『俺たちはどう生きるか』



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          〔「はいっては いけません」(^^ゞ〕


 団塊世代のジジィである芸人の大竹まことさんのエッセイ集『俺たちはどう生きるか』を紹介する。
 大竹まことさんについて、知らない方もいると思うので、奥付から最初に紹介しておく。

<一九四九年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。一九七九年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。
 現在、ラジオ『大竹まこと ゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。
 著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。>

 目次は次のようになっている。

第一章 昔みたいに
 いいんだヨ、これで
 ボンクラ、その後
第二章 私たちがそれを選んだ
 紫陽花は咲いていたのか
 炎上
 銀杏
第三章 傍観者でいるのか
 傘がない
 国家に翻弄された民たちの物語
 微睡みの午後
第四章 弱者は弱者のまま終わらない
 恥ずかしい過去のそれぞれ
 カラスが鳴いたら
 官僚たちの矜持
 病んで候
第五章 ダメな大人の言葉などに耳を貸さぬが良い
 春にそなえよ
 花水木
 君は誰かね

 何か所か、アトランダムに引用・紹介してみる。

<長く生きていればわかることだが、勝負でも恋愛でも、また、その人が生業(なりわい)として日々の糧を得る仕事であっても、勝つよりも負けて得るもののほうが大きいのだ。
 私には、いろんなところで負け続けてきた経験がある。遠回りと言ったほうがわかりやすいか。
 己が歩んできた道が成功か否かの判断はついていない。ただ、あの時、負けて良かったと思うことがある。
 若い頃、ステキな彼女に振られて、一年半くらい落ちこんで、それは苦しかった。
 でも、後にとても大切な時間であったとも気づく。
 考えてもみたまえ!
 誰にも振られずに生きてきたら、一体どんな男になっていたのだ。
 振られて良かったのだ。>

<私は、マネージャーのI君に言われて、ツイッターなるものを始めてみたが、どうもしっくりこない。ほかのタレントや作家は、公演のお知らせなどに利用しているらしいが、なぜか、私はダメなのだ。
 そのツイッターが、ある日、突然、炎上する。私には、その意味さえわからない。
 ただ、ツイッターの文言にあることは、一面、真実だとも思う。
「老害は死ネ」とわざわざ言われなくても、もう仕事もさほど多くないし、コメディアンとは、その時代と添い寝した男(女)たちのことだと思っている。持論である。
 時代から少しでもずれたら勝手に死んでいくだけである。
 そろそろ、そんな局面が来たのかなあと思う。
 いつまでもウジウジとテレビなどに出ていたくはない。
 しかし、「また、あのジジィがやりやがったな、ちくしょう!」とも言われてみたい。
 心底、庶民の側に立っていたいとの気持ちでやってきたが、全世界を敵にまわしたい欲望にもかられる今日この頃である。>

<なぜみんな、こぞってSNSにはまるのか。
 一九五九年生まれの社会学者、宮台真司さんは『朝日新聞』(二〇一七年一二月七日)に「『空虚な承認』わきまえて」というタイトルで、インタビューに答えている。
「『インスタ映え』の現象は、社会からの承認が欲しいのに得られない、という不安の埋め合わせです」、なぜなら、「社会の承認のベースとなる、仲間がいないから」だ、と。
 学生たちは、「けんかもしないし、本音もいわない。表面的な、損得勘定のつきあいです。それでは仲間はできない」と厳しい。
 だから、「不特定多数から『いいね』を募れるフェイスブックやインスタグラムは、埋め合わせとして都合がいい」と。
 稀代(きだい)の社会学者の鋭い分析である。
 果たして、これは若者たちだけの現象であろうか?>
(中略)
 この社会に座席がないのは、若者ばかりではないように思う。
 しかし、他人の評価(いいね!)がすぐに、跳ね返ってきて、社会の中でどれだけの濃度で自分が存在しているかを計測しているのは、「空虚な承認」を求める若者たちや銀杏並木に集まってくる人々だけなのか。
 冷たい汗が腋(わき)をつたった。
 私の商売は何か。「いいね!」を一番に欲しているのは、テレビの視聴率、己の評判、自分の評価を人の手にゆだねているのは誰だ。
(中略)
 私のような中途半端な芸人が生き延びてこられたのは、インスタグラムなどのSNSが今のように浸透していなかったからなのかもしれない。
 まったくネットによってあやうく自分の存在まで疑ってしまうようで怖い。しかし、それが現代の一側面でもあるのだ。
 一方、ブロガーで作家、一九八六年生まれのはあちゅうさんは、宮台さんと同じインタビュー記事内で「生き方にもつなげる世代」のタイトルで、まったく別の見方をしている。
「若い人たちには、ネットがリアルと同じか、それ以上に大事」だという。
「リアルのコミュニケーションしかなかった時代と違って、ネットを通じて、友達の新たな一面を知ることもできる」、と「むしろネットのほうがよりリアル」だと話す。
「私のツイッターには、16万人のフォロワーがいます。実物の私に会ったことがある人は少なくても、16万人の人たちが毎日どこかで、私のツイートを目にしている」と続く。
 私たちは「日常生活でもネットとリアルを何度も行き来してますよね」という。
 確かにそうだ。>

<ある作家が、
「ジャーナリズムとは、報じられたくないことを報じることだ。それ以外のものは広報にすぎない」
 という言葉を残している。
 メディアには、その責任がある。そして、私たち市民も同じである。>

<年寄りが泣くのはなにも涙もろくなったからではない。若い時には想像することのできなかった、新しい感情を手に入れたからだ。>

<人にはみな寿命があるのだろう。与えられた命、自ら絶つような真似はしてはならない。歌手の山崎ハコは大病を患い、生死の境をさまよった。
 そのことを私に告げ、なおも言葉をつないだ。
「大竹さん、知ってる、朝起きるとね、息をしてるの。大竹さん、人間は息をしているだけで、楽しいのヨ」>

<私はどこにもくみする者ではない。
 与党や野党、そして時の政府にもである。
 自由に発言できる場所、好きな音楽を楽しみ、本を読み、演劇を鑑賞する。そして、差別を嫌う。
 憎むべきは、硬直化したシステムである。そして、一極に権力が集中しすぎている、政治のあり方である。
 長い時間がかかる。
 その長い時間は我々の成長のためにあると言ってもよい。
 無駄にしないことだ。>

<吠えろ若者ヨ、悩むこともあり、落ちこむこともあろう。
 しかし、ダメな大人の言葉などに耳を貸さぬが良い。仕出かした不始末にクヨクヨするな。思いもよらぬところに活路がある。
 近道を選ぶな。近道はただ単に近いだけだ。
 まずいパンを食べろ。まずいラーメンを啜(すす)れ。なぜと聞くな。
 読めない本を読め。三ページで諦めるな。これで私は何度失敗したのか。
 あの時、読んでいれば、わからなくても読み返していれば、もっと豊かに暮らせたかもしれない。サリンジャー、大江健三郎、ドストエフスキー。
 頑固になるな。頑固はそこで考えをやめてしまった私のような人のことだ。
 この頑固者が!
 最低一回は振られろ。相手は男でも女でもどっちでも良い。私の場合は女だった。振られなければ人は馬鹿になる。振られて初めて人になる。
 変態になれ。奇人になれ。群れから抜け出せ。
 遊ぶ。とにかく遊ぶ。遊び呆(ほう)けていれば、自分が何をすべきかみえてくる。
 間違えたら謝る。ちゃんと謝る。若い頃、酒の席だったか忘れたが、大阪で月亭可朝さんに、
「あんたはんも、それで謝ることができたら、ええのになあ」
 と言われた。
 酒は飲めても、飲めなくても良い。私は下戸だ。
 そして、私のようなダメな大人の言うことなど、一切聞いてはいけない。>

 このあたりで、オシマイにしておく(^^ゞ。


<今日のお薦め本>
『俺たちはどう生きるか』 大竹まこと 著、集英社新書、886円、19.07.22. 第一刷発行
 本書は、『青春と読書』(集英社)に連載された「平成消しずみクラブ」に加筆・修正されたものだそうです。

俺たちはどう生きるか (集英社新書)
俺たちはどう生きるか (集英社新書)

<後記>大竹さんはバカ親父より2歳下ですが、同じ団塊の世代です。
 昭和22~24年の団塊の世代は、年間270万人ほどが生まれました。現在生まれる子どもは年間100万人ほどですから、約2.5倍以上生まれていたことになります。
 ちょっと信じられないような数ですが、多かっただけにいろんな人間がいます(^^)/。
 優秀な人間も多いでしょうが、はみ出し者も多いような気がします。それだけ多様性があったとも言えます(^^ゞ。
 大竹さんもバカ親父も、そんなはみ出し者のひとりでしょう。
 競争が激しく、はみ出してバカなことをいろいろやったり、いろいろ揉まれてもきました。
 そんな団塊世代の男がジジィになって思ったこと、考えたことがとりとめもなく綴られています。
 面白いと言えば面白いし、詰まらないと言えば詰まらない(^^)/。
 でも、何か感じるところがあるんじゃないでしょうか。
 興味のある方は、読んでみてください(^^ゞ。

 今日(22日)は朝からどんよりとした曇りの一日でした。
 日中は、テレビをダラダラと観ていました(^^ゞ。
 夕方4時少し前に、カミさんとSORAを獣医のところに連れていきました。
 このところ、SORAが鼻づらを掻いたり、ちょっと赤くなっていた脚の裏を舐めていたので、アレルギーが出てきたのではないかと思ったのです。
 弱い霧雨が降ってきたので、傘を持って出ました。

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 玄関のところに、まだランタナが咲いていました。

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 東の東京湾のほうは、濃い霧で見通しが悪かったです。

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 獣医のところで診てもらうと、SORAのアレルギーは軽いもので、3日分のかゆみ止めを処方されました。
 いつもの公園に行くことにしました。
 雨粒が大きくなってきたので、傘を差しました。

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 途中の小さな公園に行くと、SORAが急に駆け始めました。大トイレをしたかったようです(^^)/。

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 木の枝にキジバトのカップルが止まっていました(^^ゞ。

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 公園を斜めに上っていきました。

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 原っぱに出ました。

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 トイレに行きたくなったので、公園事務所隣のトイレに入りました(^^ゞ。

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 もうだいぶ歩いたので、公園を回るのは止めにして、帰ることにしました(^^)/。

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 SORAは昨日と同じように、この高いところを歩いていきます(^^ゞ。

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 カラスが何かを探しているようでした(^^ゞ。

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 明日(23日)の横浜の南の端っこの天気は、早朝に激しい雨や雷雨になり、日中は曇りがちですがにわか雨が降るかもしれません。

この記事へのコメント

カラス
2019年07月23日 10:22
こんにちは。
大竹さんのエッセイ集は、先日、テレビ番組の中でご自分で紹介していましたね。興味があるのですが、図書館に並ぶようになるかわかりません。(ˊ̥̥̥̥̥ ³ ˋ̥̥̥̥̥)
お若い頃は、血の気が多い芸風(キャラクター)で売っていたようですが、なかなかのインテリ紳士であるらしい。
チコちゃんに出演されている時は、イイ人だとイジられ、半分テレていらっしゃる姿が好きです。
こんなオジサンに愛がある説教をされてみたいと少し思うオバサンさんです。
遊哉
2019年07月23日 11:35
☆ カラスさん、こんにちは♪
 この本を、本人がテレビで紹介していましたか。売れて読む人が増えれば、図書館でも購入するかもしれませんね(^^ゞ。
 大竹さんは昔の「シティボーイズ」の頃がとても面白かったです。最近はあまり見ていませんが、「ビートたけしのTVタックル」での発言もなかなか愉快です(^^ゞ。
 チコちゃんは見ていませんが、出ているんですね。過激なことも言いますが、根はとても優しい人なんだと思います。
 この本で、異性に振られることが大事だと書いていますが、裏を返せば人を愛することが大切なんだと言っているような気がします。
 団塊世代のシャイなところが、よく現れている人なんじゃないでしょうか(^^ゞ。彼に説教される機会があるといいですね(^^)/。
2019年07月31日 02:12
遊哉さんちのランタナは たくさん咲いてますね。いいなあ(^O^)
うちのは1株しか生き残ってないので、花も数えるほどです。
あの丸っこいフォルムがまたかわいいんですよね(*^_^*)

ネット上の付き合いなんて空虚だ、人付き合いは じかに会って
こそのものだ、っていう意見をよく聞くけれど。
どちらにも それぞれ良さがあるし、人それぞれですよね。
じかに会ったところで、っていうか長いあいだの付き合いでも、
人の本質なんて案外わからなかったりするもんだし。。。

遊哉
2019年07月31日 08:43
☆ キーブーさん、雑草だらけのうちの庭ですが、ランタナは健気に毎年咲いてくれます(^^)/。
 ランタナは、小さい花がドーム型にきちんと咲いてくれるのがかわいいですね(^^ゞ。

 引きこもりのバカ親父にとっては、このブログが唯一の人との交流の場かもしれません(^^ゞ。
 でも、以前は他の方のブログにコメントを入れていたのが、このごろは自分のところにいただいたコメントに返コメをするだけになってしまいました(^^)/。
 コメントをいただくととても嬉しいし、返コメも楽しくやっているのに、他の方のところにコメントすることにはエネルギーがなくなりました。困ったものです(^^)/。
 人の本質というのは実際に会ったほうがよくわかりそうなものですが、会うことによってごまかされる面もありそうです(^^ゞ。ブログというのは、長い間読んでいると、その人の本質が意外と現れるもののような気がします。
 そんなところを、これからも楽しんでいこうと思っています(^^)/。