団塊バカ親父の散歩話

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zoom RSS 『象のブランコ ― とうちゃんと』

<<   作成日時 : 2006/08/06 20:50   >>

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画像 詩人の工藤直子さんのエッセイ『象のブランコ ― とうちゃんと』の紹介である。工藤さんは1935年、台湾に生まれ、コピーライターを経て詩人となる。83年の詩集『てつがくのライオン』で日本児童文学者協会新人賞など、受賞歴は多数ある。詩集や童話のほか、絵本やエッセイの仕事も多い。

 工藤さんは6人兄弟の末っ子だが、両親とも40代の半ば近くなってから、ポツリと生まれた。一番上の姉とは20歳違い、すぐ上の兄とも7歳違う。母親は彼女が1歳10か月のころに亡くなってしまい、写真でしか母を知らないという。
 小学校2年生のときに父親が再婚するまで、校長であった父親と2人だけで暮らしたり、姉と暮らしたりしていたという。
 継母となった人はとてもいい人で明るく、彼女はとてもなつく。10歳の時に終戦を迎え、着の身着のままで引き上げてきて、親子3人、戦後の日本で貧乏生活をする。
 そんな生い立ちのなかの父親の思い出を中心に、子どものころの生活や思い、詩人となるまでのいきさつなどを綴ったエッセイである。
 ちょっと長くなりそうだが、いろいろ引用してみる。

 まずは、タイトルとなった「象のブランコ」について……
 工藤さんが高校3年生のとき(54年)、ウォルト・ディズニーのアニメーション「ダンボ」をみた。そのなかの次のようなシーンで、彼女は突然泣き出す。それもオンオンと大きな声でである。
<長い鼻でダンボを抱きしめたり、なでたりしたあと、かあさん象は、長い鼻を「し」の形にしてブランコをつくり、そこへダンボを乗せ、ゆっくりと左右に揺すりはじめた。
 ダンボは、鼻のブランコを、しっかり掴んで寄りかかり、安心して目を閉じている。……じつに気持ちよさそうに。
 その場面まできたとき、わたしは突然泣き出した。>

 それは、「なぜ泣きたいのかわからずに泣く」という経験だったという。そして、
<このごろ思う。わたしも、あの「象のブランコ」に乗りたかったのかな、と。そして、こうも思う。ひとは、もしかしたら誰でも、柔らかくて安心できる「し」の字のかたちをした象の鼻のようなものに摑まっていたいのではなかろうか、と。
(中略)
 「象のブランコ」にあたるもの、それはわたしにとっては父親だった気がする。父親そのもの、というより「父親についての記憶」である。
 (いつだって包んでくれている。わたしを見てくれている)と思いたい心が生んだ、自分専用の記憶。その記憶を掴み、その記憶に揺すられて人生を歩いてきた気がする。
 父が亡くなった年齢に近づいた今、やっとそのことに気づき、気づいたことでブランコからおりられそうだ。(なんと長い間乗っていたことか)
 (おまえ、いつまでもブランコからおりんから、わしゃ重たかったぞ)
 と、父が、はるかむこうで笑っている気がする。>

 日本に引き上げるにあたっては、たくさんの写真を燃やしたのであった。
<見たい気がするが、煙になってしまって、もうどこにもない。しかし、「記憶」というのは、おぼろなほうが空想がひろがってよいのかも知れない。>

 工藤さんは、あやふやな記憶を、後になって父親に確かめることがあった。
<それに類する子どものころからの記憶は、(年代によって量の多少はあるが)溢れるほどある。溜まり続けた記憶は、絵はがきの束のようで、手に取ると一枚一枚から、風や光、匂いや肌ざわりまでこぼれてくる。
 記憶がわたしの人生をつくっているとすれば、わたしの中には沢山の「年齢のちがうわたし」が住んでおり、彼女たち直子群とでもいうべき者たちと、いまも一緒に生きているのだろう。>

 4、5歳のころ、夜眠ろうとするとメソメソ泣き出すという時期があった。
<何が引き金になったのか記憶がないが、あるときに、ふっと「ひとはみな死ぬ」ということを知ったのだ。もちろん「死」という抽象的な思い方をしたわけではない。自分というものが、いつか消えてしまう、なくなってしまうという原始的な感覚とでも言えようか。その感覚が、今までに体験したことのないような寂しさや恐ろしさを運んできたので、びっくりしてしまった……そんな感じである。>

 小さいころ好きで味わった金平糖(こんぺいとう)から、いろいろ考える。
<「ひと」というのは、どんなふうにできあがるのだろうか。生まれるとき、どこからかもらった「一粒」があり、金平糖みたいに、それを長い時間かけて、くるくるゆすり、折々の喜怒哀楽を流しこむと、いろんなツノができて「自分のかたち」ができあがるのかな、なんて思う。
 (私のもらった「一粒」はどんな素材だったのだろう)>

 継母はとても優しい人で、彼女は自然に甘えることができた。
<母の顔をのんびり見上げているうちに、わたしは突然わかった。
(ああ、わたしたちは「仲のよい友人」なんだ。親子だろうと他人だろうと友人であることには変わりはないのだ。親子になったから「仲よし」になったのではなく、仲よし同士が、たまたま「親子」という形で出逢った、というわけなのだ)
 そうだそうだ、そうだったのだ、とわたしは起きあがり、「ねえ、ねえ、かあちゃん!」と、興奮して、この「新発見」をしゃべりはじめた。眼鏡ごしにわたしを見ながら聞き終わった母は、「そりゃ、その通りね」と、コロコロ笑った。
 わたしは母にすり寄って、母そっくりの声で、コロコロ笑った。>

 おとなになったら、父親と「おとな同士」として話したいことがいろいろあった。
<いつか、いつかと思いつつ、照れくささから聞きそびれているうちに、父は突然逝った。
 照れくさがっていては、間に合わないことが人生にはある、と心底思った。>

 工藤さんは小さいころから時々、「死の恐怖」にとらわれることがあるという。
<日常というのが、始まりもなく終わりもなく永遠に続く気分でいるところへ、「自分はいつか必ず死んで、この世からいなくなるのだ」という思いが突然割り込み、ギャッと虚空を掴んでしまう。じつに奇妙で説明不能な感覚だ。だから、他人に訴えようとしても言葉が見つからない。>

 ある日の昼下がり、母親が外出し、父親と二人きりになった。父親は、いつもどおり相変わらずの正座姿で釣り道具をいじっている。
<どの位たっただろう。かなり長い沈黙が続いていたように思うが、父が不意に「直子」と声をかけた。
 「……?」
 「直子、おれ、やっぱり死ぬの、こわいぞ」
 「……!」
 わたしは返事ができなかった。返事ができずに雑誌を読みつづけるふりをしていたが、頭の中は、忙しくあわてていた。
(いま、とうちゃんは何と言ったんだろ。「死ぬの……」って聞こえたけど、あれ、ほんとに「死」って言ったのだろうか、聞きまちがいじゃないだろうか)
 聞きまちがいでない。父は明瞭にそういった。「やっぱり」というのは、どういうことだろう。まるで今まで何度も「死」について語りあった者同士のように「やっぱり」と言ったが……。わたしからはもちろん、父のほうからも死について語ったことは、これまで一度もないというのに。>

 父親は71歳で突然なくなる。日課の釣りを早目に切り上げて帰ってくると、布団を敷き横になり、母親からお茶を一杯もらい、「すまんな母さん」と言って眠り、そのままだったそうである。
<父の死で、わたしは生まれて初めて、葬式というものに参列した。そして、長時間の正座のつらさも、生まれて初めて味わった。
(とうちゃん、これだったんだね。このつらさで、とうちゃん、正座するようになったんだね。いまわかったよ)
 「直子、おれ、やっぱり死ぬの、こわいぞ」
 父のあの一言を聞いてから数十年たった。そのときの父の年齢に、そろりそろりと近づこうとしている。二十代の娘は、三十代になり四十代、五十代を通り過ぎ、六十代も半ばをすぎた。
 あの奇妙な「ギャッ」は、いまでもときどきやってくる。しかし、あのころのようにジタバタしないで、あわてふためく自分を見据えているようなところもあり、六十代と二十代とでは、やはり違うようである。
(とうちゃん、若いころみえなかった世界があらわれてくるようだよ。とうちゃん、あの一言、わたしに言ってくれて、やっぱり良かったよ)
 いまだに正座のできない娘は、そう呟きながら、父の正座姿を思い出している。>

<今日のお薦め本>
『象のブランコ ― とうちゃんと』工藤直子 著、集英社文庫、619円+tax、06.06.30第1刷

<後記>人にはいろんな思い出や記憶があります。それらの思い出や記憶が積み重なって、その人の人生ができあがる、あるいはその人そのものができあがる、ともいえます。どんな思い出や記憶を持つかにかかっている、といえるかもしれません。
 というか、思い出したことや記憶から、何を思い、何を考えるかによって、その人の人柄ができあがる、といえるかもしれません。
 工藤さんの場合は、父親との二人だけの生活があったり、父親の人となりもあって、「とうちゃん」への特別な思い出や記憶、そして想いがあるようです。これは、とても幸せなことではないだろうか、と思いました。
 バカ親父は、思い出や記憶から、何かを掴み取ってきたのだろうか、あるいはこれから掴み取れるのだろうか、と考えると、誠に心もとないのでした……

象のブランコ―とうちゃんと (集英社文庫)
象のブランコ ―とうちゃんと (集英社文庫)

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あいたくて ― 『工藤直子詩集』
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『じぶんのための子守歌』
 工藤直子さんの『じぶんのための子守歌』という詩集を紹介してみる。  これは、今までの工藤さんの詩を集めたアンソロジーである。 ...続きを見る
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2013/09/25 01:08

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
私も 遊さんも もし これから後 何か 掴みとれたら 凄い 豊かさ 感じるんじゃないかな この年になると もう進歩ないと 思い込んでるもんな ウワッ 私 前に進んでるーなんて 大感激だよ きっと
seizi05
2006/08/07 19:47
☆ seiziさん、たぶんこれからも掴み取れることはあるんでしょうね。今までの思い出や記憶を大切にしつつ、お互いに前を見据えて進んでいきましょう(^^♪。
遊哉
2006/08/07 20:42
これ、読んでみようと思いました。子供と接していると、彼女が記憶を通じて心を育んでいるのを知ります。記憶が豊かであることが子育ての成功と言えるのかもしれません。自分本位の子育ては良い記憶を紡がない、と肝に銘じました。
animoy2
2006/08/08 12:57
ううむ〜、心に響くなぁ。長い鼻を「し」の形にしてブランコに…良いですねぇ。象の鼻ブランコ、…乗った事ないからブランコ作れないかもって思ってたけれど、今私は、ブランコを作っているような気がします。ブランコって乗った事なくっても作れるんだよね?そうよね?
キョン
2006/08/08 16:48
最近、死ぬのは怖くなくなりました。以前は、工藤さんの書いておられる「死の恐怖」を感じることがよくありました。でも、母を亡くしてから死ぬことは怖くなくなりました。
自分の思い出、記憶をたぐることは好きですが、そこから私の感じるものは後悔が多いです。これじゃいけないな〜って思うのですが、あれもこれもやり直したいという後ろ向きなことばかり考えてしまいます。これじゃいけないですね。この記事を見て思いました。後悔するのではなく、今までの私を肯定し何をこれから考えるか!!ですね。心がけましょう。
yu_mama
2006/08/08 19:50
☆ animoy2さん、何が子どもの記憶に残り、またどんな記憶がどのように心を育んでいくのかはわかりませんが、いろんな経験をさせて豊かな思い出や記憶を残してやりたいですね。
 “子どもの仕事は遊び”とかいいますが、友達や親やその他の大人とも広い意味で遊ばせてやりたいものです。それに、親の思いを押し付けるのではなく、話してやる必要はあるかもしれません。
 話は変わりますが、帯状疱疹はいかがですか。長女が罹りましたが、後を引くこともあるようで、しっかり直したほうがいいようですよ。お大事にしてください。
遊哉
2006/08/08 21:05
☆ キョンさん、“象のブランコ”というのは、工藤さんにとっては「父親についての記憶」だということでした。子どもにとって、自分を見守ってくれる親、何かあれば頼りになり、身を寄せることのできるという親についての記憶が、象のブランコなんじゃないでしょうか。それは、ブランコに乗ったことがなくても、つくれますよ。というか、キョンさんはもうしっかりとつくりあげていると思いますよ(*^_^*)。
遊哉
2006/08/08 21:13
☆ yu_mamaさん、最近読んだ小説にこんなことが書いてありました。<年寄りは死ぬのを怖れない。しじゅうそのことを考え、いつかは死ぬと覚悟して、死と折り合いをつけている。>
 バカ親父も工藤さんと同じような「ギャッ」と叫びたくなるような「死の恐怖」を小さいときから感じることがありましたが、最近は、少なくなりましたね。でも、たま〜に、あります(~_~;)。年をとるといろんな人(特に親)の死を見てくるから、覚悟ができてくるのかもしれません。
 後悔は誰にでもあるし、してもいいんじゃないですか。後悔だけで終わるのでなく、そこから何を掴み、これからの自分の人生のあり方に結びつけるかが、問題じゃないでしょうか。今までの自分を肯定することは大事ですが、変わったほうがいいと思ったところは変わることも必要だと思いますよ(^^ゞ。
遊哉
2006/08/08 21:32
こんばんは♪
この記事、実はじっくり読もうととっておいたんです(^^)。今日やっと読む時間が取れました。
折りしも、本日自分のブログのカテゴリを追加する際にこれまでの生活をいろいろ振り返ることになり、「そこから何を掴み取っているか」を改めて考えさせられています。
工藤直子さんの詩は大好きです♪ 以前工藤さんに関する新聞記事を読んで、幼い頃から感受性の強い方だったんだなぁとは思っていたのですが、やはりそうなんですね。
「いつだって包んでくれている。わたしを見てくれている」というのは、私もずっと望んでいるかもしれません。夫でも父親でもなく、もっと漠然とした想いのようなものですが。。。
この本、いいですね。夏休みが済んだら、ぜひ読みたいです(^^)☆
aopu
URL
2006/08/10 23:33
☆ aopuさん、いつも長い記事になってしまって、すみません(^^ゞ。
 以前にaopuさんの記事で工藤直子さんの名前を知り、詩とか絵本を読んでみたいと思っていたのです。本屋でこの書名を見つけて、著者名を見たら工藤さんなので、思わず買ってしまいました。なるほど、こういう方なのかとよくわかりました。戦後の苦しい生活の中でも、明るさを失わなかったのは、父親はもちろんですが、継母の存在があったような気がしました。
 子どもというのは、自分が包まれていると感じ、見守られていることがわかっていると、自立していける(飛び立っていける)ということがよくわかります。
 時間ができたら、読んでみてください。
遊哉
2006/08/10 23:59

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