『子どもはみんな問題児。』




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                   〔公園のユリ〕


 『ぐりとぐら』シリーズで有名な絵本作家・中川李枝子さんのエッセイ集『子どもはみんな問題児。』を紹介してみる。
 娘たちが小さいころ、カミさんが『ぐりとぐら』を読んでやっていたが、今50歳以下くらいの方々でこのシリーズを知らない人はいないかもしれない。

 この本は、保育園とはどういうところなのかを解説していると同時に、大人や親、特に母親にとって幼児をどのようにとらえたらいいのか、子育てのやり方、子どもと本とのかかわり方、母親のあり方などを、わかりやすく教えてくれる。

 とりあえず、目次から内容を紹介しておく。


 はじめに

1 お母さんが知らない、保育園での子どもたち
 どの子もみんなすばらしい問題児/子どもはたいがい臭いものです/お母さんのお弁当をどんなに喜ぶか、見せてあげたい/「お母さんのお腹には切った跡がある」って、それが自慢なのよ/子どもはなかなか紳士です/子どもは自分丸出しで生きています/子どもの言うことは全部ほんとうです/私はもう一回、子どもになりたいとは思いません
2 「りえこせんせい」が子どもに教わったこと
 子どもはお母さんの鏡です/ナンバーワンは、お母さん/子どもは見れば見るほどかわいい/保育のポイントはどうやって遊ばせるかです/想像力豊かな子は遊び上手です/小さい子に「待って、後で」は通用しません/子どもはすばらしい先生です/遊びは本分、生活であり学習です
3 子育ては「抱いて」「降ろして」「ほっといて」
 いざという時、子どもは強い/子どもをうちに閉じ込めないで/二四時間、一緒にいることはないのよ/心を傷つけたら、すぐ手当てをしてほしい/赤ちゃんのときどうだったという話はつまらない/子どもはお母さんの弱みを突いてきます/わが子にもにくたらしいところがありました/どこのうちでも早期教育をしています/わが家は三権分立/心を寄せあって楽しめるのは、幼児期まで/ケガや命にかかわる危険は叩いてでも教える
4 本は子どもと一緒に読むもの
 「読み聞かせ」でなく、子どもと一緒に読む/こわい話には安全地帯を用意して/くだらないものを読むのは時間の無駄です/安心の場から子どもの読書は始まります/赤ちゃんは赤ちゃん絵本、と決めつけないで/本を読むにはエネルギーが必要です/子どもにおもしろい本は、大人にもおもしろい/見ているつもりでも、見落としがいっぱいある/わが子とも毎晩本を読んでいました/がみがみ言いたい気持ちを本で解消/いい作品にはいいお母さんがいます
5 いいお母さんって、どんなお母さん?
 子どもがドンとぶつかってきて、よろめくようではだめ/お母さんの得意とするものがひとつあれば十分/いろんなお母さんがいて、いろんな良いところがある/子どもの心を無視する親が問題です/子どもが一番いやなのは夫婦げんかです/子どもとつきあうには石頭ではだめ/いいお母さんは、子どもの喜びに敏感です

 おわりに
 中川李枝子全作品リスト
 装画・挿画出典一覧


 “子どもはみんな問題児”なんていうタイトルは、ちょっと刺激的だが、読んでいくと中川さんの言いたいことがよくわかるし、なるほどねえと思えてくる。
 いくつか紹介してみよう。


 まず「はじめに」から。

<子どもへの最高の褒め言葉は、「子どもらしい子ね」ではないでしょうか。
「よい子」でも「賢い子」でも「聞き分けのいい子」でもない、「子どもらしい子ども」。
 では「子どもらしい子ども」とは、どんな子どもなのでしょう。
 子どもらしい子は全身エネルギーのかたまりで、ねとねと、べたべたしたあつい両手両足で好きな人に飛びつき、からみつき、ほっぺたをくっつけて抱きつきます。
 大人からすれば「ちょっと待って!」と言いたくなるときでも、子どもらしい子に「待った!」のひまはありません。
 いつだって自分がこの世で一番と自信を持っていますが、それだけに自分より小さい子にはとても寛大で、大人が何も言わなくとも小さい子を守ろうという優しさを持ち合わせています。
 面白いおはなしが大好きで、時にはチャッカリと、大人でも信じてしまうほどの作り話を披露することもあります。
 子どもらしい子どもは、ひとりひとり個性がはっきりしていて、自分丸出しで堂々と毎日を生きています。
 それで大人から見ると、世間の予想をはみ出す問題児かもしれません。
 だからこそ、かわいいのです。
(中略)
 保育園ってどんなところでしょうか。
 大人からすると「仕事をしている間に行かせるところ」でしょうが、子どもはそうは思っていません。
 親が働いているから行くのではなく、自分が行きたいから行くところです。
 活発で好奇心旺盛な子どもたちは、うちになんか閉じこもっていられません。
 保育園にはうちにはないおもちゃがあります。何より遊び相手がいます。うちではできない遊びができます。そして安全地帯になる先生たちもいるのです。存分に、自分を解放できるではありませんか。
 でも、子どもにとっていちばんの安全地帯はお母さんと我が家です。
 子育てに悩んでいるお母さんが多いと聞いて、私はこの本を書くことを引き受けました。子どもを産んで初めて赤ちゃんを抱いたというお母さんも、いまでは少なくないそうなのです。
 私が保母だったのはかなり前のことになりますが、子どもの本質、子育ての基本は変わらないでしょう。私自身も初めはわからなくて戸惑うことばかりでした。子どもから無我夢中で教わったことを、この本で伝えられたらと思います。

 焦らないで、だいじょうぶ。
 悩まないで、だいじょうぶ。
 子どもをよく見ていれば、だいじょうぶ。
 子どもは子どもらしいのがいちばんよ。>


子どもは
 すばらしい先生です


 子どもとかかわる大人のみなさん、あなたの前にいる子どもから学んでください。これは私が自信を持って言えることです。
「あなたの書くものは、空想と現実の世界をじつにうまく出たり入ったりしている」とほめていただくのですが、私にはピンときません。
 子どもの世界ではごくごく当たり前のことだからです。
 幼い子の遊びを見ていますと、なったつもり、あるつもり、まさに空想の世界に出入り自由で、それがとても愉快です。遊んでいるときいろいろ独り言を言っていますが、聞いているとその子の今いる世界がだんだん見えてきます。
 月にウサギがいるというのはほんとうではないけれど、子どもはそれをちゃんと信じる。信じたがっているのです。それでいて、月にロケットが行くこともちゃんと分かっている。
 サンタクロースだって、信じているふりをして、自分と大人を喜ばせているのではないか。子どもは大人より一枚上手なところがありますから、お互い気がつかないふりをして楽しんでいるのではないかしら。
 子どもにかかわる事件が起きると、すぐ文部科学省は「指導せよ」というでしょう。どうもこの言葉が気にくわない。それより「もっと子どもをよく見て」というぐらいの言い方をしてくれたらいいのにと思います。
 子どもから学ぶべき点は大いにあります。非行問題や虐待、いじめなど、子どもを指導する前に、まず子どもをよく観察して、そこから解決の道をさぐり出す方法もあるのではないでしょうか。
 子どもたちといっしょの生活で、どの子もみんな善い心を持って生まれてくるということも感じました。神様は公平です。
 何よりも、子どもの「心」を大事にしてほしい。
 子どものおしゃべりには、その子の願いや不満が表れているものです。聞き捨てにしないで、聞いておくこと。
 なにもあらたまって聞くのではなく、お料理をしながら、洗濯ものをしまいながら、歩きながらでも耳はちゃんと使えます。子どもの口調に合わせて頷くだけでもいいのです。>


遊びは本分、
 生活であり
 学習です


 子どもは遊びながら育つと言いますが、遊ぶのは結構たいへんです。
 自分が主役、主人公にならないと遊べません。
 三~四人で遊べば、皆が主人公。その個性がぶつかり合うわけですから、決して安閑としてはいられない。
 自分を主張するのも大事。相手の言い分も聞かなければならない。忍耐と我慢も必要です。でも子どもたちにとって目標は一つ、より楽しく遊びたいということです。
 そのためには少々嫌なことも我慢するし、相手の気持ちを尊重するようにもなります。
 協力や助け合いもあれば、けんかもします。そのうち自然にルールらしきものができてきます。それは子ども同士で取り決めた約束事です。
 保育園や幼稚園の魅力は家庭では味わえない、もっと大がかりな遊びの場があること、そして知恵も体力も対等な同年齢の仲間がいることだと思います。特に今のような少子化社会になると近所に遊び友達はいないし、お家にもきょうだいがいないかもしれない。保育園、幼稚園は子どもの生活のために必要な場になっていると思います。
 以前、小児科医の平井信義先生がこうおっしゃいました。
「子ども時代に存分に遊ぶ楽しさを味わった人は、老年期になっても生き生きと生活していますよ」
 若かった私は、「へえ、そんなものか」と思いましたが、この年になると本当にその通りだと感じます。
 ヴァルター・ベンヤミンという思想家は「遊びは明らかに解放を意味する」と言っていますし、高名な哲学者も文化をつくる原動力は遊びであるとか、遊びこそ人間の文化の基本であるとか、口をそろえて言っています。
 実際に目の前にいる子どもたちを見てきたおかげで、ああそうだとよくわかるようになりました。>


わが子にも
 にくたらしい
 ところが
 ありました


 反抗期があっての幼児期です。
 息子とは毎日けんかの時期もありました。私だって負けていられません。
 例えばテレビチャンネルの取り合いはどうするか。番組を選ぶ際、なぜ私は見たくないか、見せたくないかをはっきりと説明しました。
 そしてこのテレビは私が働いて買ったのよ、だから私の見たくない番組、子どもに見せたくない番組は見ないの。くやしかったら早く大人になりなさいと言っていました。
 そのせいか息子は「子どものいない家はおもちゃを買わないからお金持ち。子どものいる家はおもちゃを買うからお金がない」と自分なりに諦めていました。
 以前、雑誌のアンケートで子どもとの付き合いかたを聞かれて、「子どもをバカにしないこと。子どもにバカにされないこと」と答えましたが、それは今も変わっていません。
 私は私、子どもは子ども。一人の個人として付き合うことも必要。
 無理して子どもに合わせることはありません。>


「読み聞かせ」でなく、
 子どもと一緒に読む


 私はいつも、子どもと一緒に絵本を読みましょうといっています。
 読み聞かせという言葉には「読んで聞かせる」「言って聞かせる」という感じがあって好きになれない。そこで「子どもと一緒に読む」と表現します。
 保育園で一七年間、いろいろな子どもたちとつきあいましたが、絵本や物語の嫌いな子どもはひとりもいませんでした。
 もし嫌いな子がいるとしたら、大人の与え方が下手だったのでしょう。よほどつまらない本をあてがわれ、うんざりしてしまったとか。それはその子のせいではなく、周りの大人たちの責任です。子どもはもともと絵本や物語が大好きです。
 本を読んでもらうときの子どもの表情は、素直で、無邪気で、かわいいに尽きます。子どもが喜ぶとお母さんもうれしいでしょう。お母さんがうれしいと子どももうれしい。お母さんがワクワクすると子どももワクワクする。お母さんがしんみりするとしんみりする。
 お母さんといっしょの楽しいひとときは、人生で一番最初の大切な時であり、人生の原点でしょう。その後、大きくなるにつれていろいろ厄介なことがやって来るのですが、それに耐える力や乗り切る力は、幼児期が幸せであればあるほど強くなるに違いありません。> 


赤ちゃんは
 赤ちゃん絵本、
 と決めつけないで


(前略)
 トルストイは優れた芸術の三つの条件を挙げています。それは文学だけでなく、絵や映画やお芝居、子どもの本にも当てはまるでしょう。
 一番目は「新鮮さ」。読むたびに新たな感動を覚えること。
 二番目は「誠実さ」。作家がただ小説を書きたくて書くのではだめで、そこに精神的にすぐれたもの、誠実さがあるからこそ人の心をうちます。
 三番目が「明快さ」。相手にわかること。特に子どものものは明快であることが第一条件です。
 良い本と出会うのは幸せなことです。
 生まれてどんな本に出会うかで、人間の運、不運というものはかなり左右されるのではないかと思います。
 私はすべての子の幸福を願っています。>


いい作品には
 いいお母さんが
 います


(前略)
 そもそも子どもというのは欠点だらけで、自分なりにいい子になっていこうと悪戦苦闘しているのではないでしょうか。ですから私たちが考えているより、けっこう悩んでいるんじゃないかと思います。
 そんな子どもたちの支えになるのは、お母さんをはじめとする周りの人間です。トラブルが起きて子どもが進むべき方向を見失ったときに、どう手をさしのべ、どのようにして力を貸してやるかが本の読みどころになります。ですが主人公はあくまで子どもで、自力で良い方へのびていきます。
 その子が持って生まれた、想像力やユーモアの感覚、ありったけの知恵を働かせて、人生の難関を一つ一つ突破してゆく。だんだん強く賢く、心は広く、柔軟になってゆく。そこが子どもの文学の面白さだとこの年になって気がつきました。
 生きるものの喜びと悲しみ、正義や欲望、愛情や怒りなどを、子どもなりにたっぷりと味わうことで、生命力を獲得し、育てていくのではないかと思います。これはとても重要なことです。
 私は新制中学校で、創刊したばかりの岩波少年文庫に出会ったことが大きな幸せでした。自分の身の丈にあった読書で、人間はどのようにして生きていかねばならないかを学びました。
 子どもの日常は大人の日常よりドラマチックとはいえ、本のなかほどいろいろなことが起こるわけではありません。読書では何人分もの人生を味わえるということになります。
 子どもを知るために、母親を知るために、ぜひ児童文学をお読みになるとよい。
 大人になってからも子どもの文学はなかなか面白いものです。児童文学は文学のなかでも特殊な存在と感じられ、昔から読み継がれてきた古典といわれる作品を今読むことによって、人間のあるべき姿に改めて気づかされるのです。>


 まだまだいくらでも紹介したいところはあるのだが、この辺でオシマイ(^^ゞ。


<今日のお薦め本>
『子どもはみんな問題児。』中川李枝子 著、新潮社 刊、1080円、15.05.25. 六刷(15.03.30. 発行)
 中川さんについて、改めてカバー裏から紹介しておきます。
<中川李枝子 なかがわ・りえこ
 作家。1935年札幌生まれ。東京都立高等保母学院卒業後、「みどり保育園」の主任保母になる。72年まで17年間勤めた。62年に出版した『いやいやえん』で厚生大臣賞、NHK児童文学奨励賞、サンケイ児童出版文化賞、野間児童文芸賞推奨作品賞を受賞。翌年『ぐりとぐら』刊行。『子犬のロクがやってきた』で毎日出版文化賞受賞。主な著書に絵本『ぐりとぐら』シリーズ、『そらいろのたね』『ももいろのきりん』、童話『かえるのエルタ』、エッセイ『絵本と私』『本・子ども・絵本』。映画「となりのトトロ」の楽曲「さんぽ」の作詞でも知られる。『ぐりとぐら』は現在まで10カ国語に翻訳されている。>

子どもはみんな問題児。
新潮社
中川 李枝子

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<後記>子育ては卒業しましたが、孫育てにも役立つことがたくさん書かれていると思いました。
 チビりんは小学4年生で幼児ではありませんが、まだまだ役に立つ知恵が詰まった本でもあります。
 長女にも読んでほしいと思える内容です。

 以前にブログで、「親が子どもを産むのではない。子どもを産んで、親も生まれる」ということを書いたことがあります。
 言いたかったことは、「人は子どもを育てることによって、はじめて親として育つというか育てられて親になる」ということです。
 実子あるいは養子だろうと里子だろうと関係ありません。人は子どもを育てつついろんなことを学び、また逆に子どもからいろんなことを教えられながら、親として育っていくんだと思います。
 親と子は、相互作用によって、それぞれが親となり子どもになっていく、ということでしょうね。

 次女夫婦は結婚して3年半を超えたところですが、子どもが生まれません。妊活もしたようですが、成果は上がらないようです。子どもは天からの授かりもので、致し方ないこともあるものです。
 二人は最近、保護犬のウッディという犬を飼い始めたのですが、腸が弱いのか下痢気味だったり、トイレのしつけがうまくいかなかったりなど、いろいろ心配事があるようです。
 この前メールで、そんな話の後に“子供がいないからこういう気持ちって経験無かったから、うちら夫婦にはいい刺激かも!”などと書いていました(^^ゞ。
 犬と人間の子どもの子育てでは、もちろん違いますが、相通じるところもありそうです。
 子育てというのは心配事が尽きないですが、面白いものでもあります。できるだけ穏やかにデンと構えて、子どもの成長を信じながら楽しみながらやっていくのがいいでしょうね。

 この本は、そんな子育てや親育てのためのいろんな知識と知恵を教えてくれると思います。
 孫育てや犬育てにも、参考になると思います(^^ゞ。

 カミさんは昨日(5日)の朝から、一泊の着付けの仕事に行きました。
 昨日は晴れてくると思ったのに、曇りの一日でした。

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 夕方の散歩の時は、低い雲が流れていて、雨もポツポツ落ちてきていました。

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 原っぱには誰もいませんでした。

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 ボール遊びをした後、SORAはこんなところにベタッとお腹をつけました。気持ちよかったんでしょうね(^^)/。

 昨夜は激しい雨になって、未明まで降り続きました。
 今朝(6日)は8時過ぎに散歩に出ました。

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 朝日は雲に隠れがちでしたが、しだいに顔を見せ始めていました。

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 家に帰って、SORAは廊下で昼寝。

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 晴れてきました(^^ゞ。
 
 明日(7日)は晴れたり曇ったりのようです。

この記事へのコメント

2015年06月07日 05:16
うちの近所の畑に『空き缶を捨てないで!あなたのマナーを子供が観てます』という標語が書いた看板が立っています。
最近しつけの悪い大人が増えて困ったものです。
ここのところ朝晩は寒いですね。
これが平均気温だそうで・・・「夏はどこへ行ったんだ」と怒っている奴がおりましたよ。
こちらは雨は降りませんでした。
遊哉
2015年06月07日 11:21
☆ ねこのひげ さん、大人は子どもに恥ずべき言動をしたり見せちゃあいけませんよね。
 “大人は子どもの成れの果て”なんていいますが、どこでしつけをまちがえたんでしょう。子育てをしながら、親育て(大人育て)をしていきたいものです。
 朝晩、涼しいですね。肌寒いほどです。気温が上がっても湿度が比較的低いからかもしれません。
 なんだか中途半端な天気が続いていますが、そのうちに嫌でも蒸し暑い夏になると思います(^^ゞ。

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