『異国のおじさんを伴う』

 作家の森 絵都さんの作品では『カラフル』や『DIVE!!』が人気があるようである。
 バカ親父が読んだことがあるのは、『いつかパラソルの下で』『アーモンド入りチョコレートのワルツ』、そして絵本といっていい『あいうえおちゃん』の3冊だけだが、文章がいいし、物語が面白い。

 どちらかというと長篇が多いのだが、今度『オール讀物』に掲載された短篇を集めた『異国のおじさんを伴う』という本が出た。
 森さんらしいちょっと不思議(?)な話が集まっている。
 こんなことはわが身には起きそうもないだろうという話や、ひょっとしたら起きるかもしれないと思わせるような話である。

 次のような10篇だが、そのプロローグだけを紹介してみる。
 いったいどんな話が始まるだろうか?! と思わせられるものだ。


 藤巻さんの道

 道だけで編まれた写真集がある。
 一本道。砂利道。坂道。野道。並木道。崖道。車道。海岸線。頁をめくるたびに見知らぬ国の見知らぬ道が見知らぬ背景をたずさえて現れる。晴天下の道もあれば夕暮れの道もある。霧深い道もあれば雨上がりの道もある。川沿いの道、湿地帯の道、花畑を伝う道。目を疑うようなヘアピンカーブに、凹凸の著しい悪路。共通しているのはそれらがみな大らかな自然に抱かれていることだ。街や文明の影はない。カメラマンは人工的な要素を極力排し(つまり人為的な物語を含ませず)道だけを道のままに切り取っていく。


 夜の空隙を埋める

 まもなく海が完成する。島影にも似た船を抱(いだ)いた暁(あかつき)の海だ。ウォーターブルー。ミストグリーン。セラドングレイ。ターコイズ。幾色ものかけらを慎重に配置し、十インチ四方の平面に揺らめく波の光彩を模していく。光に白む水平線には柔らかな明色を散らしたい。ミルクホワイト。オパールグリーン。サンライズイエロー。見目よく仕上げるには色のみならず、タイルの形にも神経を行き渡らせることだ。そこにある空隙に適したかけらが見つかるまでは断じて妥協をしないこと――。
 突如、カラータイルのかけらをまさぐっていた指先が闇の底に沈んだ。天井の白熱灯、卓上スタンド、窓辺のサイドライト。私を照らしていたすべてが一瞬にして生命線を絶たれ、窓越しに洩れ入る庭先の灯だけが唯一の光源となる。


 クリスマスイヴを三日後に控えた日曜の……

 新宿通りに面した正面玄関を遠目にながめた瞬間、自分の過ちを悟った。歩みを進めるにつれて後悔は深まり、傘を畳む人々でごったがえした玄関先に到達した頃には自分を呪っていた。私は完全に間違っていた。
 何が正しくて何が間違っているという絶対的な価値基準はこの世に存在しない、などと屁理屈をこねる人に教えてやりたい。クリスマスイヴを三日後に控えた日曜日の新宿伊勢丹へおもむくのは絶対的な間違いである、と。


 くじら見

 ガキの頃はライオンに憧れた。野生の雄を一目見たいと親にせがんで疎(うと)まれたこともある。象の巨体にも魅せられた。キリンの首。チーターの俊足。サイの角。一見の価値アリと焦がれた動物は数知れない。しかし、これだけは言っておく。俺は一度としてクジラを見たいなどとは思ったことがない。


 竜宮

 引き締まった痩身が第五コースに水飛沫(しぶき)のラインを刻んでいく。無駄な動きを抑えた熟練のフォームで見る見る迫ってくる。プールサイドへ手をついた彼がその体を水から突きあげた瞬間、カメラマンの土居さんがシャッターを切った。プールサイドへ上がったところで、もう一枚。全身から水を滴(したた)らせた彼がゴーグルを外し、その下から落ち窪んだ目をのぞかせても、私にはまだその老人が八十歳を超えていることが信じられなかった。


 思い出ぴろり

 最後の一人旅に訪ねた修善寺の、駅へ近い湯川橋の上に佇んでいた私は、背後を通りかかった車の運転手に呼びかけられて振りむいた。
 「もしよかったら、一緒にドライブでもいかがですか」
 私の目を捉えて放さなかったのは声の主ではなく、彼の運転する小型のマイクロバスだった。通過するだけで地面も湿るような薄墨色の車体。助手席のドアには蓮の花模様が、側面一帯には 〈命の旅立ちを見守りつづけて八十年 小池葬祭〉 の文字がある。
 葬儀屋のマイクロバスでナンパをする男も男なら、される女も女だ。
 そう思いつつ、「お邪魔します」と助手席へ乗り込んだ。


 ラストシーン

 40Aは太った中年女で、40Cは毛深い中年男だった。40Bからしてみればのぞましくない配列だ。空いている棚へ手荷物を収めた僕は通路に足を据えたまま、手元のチケットを再度確認した。40B。確かにそうある。40B。何度見ても同じこと。40B。
 「すみません」
 観念して40Cへ声をかけると、精悍(せいかん)そうな褐色の顔が振り返り、あんたが40Bか、とばかりにこくりとうなずいた。
 「どうぞ」
 「どうも」 


 桂川里香子、危機一髪

 桂川里香子と初対面の挨拶を交わしたのは、腹膜炎で倒れた上司の代理で京都へ向かう新幹線の中だった。
 発車ぎりぎりで私が車両に乗りこんだとき、里香子はすでに窓側の指定席で日本酒のワンカップをぐいぐいやっていた。


 母の北上

 ああ、俺。インターホン越しに投げた一声から数秒後、モグラのばあさんが僕を招き入れ、恐ろしく陰鬱な暗がりへと誘導した。息がつまるほど小さな、しめやかな穴蔵。光の一条も差しこまない。僕は囚われた毛虫のように混乱して身をよじる。
 ナゼ彼女ハ僕ヲコンナトコロヘ連レコムノダロウ? ホカニモ穴ハアルノニ。
 「ほかにも部屋はあるのに」
 わずか五・五畳の和室で卓袱台(ちゃぶだい)越しに向かいあうこと三十秒、僕は早くも我慢の限界に達し、モグラのばあさん――もとい、うちの母親に訴えた。
 「なんでこんな穴蔵みたいな部屋に通すんだよ、よりによって」


 異国のおじさんを伴う

 スーツケースのことが気になりだしたのは、空港内のチェックインカウンターで搭乗手続きをしていたときだった。
 とくにこれといった不安要素があったわけではない。係員は手際のいい女性だったし、ミュンヘン行きを記したタッグがスーツケースの把手(とって)に巻きつけられるのも確認した。オーストリアの空港で盗難や紛失に遭ったという話も聞いたことがない。
 なのに、気になる。カウンターを離れた私は何度も足を止め、ベルトコンベア上に据え置かれたスーツケースを確認した。その空色が溶けるように視界から消えると、まるで帰る場所を失ったような心細さに駆られた。


 それぞれに個性があって面白い話である。
 「くじら見」などは、女性のコワさというか逞しさがわかるものだ。タイトルにもなっている「異国のおじさんを伴う」の“おじさん”は人間ではない(^^ゞ。
 異界の人が出てくる話もある(~_~)。といっても、怖い話ではない。
 人は生きていけば、思わぬ幸運に遭遇することもあれば、意外な落とし穴に転がり込むこともあるものだが、そんないつ出会うかもしれないような人生の一瞬を鮮やかにとらえ切り取った短篇集である。


<今日のお薦め本>
『異国のおじさんを伴う』 森 絵都 著、文藝春秋 刊、1313円、11.10.15. 第1刷発行

<後記>森絵都さんの短篇を読むのははじめてですが、ラストのヒネリがなかなか面白かったです。
 特別な話のようでいて、ひょっとした自分の身にも起こるかもしれない、と思わされる話が多いです。
 人のちょっとした想いとか気持ちの揺れを、うまく物語りにしていると思います(^^ゞ。

 昨日は次女がチビりんのところに行っていましたが、どうもチビりんのご機嫌が悪いらしい(^^ゞ。
 熱が下がったり上がったりで気分が悪いということもあるんでしょうが、朝の回診で5、6人の医者に取り囲まれて、いろいろ聞かれたりするのが嫌なようです。
 少しは良くなってきている、ということかもしれませんが(^^ゞ。
 今日はカミさんといっしょに、チビりんのところに行ってきます。

 昨日の夕空と夕景です。

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この記事へのコメント

2011年11月18日 06:15
チビりんちゃんは、ホームシックにかかりだしているのかもしれませんね。
うちのお袋も入院しているとき帰る帰るで、手こずらしたことがあります。

今晩は『しし座流星群』がピークだそうですよ。
見れるかな?という天気ですけどね。
遊哉
2011年11月18日 10:02
☆ ねこのひげ さん、そうですね、ホームシックもあるでしょうが、寝たままで不自由なのが嫌なんでしょうね(^^ゞ。
 子どもと年寄りは似ているかもしれませんね。自分のことしか考えられなくなるんだと思います(^^ゞ。
 今夜は、しし座流星群がピークですか。天気がどうでしょうね。下り坂だから、無理そうですね(~_~;)。
2011年11月18日 11:52
>カメラマンは人工的な要素を極力排し(つまり人為的な物語を含ませず)道だけを道のままに切り取っていく。<

こう言うところは短歌にも俳句にも欠くことの出来ない要素だよね。短い言葉で何を伝えるのか、訴えるのか、説明にならない一首って難しいけどそこがまた歌を作る喜びなのかな、っていつも思う。写真も同じだよね!

>クリスマスイヴを三日後に控えた日曜の……<
これ面白い!何を間違ってたんだ?って思わせる書き出しがいいね。何だかどのサブタイトルで読んで行っても思わず(≧m≦)ぷっ!となりそうな文面で遊哉さんが紹介したくなる気持ち、良く分るわ。

さてさて。愈々チビリンに面会だね!
きっとチビリンが喜ぶね。お嬢さんに「帰っていいよぉ」なんて言うチビリンがいじらしすぎ。
遊哉さんにはなんて言うのかな??
次の更新を楽しみにしてるね。(@⌒ο⌒@)b ウフッ。。。くれぐれも車の運転気をつけてね!
いつも長いコメントで<( ̄∇ ̄)ゞゴメリンコ~♪
遊哉
2011年11月18日 21:48
☆ さよちん、さすがというか、さよちんらしい見方ですね。
 写真も短歌も俳句も、いろんなものがあるから一概には言えないと思うけど、想いというか情緒が入りすぎるといやらしいものになっちゃうということでしょうね。小説なども同じかもしれませんが、裏にあるものを感じさせることが大事なのかもしれません。
 短歌や俳句は短いだけに、言葉を選びどのようにつなげるかが面白いんでしょうね。
 この短篇集は、プロローグではいったいどんな話が展開されるのかわかりません。興味をそそられるでしょ(~_~)。森絵都さんは長篇もいいけど、こういう短篇もなかなかうまいです。
 チビりんの病院に行ってきました。喜んだと思うけど、いじけてました(^^ゞ。熱はあるし、点滴などをして自由が利かないし、何もできないから嫌になっちゃってるんだと思います。
 今日は無理だけど、明日にでも状況をちょっと書いてみますね(^^ゞ。今日はちょっと疲れました(~_~)。
2011年11月19日 08:51
おーい チビりん がんばーれ! 柏のおじさんが ついてるぞー!
遊哉
2011年11月19日 13:01
☆ seiziさん、励ましの言葉、ありがとうございます。
 チビりんも頑張って、治ると思います(~_~)。

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