『ひとりの夜を短歌とあそぼう』

 短歌に関する本の紹介である。といっても、堅苦しい内容の本ではない。

 穂村 弘、東 直子、沢田康彦という3人の共著である。というか、対談集のようなものである。
 沢田さんは書籍や雑誌の編集者で、映画プロデューサーでもあるのだが、「猫又」という短歌同人も主宰している。
 同人には女優や漫画家など異業種の人たちが集まっており、その短歌作品を歌人の穂村 弘さんと東 直子さん、それに沢田さんが合評するというか鋭く斬っているのである。
 カバー裏の惹句には「10代から80代までの画期的短歌入門書」、帯では「抱腹絶倒短歌トーク」となっている。
 気楽に読みながら、短歌の勉強もできる本なのである(^^ゞ。
 
 嫉妬/べたべた/えらぶ/芽キャベツ/空・海/自慢する/夏の思い出
 というテーマで同人が詠んだ短歌を、穂村さんと東さんが◎○△(優良可)の評価をつけ、3人が斬るという内容である。印のない歌も、もちろんある。
 興味のある歌を2首選んで紹介してみる。


 まずは、テーマ「えらぶ」から。

 動物屋えらばれぬ子のあし・て・はな・みみ・お・目を見てはならぬ
            穂村○ 東  (那波かおり 41歳・英米文学翻訳家)

 これも残酷でコワい歌ですね。
穂村 この人の歌、三首あって、どれも「選ぶ」ということの恐怖をうまく表現しているんですよね。「動物屋」の歌の方は《羽虫》よりももっと時間を引き延ばしたコワさを書いてると思うんですけど、もしこれ疵というのか、直し方があるとすれば、ぼくだったら初句の《動物屋》をですね、たとえば「ガラス越し」とかにしますね。なぜかと言うと「ガラス越しえらばれぬ子」と来て、そのあと《あし・て・はな・みみ・》そして《お》というのが続きますね、この《お》で状況は完全に理解できると思うんですよ。「ガラス越しにえらばれぬ子」がいて、それがしっぽを持っているっていうのは、それだけで「動物屋」だってことが分かる。同時にこうすると、《お》に来るまでは状況が確定できないと思うんですよ。でも《動物屋》って初句で出しちゃうと、それでもう、先ほども言った5W1Hの大きな部分を示しすぎちゃうんですね。すると詩的な衝撃が薄れてしまう。だから、最初は「ガラス越し」くらいで状況の規定をもう少しあいまいにしたい、と。それからもうちょっと音数を整えられると思うんです。もうひとつどこかの体のパーツを三音で入れるか、あるいは《お》を「しっぽ」に代えるか、結句を「見てはいけない」にするか、何が最善か分からないんですけど、このままでは若干音数が足りない感じがしました。ただこの歌、わざわざ最後を《目》でしめるなど、かなり意識的に上手にできています。順番に体の各部をクローズアップしていって、最後に《目を見てはならぬ》でしめるなんていう技術は非常に高いですね。
 選ばれぬ者の悲しみが《目》に凝縮されてますね。生き物の形をまず眺めて、最後に直接感情にうったえてくるものに持っていく。映像的に非常にシャープです。
沢田 ねらいは当たった、って感じがします。ペットを一匹「選ぶ」ということは、それ以外のすべての《子》たちに死を宣告する行為である、と。一見可愛いペット屋さんの裏側の知ってはいけない事実。ちょっとわたくしゴトの蛇足ですが、昔ペットショップで子ネコを買ったことがあるんですよ。何匹かいるうちの当然いちばん器量よしの子を、それこそ「選」んだんです。そうしたらショップのおねえさんがですね。その子ネコをぎゅっと抱きしめて「よかったねえ、よかったねえ」って涙流して(笑)……それがとてもコワかったですねえ。本当に残りの子の《目》は見られなかったです。


 短歌を詠う(つくる)ときの言葉の選び方とか並べ方を教えてくれる例のひとつである。
 歌の内容としては、最初に東さんが“残酷でコワい歌”と言っているが、たしかにペットショップで売られている犬や猫を選んで買う、というのはとてもコワいことだと思う。
 沢田さんが言っている“それ以外のすべての《子》たちに死を宣告する行為である”というのは、ちょっと極端すぎるとは思うが、選ばれなくて売れ残った犬や猫がどうなるか? と思うと切なくなる。売れ残っていって、月日とともに値段が下がっていくのを見るのも嫌である。
 それ以前に、犬でいえば生まれて2か月くらいは母犬や兄弟犬といっしょに暮らし社会性を養うものだが、それを無視して1か月くらいで引き離し、売り買いするというのも嫌だしコワいことである。
 西欧ではちゃんとしたブリーダーから手に入れるのが常識らしいが、日本も早くそうなるといいと思う。
 話はちょっと逸れたが、この歌は、そんな「選ぶ」ということのコワさを詠った歌である。

 次は、テーマ「自慢する」から。

 二割方サドルにけつをつけたまま近所の坂を上まであがる
          穂村○ 東△ (えやろすみす 33歳・司法浪人)

穂村 これは最初、どこが自慢か一瞬わからなかったんだよね。よく読むと、つまり「十割《サドルにけつをつけたまま近所の坂を上まで》あがれる」のが一番偉いという価値観で、なぜなら脚力が強いから、情けないやつは全部腰を上げて立ち漕ぎしないと登れないという話で、でも《二割》ってそこから比べると大して強くないじゃんみたいな、これ八割方だとよりマジ自慢になって、《二割》じゃ大して強くないじゃん? っていうところがポイント。
沢田 すごい坂なんじゃないですか(笑)。伝説の坂。
穂村 そうね。《二割》でも大したもんだ、普通はとても《けつ》なんか一瞬もつけられないくらいの坂を、俺はけつを《二割》つけたまま登れるんだぜという自慢で、これもほぼ無意味な自慢ですね。先ほど話したように社会的な価値観に引っかからないところから言葉を持ってくるというのが短歌のポイントで、その理由は、社会的に合意のある価値はその人が死んだあとも残るんだよね、例えばその人は会社の社長でしたとか、この建物を建てた人ですとか、そういうものは残る。でも《二割方サドルにけつをつけたまま近所の坂を上まで》登った、ちょっぴり脚が強い人だったということはね、本人が自己申告しなければ絶対に残らない。しかしそれも生きていた証であり、我々は立派な業績だけのために生きているわけじゃないし、その業績がその人のすべてじゃないから。このしょうもなさ、あの子の唇はあんドーナツの味だったとかね、それをすくい上げるというのが重要なんです。この「自慢する」でね、マジで自分の肩書きはこれとこれとこれでとかやられたら、すごい引くわけですよね。でも、みんなちゃんとわかっていて、その逆をついてますね。ここで求められているのは、自分が死んだら誰も知らなくなるようなものだと。「好きになり過ぎた」って言ってくれた声とかね。《けつをつけたまま》っていう言い方も、よりはかないというか、よりしょうもない方に持っていけばいくほど、一首としての価値は輝く。
 穂村さんの歌に、

 「自転車のサドルを高く上げるのが夏をむかえる準備のすべて」  穂村弘

 というのがあるんですけど、こんなふうに、《自転車のサドル》でカッコいい歌ができちゃうんですよね。えやろすみすさんの歌も《けつ》っていう一語がなかったらカッコよくなっちゃうところだけど、そこにわざと乱暴な言葉を入れて自分の自虐性を保とうとした心意気を感じたりします。「けつ」「つけた」とか言葉の跳ね方に勢いがあって、そういう点でもよかったと思います。


 この歌では、短歌というものの性格のひとつを教えてくれていると思う。
 詠う人それぞれの感性(価値観)で詠うことが大事だということを、穂村さんは言っているんじゃないか。
 東さんが言う“そこにわざと乱暴な言葉を入れて自分の自虐性を保とうとした心意気”というのも、同じことを言っていると思う。
 “「けつ」「つけた」とか言葉の跳ね方に勢いがあって”というのも面白いし、活き活きとした歌を詠うには言葉を選ぶことの大切さを教えてくれる。

 この本は、こんなふうに短歌の詠み方の教科書としても読めるし、短歌がどういうものかを知る目的でも読めるなど、いろんな読み方ができる。3人の会話を気楽に読んでいるだけでも楽しめる。
 「文庫版あとがき」は穂村さんが書いているのだが、こんなことを言っている。全文を載せてみる。

<今回の文庫化にあたって全体を読み返してみて、懐かしい気持ちになった。
 あったなあ、こんな歌。
 あ、こんな歌も。
 なかには、その一首がまさに生まれた現場に立ち会ったものもある。
 それから、沢田さん、東さんと一緒に話し合ったときのこと。
 みんなの作品を前にして、あーだ、こーだと真剣に云い合うのは楽しかった。
 あれからずいぶん時間が経った。
 参加者のなかには身の回りの環境が大きく変わった人もいる。
 でも、と思う。
 それは人間の側の感覚に過ぎないとも云える。
 時間は止まらない。
 今、今、今、今、と流れ続ける。
 やがては本書に関わった全員が地上から消えてしまうだろう。
 しかし、歌は残る。
 歌だけが残るのだ。
 或る日、或る時、或る場所で確かに生きていた<私>の「今」を閉じ込めた魔法の器として。
 一首の短歌を読むとき、そこに収められた時間と思いが、まるで解凍されたかのように束の間甦る。
 例えば、こんな歌。

  芽キャベツも靄でしっとり緑色おやすみなさいいつも寂しい

 寂しかった<私>も、寂しくさせたあなたも、慰めてくれた友達も、同時代を生きた全ての人々が消え去ったあとも、「おやすみなさいいつも寂しい」という思いは時を超えて響き続けるのだ。
 本書を開いて、さまざまな永遠たちに触れて貰えたら嬉しいです。>

 “さまざまな永遠たちに”触れられる本でもあるのだ(^^ゞ。
 さて、あと少しだけ。ちょっと面白い歌(?)の中からいくつか紹介しておく。

 「ごめんね」とべたべた詫びるこの女 口が臭くて髭が生えてる
                 (木下いづみ 39歳・絵本作家)

 遠浅の海で夢中の潮干狩りふと気がつくと父が見えない
                 (梅田ゆに子 37歳・会社員)

 今からはわたしとあなたの秘密です海で三回死にかけました
                 (那波かおり 41歳・英米文学翻訳家)

 私かて声かけられた事あるねんで(気色の悪い人やったけど)
                 (板根みどり 40歳・主婦)

 あっちゃんの止まらぬ鼻血怖くなり逃げ出したんだ 蝉が鳴いてた
                                 (後藤泡彦)

 日暮里の駅前で飲んだ青いラムネ鼻につんときてこんちくしょうだ
                 (伊藤守 51歳・会社経営者)) 


<今日のお薦め本>
『ひとりの夜を短歌とあそぼう』 穂村 弘、東 直子、沢田康彦 著、角川ソフィア文庫、700円、12.01.25. 初版発行
 この本は、2000年4月に、本の雑誌社から刊行された『短歌はプロに訊け!』を改題し、再編集したものだそうです。「自慢する」と「夏の思い出」は、単行本では未収録。

<後記>ひとつのテーマで、いろんな職業や年代の人たちが読んだ歌というのも、それぞれの違いというか特色があって面白かったです。
 それに対して、穂村、東、沢田という3人が時には辛辣に、時には温かくそれぞれの歌を斬っているのが面白かったです(^^ゞ。
 短歌なんてどうも苦手だという方にも読めるし、楽しみながら短歌に親しみが湧くかもしれません。湧かないかもしれませんが(~_~)。

 昨日の夕景と夕空です。

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 今朝は気温は低かったですが快晴で陽射しが強くて、歩いているとポカポカしてきました(~_~)。

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ひとりの夜を短歌とあそぼう (角川ソフィア文庫)
角川学芸出版
2012-01-25
穂村 弘

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