『神戸・続神戸』



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          〔夕散歩の帰りに昇ってきた月〕

 俳人の西東三鬼(さいとう さんき)さんが、第二次大戦下の神戸トーアロードにあった奇妙なホテルの住人たちを描く私小説というか回想記『神戸・続神戸』を紹介する。

 まず、西東三鬼さんについてカバー裏から紹介しておく。

<(1900-1962)岡山県生れ。日本歯科医専卒業後、シンガポールにて歯科医院を開業。帰国後、33歳で俳句を始め、新興俳句運動に力を注ぐ。1940(昭和15)年、いわゆる「京大俳句事件」で検挙される。'42年に神戸に転居。終戦後に現代俳句協会を創設。一時、雑誌「俳句」の編集長も務めた。句集に『旗』『夜の桃』『変身』など。自伝的作品『神戸・続神戸・俳愚伝』でも高い評価を得る。>

 本書は、2000年5月に刊行された『神戸・続神戸・俳愚伝』(講談社文芸文庫)が底本になっているということである。

 実は、本屋でこの本を見かけて気にはなっていた……
 そんなとき、穂村弘さんが『週刊文春』(8月1日号)の「私の読書日記」に次のように書いていたのが目に留まった。


<×月×日

『神戸・続神戸』を見つけて反射的に買ってしまった。実家には単行本も前の文庫本もあるのに。アウトサイダーの輝きという点において、この作品は阿佐田哲也の『麻雀放浪記』と並ぶ傑作だと思う。
 本書は「水枕ガバリと寒い海がある」「おそるべき君等の乳房夏来る」「広島や卵食う時口ひらく」などの句で知られる俳人西東三鬼による私小説である。
 舞台となるのは戦時下の神戸はトーアロードに建つ「ハキダメホテル」だ。「東京の何もかもから脱走」した「私」は、雑多な人種の集まるこの怪しい国際ホテルの住人となる。破天荒なアウトサイダー同士の交流の面白さ、そして奇妙な優しさ。ぼろぼろの魂たちが行き交う世界が裏返しのユートピアに見えてくる。
 そんなトーアロードを歩いてみたくて神戸に行ったことがある。でも、痕跡は見つけられなかった。私が憧れたのは鬼才三鬼の魔性の筆が生み出した幻の街だったのだろう。

炎天を遠く遠く来て豚の前>


 なかなか面白そうだ。ということで、手に入れて読んでみることにしたのである(^^ゞ。
 次のような話が収められている。

〇 神戸
 第一話 奇妙なエジプト人の話
 第二話 波子という女
 第三話 勇敢なる水兵と台湾人
 第四話 黒パンと死
 第五話 月下氷人
 第六話 ドイツ・シェパード
 第七話 自動車旅行
 第八話 トリメの紳士
 第九話 鱶(ふか)の湯びき
 第十話 猫きちがいのコキュ

〇 続神戸
 第一話 マダムのこと
 第二話 三人の娘さん達
 第三話 再び俳句へ
 第四話 サイレンを鳴らす話
 第五話 流々転々

 何か所か引用・紹介してみることにする。


 昭和17年の冬、“東京の何もかも”から脱走した私は、約1年半、神戸トーアロードにあった奇妙なホテルに寄宿することになった。 

<私はその後、空襲が始まるまで、そのホテルの長期滞在客であったが、同宿の人々も、根が生えたようにそのホテルに居据わっていた。彼、あるいは彼女等の国籍は、日本が十二人、白系ロシア女一人、トルコタタール夫婦一組、エジプト男一人、台湾男一人、朝鮮女一人であった。十二人の日本人の中、男は私の他に中年の病院長が一人で、あとの十人はバーのマダムか、そこに働いている女であった。彼女等は、停泊中の、ドイツの潜水艦や貨物船の乗組員が持ち込んで来る、缶詰や黒パンを食って生きていた。しかし、そのホテルに下宿している女達は、ホテルの自分の部屋に男を連れ込む事は絶対にしなかった。そういう事は「だらしがない」といわれ、仲間の軽蔑(けいべつ)を買うからである。
 その頃の私は商人であった。しかし、同宿の人達は、外人までが(ドイツの水兵達も)私を「センセイ」と呼んでいた。(中略)
 彼女達は「センセイ」の部屋へ、種々雑多な身辺の問題を持ち込んで来たし、県庁の外事課に睨(にら)まれている外人達は、戦時の微妙な身辺上の問題を持ち込んで来た。>


<神戸トーアロードの奇妙なホテルに居を定めた私は、一ヵ月も経(た)たないのに、一人の女と一夜を共に過ごし、それが発端で、戦争が終って日本が被占領国になってもまだ結末がつかず、とうとう前後四年間一緒に暮したのであった。
 その四年間の、彼女とのおつきあいは、戦争を別にしても、私の精神を擦(す)りへらす歳月であった。
 私は運命論者ではないが、戦争をしている国の人間は、誰でも少しずつ神秘的な精神状態になるのではあるまいか。波子という女との邂逅(かいこう)は、どうも何者かが彼女をぶら下げて来て、私の前にドサリと落したように思われてならないのだ。
 しかし、苦労したといっても、東京の過去から逃げ出した私は、戦時とも思えない神戸の、コスモポリタンが沈澱(ちんでん)しているホテルに落ちつき、全身で何か新しい人生の出来事を期待していたのだから、女と遭ってからの苦労は、自ら買って出たものにちがいなかった。私は一夜おせっかいの種を播(ま)いたばかりに、その後の四年間、雑草のような苦労を刈り取らねばならなかった。>


<私は「神戸」の話を既に八回書き、これからも書くのだが、何のために書くのか、実はよく判(わか)らないのである。読者を娯(たの)しませるためなら、事実だけを記録しないで、大いにフィクションを用いるだろう。しかし、頑強に事実だけを羅列していたところをみると、目的は読者の一微笑を博したいのでもないらしい。しからば稿料であるのか。残念ながら「神戸」一篇の稿料は、毎回の徹夜を意に介しないほどの魅力を持たない。
 かくして、ようやくおぼろげながら判って来た執筆の目的は、私という人間の阿呆さを公開する事にあるらしいのである。だから、私のくだくだしい話の数々は、何人(なんびと)のためのものでもなく、私にとっても恥を後世に残すだけの代物(しろもの)である。しかし私は、私が事に当るたびに痛感する阿呆さ加減を、かくす所なくさらけ出しておきたいのである。
 私はワイルドも、ルソーも、芥川龍之介も、懺悔録(ざんげろく)に関する限り信用しない。信用はしないが、彼等がそれを書いた気持、書こうとした気持だけはよく判る。誰よりも判るといいたい位に判るのである。>


<私が東京から遁走したのは、九州から帰った年の冬であった。
 東京からといっても、実際は東京の私の「阿呆」から逃げたかったのだと――これは神戸に着くと再び始まった阿呆な行状に、われながら呆(あき)れてから気がついたのである。
 つまり、どこまで逃げてみても、私は私から逃げられない事に、神戸に来てから少しずつ気がついたのである。

   逃げて軍鶏(しゃも)に西日がべたべたと

という写生句を播州(ばんしゅう)で作ったのは、戦争が終ってからであった。>


 ホテルの止宿人たちについて、

<彼等や彼女等は、戦時色というエタイの知れない暴力に最後まで抵抗した。エジプト人、トルコタタール人、白系ロシア人、朝鮮人、台湾人そして日本娘達の共通の信仰は「自由を我等に」であった。だから彼等はそのハキダメホテルで極めて行儀が悪かった。そして奇妙な事には、一様にプライドが高かった。奇妙といったのは、これらの外国人達はいずれも国法にすれすれに触れる商売をしていたのだし、女達は夜更(よふ)け、酒場の客をくわえ出して、このホテルは勿論、あちこちのホテルに沈没して稼いでいたからである。>


 戦後も神戸に留まっていた私は、英語を話せたので進駐軍の仕事をすることになった。接収した建物の水道工事や修理工事のコーディネートである。
 ある時、江田島の濠州軍から出張命令が来て、軍が運航していた呉と江田島間のランチのエンジン修理をした。
 故障はあっけなく終わり、帰ろうとしていた時の話である。敗戦の翌年、昭和21年の秋のことである。

<仕事が終って、広島で乗り換えて神戸に帰ることになり、私は荒れはてた広島の駅から、一人夜の街の方に出た。
 曇った空には月も星もなく、まっくらな地上には、どこからかしめった秋風が吹いてくる。手さぐりのように歩いている私の傍に、女の白い顔が近づき、一こと二こと何かいう。唇がまっくろいのは、紅が濃いのであろう。だまっていると「フン」といって離れてゆく。私は路傍の石に腰かけ、うで卵を取り出し、ゆっくりと皮をむく。不意にツルリとなめらかな卵の肌が現われる。白熱一閃(いっせん)、街中の人間の皮膚がズルリとむけた街の一角、暗い暗い夜、風の中で、私はうで卵を食うために、初めて口を開く。

   広島や卵食う時口ひらく

という句が頭の中に現われる。
 私の前を、うなだれた馬が通る。くらやみの中の私に気がついたのか「フーッ」と鼻息を立てる。それはほんとうに馬であるか。
 風が、遠くの方から吹いてくる。人の嗚咽(おえつ)のように細い。去年の夏、この腰かけている石は火になった。信じ難い程の大量殺人があった。生き残った人々は列をなして、ぞろりぞろり、ぞろりぞろり、腕から皮膚をぶらさげて歩いた。
 そのひきずった足音が、今も向こうから近づく。ぞろりぞろり、ぞろりぞろりと。
 私はくらやみに立ち上る。一歩あるいて、立ったままの松の骸(むくろ)につき当る。どこかで、水の音がするのは、水道の鉛管がやぶれているのだろう。のどがカラカラに渇いていることに気がつく。月もなく、星もなく、何もない。あるのは暗い夜だけだ。人間は人間を殺すために、あんなものを創(つく)り出した。そして私もその人間という名の動物なのだ。
「ニヒリズム」と心中につぶやいて、おなじ心中で冷笑する。そんな感情はここにはない。アメリカでも、イギリスでも、ソ連でも、日本でもなく、そのすべての人間の悪が、私を締め木にかけて、しぼり上げる。
 広島の駅で深夜の汽車に乗り、私は神戸に帰った。太陽があり、秋の色の山があり、深い海があり、人々が立って歩いている神戸が、昨夜見た広島と地つづきだとは、どうしても思えなかった。>


 これくらいでオシマイにしておくが、最後にもうひとりの書評を紹介しておくことにする。
 朝日新聞(7月28日)の書評欄に載っていた、「堀部篤史が薦める 文庫 この新刊!」である。(堀部さんは書店「誠光社」の店主)

<東京でのしがらみから逃れ、俳人西東三鬼がたどり着いたのは戦時下の魔都神戸。バーで働く女性の後をついて歩きたどり着いたトーアロード沿いの魔窟のようなホテルに住まい、そこで暮らす国際色豊かな住人たちとの交流を綴(つづ)った回想記。淡々とした筆致と、型破りなエピソードとの対比が可笑(おか)しみを誘い、怪しげな商売をする外国人も、身一つでタフに生きる女たちも、分け隔てなく接する優しさが沁(し)みる。何よりも、簡単に人が死に、食うために手段を選ぶ余地のない戦時下において、自由を尊重するため「彼等(かれら)はそのハキダメホテルで極めて行儀が悪かった」という、混沌(こんとん)の中の生命力に心揺さぶられた。酒を飲めば酔う。酔えば世界が混沌として見える。そんな中で飛び出す言葉には、センス・オブ・ワンダーが詰まっている。>


<今日のお薦め本>
『神戸・続神戸』 西東三鬼 著、新潮文庫、464円、19.07.01. 発行
神戸・続神戸 (新潮文庫)
神戸・続神戸 (新潮文庫)

<後記>本当の話? と思わされる、虚実入り交じった(?)おもしろい話が満載の私小説というか回想記です(^^)/。
 新興俳句の鬼才といわれる西東三鬼さんの魂と、港町神戸の死と隣り合わせながらも祝祭的だった日々が化学反応を起こして生まれた、魔術のような話の数々です。
 解説を書いている作家の森見登美彦さんによれば、
<戦時下の神戸において、強烈な人間たちがどのように生きたか、それらが断片的に描かれていくだけだ。しかしだからこそ、人間の姿としか言えないものが、ユーモアや迫力を帯びて浮き彫りにされていく。ここには『千一夜物語』に通じる感覚がある。>
ということです。
 人間への見捨てることができない愛情が溢れた物語が詰まっています(^^ゞ。
 よかったら是非、お読みください。


 今日(14日)の天気予報は大外れでした(^^ゞ。
 昨日の予報では雨ときどき曇りというようなものでしたが、2度ほどにわか雨が降ったものの陽射しがよく届きました。
 日中はテレビを観たり本を読んだり、居眠りをしていました。
 夕方の散歩に出たのは4時45分くらいでした。
 公園を斜めに上っていきます。

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 小さな白い雲がたくさん、南風に乗って北の方に流れています。

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 陽射しは強い。
 原っぱに出てウロウロしていきました。

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 SORAはテニスコート脇を上っていきましたが、すぐに大トイレをしたので、原っぱに戻ることにしました(^^ゞ。

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 ウロウロしながらベンチに向かいました。

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 北東の空に見えた、青虫というかカイコの幼虫のような雲(^^)/。

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 すぐに落日になりそうです。

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 SORAはクネクネスリスリをしてから、ハアハアしながらしばらく休みました。

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 SORAはベンチに座ってもハアハアしていました(^^ゞ。

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 薄明光線が夕日の左側に出てきました。

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 さっきの北東の雲が時々刻々と形を変えていきます。

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 SORAが立ち上がって遠くのワンコを見ていました(^^ゞ。

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 そのあとは、またマッタリしました。

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 薄明光線がきれいに放射状に出ました(^^)/。

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 北東の雲がまた形を変えていきます。

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 夕日が沈んだあとに、昨日と同じような光に縁どられた雲がありました。

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 小さな灰色雲が北の方に流れています。

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 北東の雲がこんな形になっていました(^^ゞ。

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 SORAはのんびりマッタリ(^^ゞ。

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 小雲(^^ゞ。
 帰ることにしました。

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 桜並木を下りて帰ることにしました。

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 帰り道で、やっと上ってきた月が見えました。最初の写真もそうですが、明日(15日)が満月なので、ほとんど真ん丸です(^^ゞ。

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 明日(15日)の横浜の南の端っこの天気は、雲間から陽射しが届くこともありますが、急な雨や雷雨になりそうです。
 湿度が高くムシムシとした暑さになるようです。
 台風10号には、十分お気をつけください。

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