団塊バカ親父の散歩話

アクセスカウンタ

zoom RSS 『珈琲が呼ぶ』

<<   作成日時 : 2018/03/20 23:34   >>

ナイス ブログ気持玉 71 / トラックバック 0 / コメント 4




画像

                 〔今日の夕空と夕景〕


 片岡義男さんのコーヒーにまつわるエッセイを集めた『珈琲が呼ぶ』を紹介してみる。

 彼の今までの喫茶店体験のエピソードや、音楽、映画、小説に出てくるコーヒーなど、多彩な話題が詰まっていて味わい深いエッセイになっている。
 どこから読んでも興味深くて面白い(^^ゞ。
 それに、それぞれの話題に関係する、たとえば古い映画やレコードジャケットなどの写真が楽しいのである。

 次のようなタイトルのエッセイが収められている。

 一杯のコーヒーが百円になるまで/「コーヒーでいいや」と言う人がいる/Titanium Double Wall 220mg/喫茶店のコーヒーについて語るとき、大事なのは椅子だ/四つの署名、一九六七年十二月/去年の夏にもお見かけしたわね/ミロンガとラドリオを、ほんの数歩ではしごする/なにか冷たいものでも、という言いかた/白いコケインから黒いカフェインの日々へ/いいアイディアだと思ったんだけどなあ/さてそこでウェイトレスが言うには/ただ黙ってうつむいていた/小鳥さえずる春も来る/ボブ・ディランがコーヒーをもう一杯/マグとマグの差し向かいだから/ほんとに一杯のコーヒーだけ/ブラック・コーヒー三杯で、彼女は立ち直れたのか/知的な判断の正しさと絶対的な安心感/アル・クーパーがブラック・コーヒーを淹れた/モリエンド・カフェ/Coffee Bluesと、なぜだか、コーヒーブルースと/なんとも申し上げかねます/五時間で四十杯のコーヒーを飲んだ私/ある時期のスザンヌはこの店の常連だった/午前三時のコーヒーは呑気で幸せなものだった/さらば、愛しきディマジオよ/ほとんど常にくわえ煙草だ/昨日のコーヒーと私立探偵/テッドはコーヒーを飲むだろうか/しょうこりもなく、オールド・ストーリーを/それからカステラも忘れるな/コーヒーと煙草があるところには、かならず人がいる/コフィとカフェの二本立て/東京と電車の関係を劇映画のなかで見せる/トラヴォルタのトイレット、ジャクソンのエゼキエル、ふたりのケチャップ/ついに飲める一杯のコーヒー/七十年前の東京で日曜日の夕暮れのコーヒー/「よくかき混ぜて」と、店主は言った/コーヒー・バッグという言葉は英語だろうか/ソリュブル・コーヒーへとその名を変えた/辰巳ヨシヒロ、広瀬正、三島由紀夫/砂糖を入れるとおいしくなるよ、と彼は言う/ときには森さんの席にすわることもあった/万年筆インク紙/午後のコーヒーから生まれた短編小説について反省する

 いくつか引用・紹介してみる。


 なにか冷たいものでも、という言いかた

<(前略)
 アイス・コーヒー、という言葉を、まずとにかく、自分の音声として発したことが、僕にはない。喫茶店でウェイトレスに、「アイス・コーヒーをください」と言ったことが、これまで一度もない。したがって、アイス・コーヒーを飲んだことが、ない。 
 なぜ、アイス・コーヒーをください、と言えないのか。きまり悪いからだ。気恥ずかしい、という言いかたをしてもいい。なぜ? という問いに対して、答えはほとんどない。だから余計にやっかいだ。アイス・コーヒー、という音が好きではないのか。確かに、音は好きでない。間が抜けている。
 いったん音声にしてしまうと、取り返しがつかなくはっきりしてしまうのは、アイスとコーヒーとが、自分の頭のなかではいまだに結びついていない、という事実だ。アイスとコーヒーとがその順番で結びついて、ひとつのしっかりした意味のある、新たな言葉にならないのだ。
 自分の頭のなかではいまだに結びついていないものが、世間ではとっくに結びついてひとつになっている。ほっておけば時間はどんどん開いていく。クリスマスの一週間前に喫茶店に入り、アイス・コーヒー、というひと言の注文を告げれば、その店におけるアイス・コーヒーというものの実体がひとつ、テーブルに届く。
 アイス・コーヒーというものは、不思議なものだ。奇妙だ。これはいったいなんだろうか、という謎がアイス・コーヒーであり、謎は謎のままにしておきたい。だから謎のままにしてある。
(後略)>


 小鳥さえずる春も来る

<『一杯のコーヒーから』という歌は一九三八年の十二月二十日に、霧島昇とミス・コロムビアによって録音され、一九三九年の三月二十日にレコードとして発売されたという。服部良一が作曲し藤浦洸が歌詞をつけた。服部良一が残した数多い曲のなかの、名曲のひとつだと言われている。
 歌詞は四番まである。冒頭の一行は、一番から四番まですべて、「一杯のコーヒーから」というおなじフレーズで始まっている。一杯のコーヒーから、どのような状況が生まれていくのか。一番の歌詞の二行目では、「夢の花咲くこともある」と歌われている。この言葉のとおり、一杯のコーヒーから夢の広がっていく様子が、ごく穏やかに丸みを帯びた具象と、それを支える明るく軽いファンタジーの言葉とによって、綴られていく。
「街のテラスの夕暮れに」「あなたとふたり朗らかに」「あそこの窓のカーテンが」「小鳥さえずる春も来る」と、具象的な部分を抜き出してみると、ちょうど手頃な大きさにまとまった夢の、まろやかな手ざわりの良さには、敬服するほかない。なんと見事な呑気さであることか。
(後略)>


 午前三時のコーヒーは呑気で幸せなものだった〔全文〕

<オーティス・レディングにCigarettes And Coffeeという歌がある。一九六六年の作品だ。英語の歌詞で語られる場面は呑気なものだ。肯定的で楽しい情景を歌っている。高田渡の『コーヒーブルース』がもっと先へ展開したなら、ひょっとしたらこのような情景にたどり着いただろうか。
 早朝の三時にあと十五分ほどの時刻だ。主人公の I は自分の部屋あるいは彼女の部屋にいて、煙草を吸いながらコーヒーを飲んでいる。そして彼女と話をしている。きみと知り合って以来、自分の状況はたいへんいい、と I は言っている。
 いろんあ場所でいろんないい女を見てきたけれど、どれもこれもいまひとつしっくりこなくてさ、それはそれで悲しいと言ってもいいけれど、いまここで自分がこうしてきみと煙草を喫ってコーヒーを飲んでいるのは、じつに自然で無理のないことだと思うんだよ、などと I は言う。
 きみを中心に自分の人生が出来ていくならそんないいことはない、と言いながらも時刻は朝の三時十五分前のままだ。コーヒーと煙草、そして好きになった女性とふたりきりで朝のこの時間、という幸せな気持ちを歌にしたかったのだろうか。
 その幸せな気持ちが端的に表現されているのは、歌詞のなかの次の部分だ。

 I would love to have another cup of coffee, now.
 And please, darling, help me smoke this one more cigarette, now.

 コーヒーをあと一杯、煙草をあと一本、と I は言っている。あと一杯、あるいはあと一本とは、関係が継続していくことを、ここでは意味している。関係の終わりの、もう一杯のコーヒーについては、すでに書いた。>


 それからカステラも忘れるな

<五人がすわればちょうといっぱいになるテーブルがひとつ、そして六人の席があるカウンター一本の、イタリー料理の店だ。なにを注文してもそれは上出来だ。メニューにないものをシェフが提案することもある。それはさらに良く出来ている。だからいつものとおり、楽しい夕食はデザートまで到達し、僕たち四人がそれぞれに注文したコーヒーは、四人ともおなじコーヒーだった。>

 男二人と女二人が向かい合わせに座っている。食事のあとのコーヒーを飲みながら、話題は映画になった。
 映画のタイトルのことで、原題と日本で公開されたときのタイトルについて、いろんな話が出てくる。
 日本語タイトルにはひどいものもあるが、なかにはポエムのあるものもある、という話になった。

<「ポエムの例をたくさん挙げていくと、日本語におけるポエムの法則のようなものが、浮かび上がってくるかもしれない」
 という僕の意見に、
「時代によってポエムは変化してるはずです」
 と、女性たちのひとりが言った。
「確かにそうだ。『翼よ! あれが巴里の灯だ』は、明らかにその時代のポエムだね。原題はThe Spirit Of St. Louisという、ポエムの側から見るなら、身も蓋もない世界だ」
「『明日に向かって撃て!』も、そうでしょう。あの時代の、最高のポエムですよ。しかもヒットしてる」
 原題はButch Cassidy And The Sundance Kidという、これまた、ふたりの名前だけという、リアルと言うならこの上のないリアルさだ。
「まったくおなじものに、『俺たちに明日はない』というのがあるね。ポエムによる日本語題名とヒットとが重なって、多くの人々の記憶に残ったけれど、時間の経過というものは如何(いかん)ともしがたく、記憶している人の数はゼロへと接近していく」
 ポエムの最終到達点はどこか。主観的な願望にすぎないものを、これこそ客観的な事実だ、としてしまうことだ。ポエムという言葉からの連想として、夜霧や雨、そしてしのび逢い、といった言葉に僕は行き当たった。
「『しのび逢い』という映画があったような気がする」
 という僕の言葉に、三人はともに賛成してくれた。
「『夜霧のしのび逢い』もあります」
 と友人は言い、
「それから、『雨のしのび逢い』も」
 と、もうひとりの女性が楽しそうに言った。
「雨と夜霧だけかい。猛暑の日の街道沿いで、ふたりとも自動車で来て、なにかの店でしのび逢ったらいいのに。豪雨の夜、コンヴィニエンス・ストアの駐車場に二台の自動車が前後して駐車し、男性が女性の自動車へ走っていくのだけれど、そのわずかなあいだにずぶ濡れになる、というのはどうか」
「『めぐり逢い』という映画の原題は、An Affair To Rememberでした」
 友人はコーヒーのお代わりを注文した。僕も二杯目が欲しかった。ふたりの女性たちも、おなじコーヒーを注文した。映画についての会話は、コーヒーを誘ってやまないのではないか。
(後略)>


 さて、このくらいでオシマイにしておく。
 いろんなコーヒーにまつわる話が出てくる洒落たエッセイ集である。
 片岡義男さんが好きな方は是非、お読みいただきたい。片岡節を堪能できるのである(^^ゞ。


<今日のお薦め本>
『珈琲が呼ぶ』 片岡義男 著、光文社 刊、1944円、18.02.20. 2刷発行(18.01.20. 初版第1刷発行)

珈琲が呼ぶ
光文社
片岡義男

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 珈琲が呼ぶ の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


<後記>映画のタイトルのエッセイはとても長くて、そのごく一部しか紹介できませんでしたが、懐かしい映画の話がたくさん出てきて面白かったです(^^ゞ。
 映画については他にもあって、映画好きのバカ親父としては興味津々で読みました。
 その他にも、ビートルズの4人の署名が入った1967年のポートレートの謎の話とか、ボブ・ディランの歌にある「コーヒーをもう一杯」の意味するものは? なども面白かったです。
 学生時代に喫茶店で一杯のコーヒーで粘って、友達といろんな話をしたことを思い出しました(^^ゞ。

 今日(20日)は午前中は雨が降ったり止んだりで、午後から止みましたがどんよりとした曇り空でした。
 最高気温は朝方で、日中も気温が上がらず寒かったです。

 朝の散歩に出たときは小雨でした。
 公園に行って、原っぱに上ってから公園を回っていきました。

画像

画像

画像

画像

画像

画像

 白モクレンの花びらがたくさん散っていました。

画像

 原っぱに戻ってウロウロしていきました。

画像

画像

画像

画像

画像

画像

 SORAは一番近い階段に行って下りていきました(^^ゞ。帰ることにしました。

画像

 途中でちょっとだけ寄り道をしました(^^)/。

画像


 カミさんは10時半ころに帰ってきて、午後は昼寝をしていました(^^ゞ。
 バカ親父は昼ごろに買い物に行った以外は、本を読んでいました。

画像

 SORAはあちこちで、丸くなって寝ていました(^^ゞ。

 夕方の散歩は5時ちょっと前に出ました。雨は止んでいました。

画像

 どんよりとした空で、雲が多かったです。
 公園を回っていきました。

画像

 朝も見た白モクレンは左の上にあります。下の道にもたくさん散っていました。

画像

画像

画像

 ツバキの花がたくさん散っていました。なかなか風情があります。

画像

画像

 原っぱに出て、ウロウロしていきます。

画像

画像

画像

画像

 あれれ! 「もう帰るの?」と声をかけました。

画像

 SORAは振り返ると、「はい、もう帰ります」と顔で答えました(^^)/。
 もう少し歩きたかったんですが、帰ってきました。

画像


 明日(21日)は冷たい雨が降ったり止んだりの一日で、一時風や雨脚が強まることがありそうです。真冬に戻ったような寒さになりそうです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 71
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは、[珈琲が呼ぶ]のタイトルの中で、ボブディランがコーヒーをもう一杯というのがありましたね。
Desire、(欲望を煩悩と訳すと誰かが言ってました)の中に入ってました、One More Cap of Coffee 好きな曲で、思いにひたってます 
かかと
2018/03/21 14:24
私は、コーヒー通でもないし、 片岡義男さんを存じ上げませんが、コーヒーは香りが独特で、人間の神経に深く関係してくるのか、香を嗅ぐだけで人間に様々な作用をもたらすような感じがします。
また、味、特にブラックコーヒーの苦みは、大人の味の登竜門と感じます。
イメージが、たばこの煙がゆらぐ薄暗い店で飲むホットコーヒーだとすれば、ガラスコップに氷が入ったアイスコーヒーは邪道と感じる人がいるかもしれない。
何故か、アイスティーへの違和感は、コーヒーのそれより少ないかもしれません。
テレビドラマの中で注文する飲み物を、一言「コーヒー」とするだけで、すんなり全てがスムーズに流れていきます。
ひとり、部屋で飲むコーヒーは、ミルクと砂糖をたっぷり入れますが、外で誰かと飲むのであれば、ブラックか、砂糖だけチョット入れことがあります。
通のフリをしているのではなく、なんとなくその方がスムーズに流れる気がするからです。
それは、普段意識していなくても、コーヒーの飲み方に人間性が現れると感じているからかもしれません。
コーヒーは、ちょっと深いです。
カラス
2018/03/21 15:07
☆ かかと さん、こんにちは♪
 ボブ・ディランがお好きなんですね。はい、この歌は“Desire”というLPに収録されているんですね。
 片岡さんは、この歌は「Iという視点から歌われる、男の歌だ」と書いています。
 そして、One more cup of coffee 'fore I goのあとの“To the valley below”の“valley”について考察をしています。英語が第2の母語である片岡さんらしい説明で面白かったです(^^ゞ。
 この歌を楽しんでください(^^♪。
遊哉
2018/03/21 18:14
☆ カラスさん、片岡義男さんは、だいぶ前ですが『スローなブギにしてくれ』などで話題になったことがあります。最近は短篇とかエッセイが多くて、独特な語り口が好きです(^^ゞ。
 彼の本についてはいくつか記事を書いているので、よかったら右の枠の「サイト内検索」に「片岡義男」と入れて検索して読んでみてください(^^)/。
 バカ親父もコーヒー通ではなくて、最近はインスタントばかり飲んでいます。片岡さんによれば、インスタントコーヒーは、味はそれなりにいいけど、あれはコーヒーとは別物の飲み物だ、なんてことを書いています(^^ゞ。
 コーヒーはまずは香りでしょうね。香りを嗅いでから、ちょっと苦味のある味を楽しむ飲み物だと思います。香りも味も人間の神経に深く関係しているでしょうね。
 とはいえ、ブラックコーヒーは今でも苦手で、砂糖とミルクが入っていないとダメです(^^)/。
 それと、アイスティーは飲みますが、アイスコーヒーは飲みません。夏でもホットコーヒーです。
 コーヒーというのは人と人との関係をつくり出す飲み物かもしれません。特に、喫茶店におけるコーヒーにはそういう作用があるような気がします。関係をつくり出すといっても、相手の飲み方が嫌で、その人を嫌いになる、なんていうこともあるかもしれません。
 コーヒーはちょっと深いですね(^^ゞ。
遊哉
2018/03/21 18:36

コメントする help

ニックネーム
本 文
『珈琲が呼ぶ』 団塊バカ親父の散歩話/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる