日本の文化を見直す
昨日の朝日新聞朝刊に、法政大学教授の王敏(ワン・ミン)という中国の方が、日本文化について面白いことを書いていて、教えられることが多かった。「時流自論」という欄に「日本の秘められた文化力」というタイトルで日本の文化の素晴らしさ・特徴、そして期待について書いている。
少し長くなるかもしれないが、その中からいくつか拾ってみたい。
日本語の特質について、こんなことを書いている。
<アクセントや抑揚がなくても意思を伝達してしまう日本語は、高音を発する中国語の世界からみれば、静かな語の響きが魅力に映る。日本を訪れた中国観光客に日本の第一印象を聞いたら、「日本では道路でも室内でも、生活の音がすべて小さい。会話の日本語もささやきみたいに聞こえる」。体験して初めて分かったようだ。>
また、文化大革命のころに、日本語を学び始めた彼女は、周りにびくびくしながら布団の中で、日本の短波放送を聞いていたという。そこで感じたことがあるという。
<耳をそばだてると、「ふるさと」や「さくらさくら」のメロディーが、せせらぎのような「和み」となって心に沁み込んできた。それは、私の日本文化の原点にもなっている。>
彼女は82年、国費留学生として来日するのだが、そのときのエピソードと、日本の文化に対する思いが綴られている。
<あれは、日本に来たばかりのことだった。私は郵便局でハサミを借りた。その時、局員は刃のほうを私に向かないように渡してくれた。以来、ささいなことにも気配りをする日本人の習慣化された生活文化に目ざとくなった。言語、歌曲、ファッション、文学。それぞれが絡み合って日本文化の魅力になっていると思われる。そこには、論理的な言葉で表現できない優しさ、すなおさ、透明な純朴さがあるのではないか。
壮大な理念思考の中国文化に比べれば、日本文化にはこじんまりまとまろうとする美意識の中に、しとしとと降る小雨のようなパワーが秘められていると思う。この美の心はもっと見直されていい。
政治や外交できしみ合ったり、歴史を教訓にできない愚考を繰り返したりしている今の世界では、決して背伸びをしない文化力こそ、平和のキーワードになるのではないだろうか。>
今の日本に、彼女の言うような日本文化の美点がどれだけ残されているのか、と考えると、ちょっと褒めすぎではないかとも思ってしまうようなところもある。でも、今でもそのよさが少なくなっているにしても、残っていることは確かである。
敗戦後、日本は西欧、特に米国に憧れを持ち、米国の文化が一番で、それを真似することに汲々とし、日本の本来の文化をないがしろにしてきた感が否めない。王敏さんが書いたことを読むと、なるほど日本の文化とはすばらしい要素をもっていたんだと、気づかされる。
日本の文化のマイナス面だと思っていたことが、「いえ、その面こそがすばらしい美点であり、豊かさなんですよ」と、教えられた思いがするのである。
<後記>娘二人には、ハサミやナイフを人に渡す時に、持ち手を相手に向けて出すように教えたつもりですが、ちゃんと身につけているか確信がもてなくなってしまいました。今度会ったら、確かめてみます。
電車の中などで、大声で話している人を見ると、なんでそんなに大声を出さなきゃいけないの?! と言いたくなります。自分を主張することも大事ですが、日本人の慎み深さのようなものを、見直してもいいのかもしれません。
「決して背伸びをしない文化力こそ、平和のキーワードになるのではないだろうか」という王敏さんの最後の言葉は、よく考えてみる必要がありそうです。
* 王敏さんの、以下のような本もあります。
日中2000年の不理解―異なる文化「基層」を探る (朝日新書)
少し長くなるかもしれないが、その中からいくつか拾ってみたい。
日本語の特質について、こんなことを書いている。
<アクセントや抑揚がなくても意思を伝達してしまう日本語は、高音を発する中国語の世界からみれば、静かな語の響きが魅力に映る。日本を訪れた中国観光客に日本の第一印象を聞いたら、「日本では道路でも室内でも、生活の音がすべて小さい。会話の日本語もささやきみたいに聞こえる」。体験して初めて分かったようだ。>
また、文化大革命のころに、日本語を学び始めた彼女は、周りにびくびくしながら布団の中で、日本の短波放送を聞いていたという。そこで感じたことがあるという。
<耳をそばだてると、「ふるさと」や「さくらさくら」のメロディーが、せせらぎのような「和み」となって心に沁み込んできた。それは、私の日本文化の原点にもなっている。>
彼女は82年、国費留学生として来日するのだが、そのときのエピソードと、日本の文化に対する思いが綴られている。
<あれは、日本に来たばかりのことだった。私は郵便局でハサミを借りた。その時、局員は刃のほうを私に向かないように渡してくれた。以来、ささいなことにも気配りをする日本人の習慣化された生活文化に目ざとくなった。言語、歌曲、ファッション、文学。それぞれが絡み合って日本文化の魅力になっていると思われる。そこには、論理的な言葉で表現できない優しさ、すなおさ、透明な純朴さがあるのではないか。
壮大な理念思考の中国文化に比べれば、日本文化にはこじんまりまとまろうとする美意識の中に、しとしとと降る小雨のようなパワーが秘められていると思う。この美の心はもっと見直されていい。
政治や外交できしみ合ったり、歴史を教訓にできない愚考を繰り返したりしている今の世界では、決して背伸びをしない文化力こそ、平和のキーワードになるのではないだろうか。>
今の日本に、彼女の言うような日本文化の美点がどれだけ残されているのか、と考えると、ちょっと褒めすぎではないかとも思ってしまうようなところもある。でも、今でもそのよさが少なくなっているにしても、残っていることは確かである。
敗戦後、日本は西欧、特に米国に憧れを持ち、米国の文化が一番で、それを真似することに汲々とし、日本の本来の文化をないがしろにしてきた感が否めない。王敏さんが書いたことを読むと、なるほど日本の文化とはすばらしい要素をもっていたんだと、気づかされる。
日本の文化のマイナス面だと思っていたことが、「いえ、その面こそがすばらしい美点であり、豊かさなんですよ」と、教えられた思いがするのである。
<後記>娘二人には、ハサミやナイフを人に渡す時に、持ち手を相手に向けて出すように教えたつもりですが、ちゃんと身につけているか確信がもてなくなってしまいました。今度会ったら、確かめてみます。
電車の中などで、大声で話している人を見ると、なんでそんなに大声を出さなきゃいけないの?! と言いたくなります。自分を主張することも大事ですが、日本人の慎み深さのようなものを、見直してもいいのかもしれません。
「決して背伸びをしない文化力こそ、平和のキーワードになるのではないだろうか」という王敏さんの最後の言葉は、よく考えてみる必要がありそうです。
* 王敏さんの、以下のような本もあります。
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