを知らせる便りが届くところから始まる。
ヴィクターは意のままに繰ることのできる新人種を創って世に送り出し、世界を征服しようとしていた。
一方で、おぞましい姿に創られ孤独な生涯を送らざるを余儀なくされたデュカリオンは、その恨みを晴らすためにヴィクターを亡き者にしようとニューオリンズにやってくる。
折しも、ニューオリンズでは、街を震撼させる猟奇的な連続殺人が起きていた。
犯人を追う刑事カースンと相棒のマイクルは捜査の過程でデュカリオンに出会い、ヴィクターが世界征服を企んでいることを知って、デュカリオンとともに戦う決心をする。
しかし逆に、二人は新人種に命を狙われる羽目になってしまう。
そんななか、新人種のなかに心や体に変調を来す者が続出し、ヴィクターの野望の実現に暗雲が立ち込めてくるのであった。
というのが、前2作までのあらすじ。
そして第3巻の“対決”では、デュカリオンや二人の刑事が新人種の一部の助けを借りて、ヴィクターとまさに生と死を賭けて対決するのである。
いつものとおり、カバー裏からあらすじを紹介しておく。
<ヴィクターの研究所の所在地を知ったデュカリオンは、彼の野望を阻む手がかりを探すため、その中に潜入した。一方ヴィクターは、謎めいた電話を受ける。電話をした人物は、廃棄物処理場で復活したと語り、彼の墓を処理場に用意したという。やがてヴィクターは研究所の危機を察知し、何者かの陰謀を疑いつつ避難する。だがその行く手には、デュカリオンや刑事のカースンとマイクルたちが待ち受けていた。決戦の時、迫る!>
あらすじはこれだけにしておく。
本書の扉に、著者のこんな献辞がある。
<科学が政治色をおびると知識を力に変えることがその第一義となり、科学万能主義が蔓延(まんえん)して人間性を破壊してしまうことにはるか以前に気づいていた故C・S・ルイスに、この三部作を捧げる。>
そして、次の扉には、そのC・S・ルイスの言葉が載せられている。
<伝統的な道徳律を無視して力を手にした者が、その力を善意に使ったためしが歴史上ただの一度でもあったかどうか、私はおおいに疑問を抱いている。
――C・S・ルイス The Abolition of Man(『人間の廃絶』)より>
この2つの言葉が、このシリーズのテーマと言っていいだろう。
「訳者あとがき」には、本書についてこんなことも書かれていた。
<奇想天外なストーリー展開で読者を翻弄(ほんろう)し、鳥肌が立つような恐怖や不気味さを味わわせつつ、ユーモアや軽妙な会話でおおいに楽しませながらオリジナリティーあふれる登場人物への共感を引き出すクーンツの <フランケンシュタイン> シリーズは、まさにエンターテインメントの傑作だと言えるだろう。しかも、ただおもしろいだけでない。全体にそこはかとない哀感がただよっていて、ヴィクターの思惑どおりにしか生きられないことに絶望して死にやすらぎを見いだそうとする新人種の深い悲しみは胸に迫る。クーンツは、前出のウェブサイトで政治家が救世主を気取り、科学者が遺伝子工学を駆使した“あらたな人類”の創造について語るのを見聞きしてフランケンシュタイン伝説をよみがえらせる必要性を感じたと書いているが、科学への純粋な探究心から生命の神秘を解明しようとしているうちに、いつのまにかみずからを神になぞらえるようになったヴィクターを“怪物(モンスター)”として描いたこの作品を、現代社会に対する警告として受け止めることもできるだろう。>
このシリーズは一応、この3作で終了なのだが、このあと2作がすでに出版されている。このシリーズが大きな話題を呼んだかららしい。
第4巻の“Last Souls”と、The Final Volume と銘打たれた第5巻“The Dead Town”である。
この第3巻のラストは、それを暗示させるものとなっている。後の2巻も読んでみたいものである(~_~)。
<今日のお薦め本>
『フランケンシュタイン 対決 DEAN KOONTZ'S FRANKENSTEIN: DEAD AND ALIVE』 ディーン・クーンツ 著、奥村章子 訳、ハヤカワ文庫、1008円、11.09.25. 発行
<後記>スピード狂の女性刑事カースンと冗談ばかり言っている相棒のマイクルのコンビが、このシリーズではとても面白い狂言回しになっています。
二人の会話がテンポもよくユーモアもあって、このちょっと不気味な物語の中にあって、ホッとさせてくれるものとなっています。
マイクルの想いを拒否し続けていたカースンですが、相変わらずの猛スピードでの走行中に、前方に鹿が現れ大事故になりそうになったのを回避して一命をとり止めた直後に、ついに言います。
「決心がついたわ、結婚しましょう」
マイクルが言います。
「そうこなくちゃ」
この二人、面白い夫婦になりそうです(~_~)。
現在、ハリウッドではいろんなフランケンシュタインものの映画の企画が進行中で、“フランケンシュタイン・ブーム”が再燃しそうな気配だそうです。
なんと、このクーンツのシリーズも映画化が決定されたそうです。
どんな映画になるんでしょうね。ヴィクターやデュカリオン、そしてカースンとマイクルを誰が演じるかも興味があります(^^ゞ。
昨日は二十四節気の一つで「寒露」。月は十三夜できれいでしたが、雲に隠れて時々しか見られませんでした。
昨日の夕空です。
ディーン・クーンツの作品である。
そのシリーズの最終回の第3巻が翻訳された。
タイトルは『フランケンシュタイン 対決』である。
2巻までのあらすじを簡単に紹介すると、こんなことになる。
話は、チベットの僧院で隠遁生活を送っているデュカリオンのもとに、ヴィクター・ヘリオスという偽名を名乗るフランケンシュタインがニューオリンズにいることを知らせる便りが届くところから始まる。
ヴィクターは意のままに繰ることのできる新人種を創って世に送り出し、世界を征服しようとしていた。
一方で、おぞましい姿に創られ孤独な生涯を送らざるを余儀なくされたデュカリオンは、その恨みを晴らすためにヴィクターを亡き者にしようとニューオリンズにやってくる。
折しも、ニューオリンズでは、街を震撼させる猟奇的な連続殺人が起きていた。
犯人を追う刑事カースンと相棒のマイクルは捜査の過程でデュカリオンに出会い、ヴィクターが世界征服を企んでいることを知って、デュカリオンとともに戦う決心をする。
しかし逆に、二人は新人種に命を狙われる羽目になってしまう。
そんななか、新人種のなかに心や体に変調を来す者が続出し、ヴィクターの野望の実現に暗雲が立ち込めてくるのであった。
というのが、前2作までのあらすじ。
そして第3巻の“対決”では、デュカリオンや二人の刑事が新人種の一部の助けを借りて、ヴィクターとまさに生と死を賭けて対決するのである。
いつものとおり、カバー裏からあらすじを紹介しておく。
<ヴィクターの研究所の所在地を知ったデュカリオンは、彼の野望を阻む手がかりを探すため、その中に潜入した。一方ヴィクターは、謎めいた電話を受ける。電話をした人物は、廃棄物処理場で復活したと語り、彼の墓を処理場に用意したという。やがてヴィクターは研究所の危機を察知し、何者かの陰謀を疑いつつ避難する。だがその行く手には、デュカリオンや刑事のカースンとマイクルたちが待ち受けていた。決戦の時、迫る!>
あらすじはこれだけにしておく。
本書の扉に、著者のこんな献辞がある。
<科学が政治色をおびると知識を力に変えることがその第一義となり、科学万能主義が蔓延(まんえん)して人間性を破壊してしまうことにはるか以前に気づいていた故C・S・ルイスに、この三部作を捧げる。>
そして、次の扉には、そのC・S・ルイスの言葉が載せられている。
<伝統的な道徳律を無視して力を手にした者が、その力を善意に使ったためしが歴史上ただの一度でもあったかどうか、私はおおいに疑問を抱いている。
――C・S・ルイス The Abolition of Man(『人間の廃絶』)より>
この2つの言葉が、このシリーズのテーマと言っていいだろう。
「訳者あとがき」には、本書についてこんなことも書かれていた。
<奇想天外なストーリー展開で読者を翻弄(ほんろう)し、鳥肌が立つような恐怖や不気味さを味わわせつつ、ユーモアや軽妙な会話でおおいに楽しませながらオリジナリティーあふれる登場人物への共感を引き出すクーンツの <フランケンシュタイン> シリーズは、まさにエンターテインメントの傑作だと言えるだろう。しかも、ただおもしろいだけでない。全体にそこはかとない哀感がただよっていて、ヴィクターの思惑どおりにしか生きられないことに絶望して死にやすらぎを見いだそうとする新人種の深い悲しみは胸に迫る。クーンツは、前出のウェブサイトで政治家が救世主を気取り、科学者が遺伝子工学を駆使した“あらたな人類”の創造について語るのを見聞きしてフランケンシュタイン伝説をよみがえらせる必要性を感じたと書いているが、科学への純粋な探究心から生命の神秘を解明しようとしているうちに、いつのまにかみずからを神になぞらえるようになったヴィクターを“怪物(モンスター)”として描いたこの作品を、現代社会に対する警告として受け止めることもできるだろう。>
このシリーズは一応、この3作で終了なのだが、このあと2作がすでに出版されている。このシリーズが大きな話題を呼んだかららしい。
第4巻の“Last Souls”と、The Final Volume と銘打たれた第5巻“The Dead Town”である。
この第3巻のラストは、それを暗示させるものとなっている。後の2巻も読んでみたいものである(~_~)。
<今日のお薦め本>
『フランケンシュタイン 対決 DEAN KOONTZ'S FRANKENSTEIN: DEAD AND ALIVE』 ディーン・クーンツ 著、奥村章子 訳、ハヤカワ文庫、1008円、11.09.25. 発行
<後記>スピード狂の女性刑事カースンと冗談ばかり言っている相棒のマイクルのコンビが、このシリーズではとても面白い狂言回しになっています。
二人の会話がテンポもよくユーモアもあって、このちょっと不気味な物語の中にあって、ホッとさせてくれるものとなっています。
マイクルの想いを拒否し続けていたカースンですが、相変わらずの猛スピードでの走行中に、前方に鹿が現れ大事故になりそうになったのを回避して一命をとり止めた直後に、ついに言います。
「決心がついたわ、結婚しましょう」
マイクルが言います。
「そうこなくちゃ」
この二人、面白い夫婦になりそうです(~_~)。
現在、ハリウッドではいろんなフランケンシュタインものの映画の企画が進行中で、“フランケンシュタイン・ブーム”が再燃しそうな気配だそうです。
なんと、このクーンツのシリーズも映画化が決定されたそうです。
どんな映画になるんでしょうね。ヴィクターやデュカリオン、そしてカースンとマイクルを誰が演じるかも興味があります(^^ゞ。
昨日は二十四節気の一つで「寒露」。月は十三夜できれいでしたが、雲に隠れて時々しか見られませんでした。
昨日の夕空です。
この記事へのコメント
茨城の3連休は明け方に雨が降るパターンでした。
今日はとても暖かいです。
本日バードウオッチングにゆきましたが、
性格的にいらちなのでじっっと待つというのは
不向きのようです。本日は本文を拝見させて頂いて
ルイスの言葉>伝統的な道徳律を無視して力を手にした者が、その力を善意に使ったためしが歴史上ただの一度でもあったかどうか、私はおおいに疑問を抱いている。
文化と国籍を問わず同じような矛盾を感じるもんだなぁ~
というのが印象的でしたね・・・|
こちらは夜中に雨の降ることが多かったです。
今日は暖かでしたね。湿気が少ないから、気持ちが良かったです。
バードウォッチングは、落葉が進んでいくこれからがいいと思います。ハイキングでもしながら、ゆっくり探してください(^^ゞ。
C・S・ルイスは『ナルニア国ものがたり』で有名ですが、19世紀の終わりに北アイルランドのベルファストで生まれているから、激動の時代を生きた人です。キリスト教徒ですが、一時は無神論にもなっています。宗教に関する著作も多いです。
いろんなことを考えた人なんでしょうね。
国や文化が異なっても、同じ人間だから同じようなことを考えたりしたりするんだと思います(^^ゞ。
しかし、世界征服というのは古典的ですね。支配欲というのは、よくわかりませんね。
そういう欲を持ち合わせてないから、金が貯まらんのかな?(^^ゞ
ゾンビや狼男、吸血鬼が出尽くした感があるから、次はフランケンシュタインというところですかね。
季節は着実に寒くなってますね。朝の散歩には、フリースを着て行くようになりましたが、リリィは元気に走り回るようになってきましたよ(*^_^*)
フランケンシュタインブームでしたよね?
怖いけどワクワクして見てたような・・・
だけど最後には可哀相になった記憶もあるわ(^^)
世界征服というのは古典的ですよね。でも、グローバリゼーションはアメリカの世界征服と言えるかもしれないから、昔とは違う形で世界征服が進んでいるのかもしれません。
ヴィクターの場合は、過去にヒットラーや北朝鮮の支援を受けて、新人種をつくりだして世界征服を画策してきたという設定になっています(^^ゞ。
支配欲なんて、何だか面倒臭いですよね(^^ゞ。バカ親父も金が貯まらないのは、そのせいかもしれません(~_~)。
フランケンシュタインがブームになりつつあるというのは、何ででしょうね。iPS細胞が発見されたりしたことが関係あるかもしれません。ロボットも含めて人造人間ということが改めて注目されているのかもしれません。
朝方は寒くなってきましたね。リリィちゃんが元気になってよかったです。犬はやはり寒いくらいの方がいいのかもしれません。サブちゃんは、寒くなると外遊びは減るでしょうかねえ?(~_~)。
死体を寄せ集めて新しい人(怪物)をつくり出すというのは怖かったですね。でもその怪物には何だか哀愁がありました。かわいそうになりましたよね(^^ゞ。
でも、今読みかけの本がまだたくさんあるしなあ、と思いつつ、いつもジュンク堂の棚を見ています。棚のどこにこの本があるのか、もうしっかり覚えちゃってるし(^^ゞ
読めるようになったら、そしてその時にまだ覚えていたら、是非読んでみてください(^^ゞ。
バカ親父も、読みたくても読めない本がどんどん増えていきます(^^ゞ。幸せです(~_~)。