団塊バカ親父の散歩話

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zoom RSS だめもと

<<   作成日時 : 2008/12/13 23:45   >>

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画像 “だめもと”とは「駄目で元々」の略である。
 “うまく行けば得、うまく行かなくても元と同じと考えて、試みること”(広辞苑)という意味である。

 そのことはちょっと置いておいて、現在世界的な不景気の波が日本にも押し寄せて、企業は雇用調整を行っている。
 解雇、希望退職などとともに、学生に対しては内定の取り消しが行われている。理不尽と言えば言えるが、利潤を追求する企業としては当然ともいえる行為である。
 そのやり方の是非はともかく、資本主義社会・自由競争社会では避けては通れないことかもしれない。
 雇用調整の対象になった人たちは不安にさいなまれていると思うが、理不尽さには堂々と言うべきことは言っていって欲しいと思う。と同時に、それにとらわれ過ぎずに、新しい生活や生き方に挑戦してほしいとも思う。

 それで、最初に書いた“だめもと”に戻る。
 だいぶ前だが、朝日新聞(8/21)に残間里江子さんが面白いことを書いていた。彼女は1950年生まれで、広い意味での団塊世代である。
 その彼女が“カッコつけかた「団塊」に学べ”というタイトルで、冷たい風が吹く今、若い人たちに団塊世代のカッコつけかたを学んで、乗り切ってほしいと提案しているのである。

 まず、団塊世代がもっている奇妙な自信について書いている。二つあるという。
 一つは、
<幼いころから多くの仲間とひしめき合って生きてきた団塊世代にとって、自然に身についたコミューン(共同体)的な感覚が冷たい風にも吹き飛ばされないという自信を支えている。>
というのである。そして、もう一つの支えは、
<貧乏の体験だ。(中略)物心つくころは、戦後の貧しい光景があちこちに広がっていた。飢餓も含めて、貧乏や困窮の味は、疑似体験にせよ誰もが知っている。団塊の人たちにとって、これから吹きつけるであろう冷たい風も、人生のスタート時の大変さに比べれば物の数に入らないと思えてしまうのだ。>
ということなのだが、それでは団塊世代は定年退職後にはじめて迎える不況を肌身に感じたら、うろたえるだろうか? というと、そんなことはしないだろうという。

 たとえば、<「お金がないなら、高い酒を飲むのはカッコ悪い」。それが団塊世代の選択だろう。>というように、
<団塊世代の価値観の軸は、カッコいいか悪いか。分かれ目は知的(に見える)かどうかだ。自分の感性や考え方に共鳴してくれるはずの友人が、カッコいいと評価するか、どうか。
 この(単純な)価値観が、冷たい風に抗するのに意外と力を発揮するのではないか。
(中略)
 みんなが生活に苦労しているのに、自分だけがいい目にあっていると感じるのは、本当にカッコ悪い。そう思うのはまさに、暮らしを身の丈サイズに合わせる団塊の知恵だと思う。>
というのである。

 そのカッコつけかたはまた、無理にしているわけではない、ともいう。
 団塊世代は、昔の“飢餓も含めて、貧乏や困窮の味は、疑似体験にせよ誰もが知っている”から、耐えられるというのである。
 たとえば、<昔はご飯と漬けもので満足していたと思い出せば、ここ何十年かが食べ過ぎだったんだと思い直せる。>というわけである。
 そして、
<明日は檜(ひのき)になろうとずっと思い続けてきた団塊世代は、同時に「ダメでもともと」の潔さももっている。団塊にとって、ともに座右の銘である。「あすなろ」と「ダメもと」は、格差に苦しむ若い世代にとっても希望の言葉となるのではないか。>
と結んでいる。

 この団塊世代のカッコつけかたは、いったい何だろう。一種の“武士は食わねど高楊枝(たかようじ)”的なものかもしれない。変なところで気位が高いのかもしれない。
 団塊世代は、現役世代からは「ハッピーリタイア(幸福な引退)」などと揶揄されているらしいが、それほそでもないと思う。親父(95歳)を見てもわかるが、団塊世代の7、8年前くらいまでの退職者の方が、一部を除いてよほどハッピーリタイアに思える。
 年金にしても、団塊世代のように全額は65歳からでなくもっと前からもらっているし、物価の上昇にリンクしてその額もちゃんと上昇してきている。団塊の世代からは、それもままならなくなってきているのである。後記高齢者医療制度という冷たい現実も襲ってきそうでもある。

 まあ、それはさておき、現在の不況下で若い人たちにとって、団塊世代のもつ“だめもと”という考え方を参考にすれば、これからなんとか乗り切っていけるのではないか、と思えるのである。
 とはいっても、“駄目で元々”の「元」が若い人たちと団塊世代(その上の世代も含めて)では違うから、それほど簡単ではないだろう。
 生まれてからず〜っと豊かさのなかで暮らしてきた若い人たちには、「元」が豊か過ぎるかもしれない。「元」がひどかった団塊世代には、そのひどい元に帰っても耐えられるが、若い人にとっての元には帰ろうとしても帰れないかもしれない。帰ろうとすればするほど、惨めになるかもしれない。
 そこで役に立つのが、団塊世代の“カッコつけ”である。「バカバカしい!」などと言わずに、考慮してもいいんじゃないだろうか。

 もうひとつ言いたいのは、若い人にとっては「元」が良すぎたのだから、これからもっと悪い状況の「元」をつくる、あるいは経験する良い機会、と考えてもいいのかもしれない、ということである。苦しく辛いかもしれないが、それを経験しておけば将来とても役に立ちそうである。
 「失敗は成功の元」になるかもしれないし、挫折を経験することで強くなれるかもしれないのである。考え方をちょっと変えれば、現在の状況はとてもいいチャンスであるかもしれない、というような気がするのである。
 仕事を選ぶにしても、見かけの良さ、給料の高さ、安定性を望むだけでなく、もっと自分の好きなこと、やり甲斐のあるものに挑戦していってほしいのである。

 団塊のクソ親父が何を言ってやがる、と思うなら思ってもいい。あとはそれぞれの考え方と、どう行動するかだけである。


<後記>残間さんの書いていることが、団塊世代全体に当てはまるとは、もちろん限りません。
 でも、団塊世代やその周辺の世代は普段の生活でも、わりと“だめもと”という考え方や行動をしているような気がします。
 何かをしようとする時に、それが駄目になる可能性が高い場合に、“だめもと”でもいいやあ、と思いながらやってみる、大げさに言えばチャレンジしてみます。
 これは、“どうにかなるさ〜”という楽天主義につながっているかもしれません。
 それが、団塊世代の逞しさでしょうし、一見“のほほん”(他に無頓着で平然としていること)とした感じを他の世代に与えているかもしれません。嫌な奴らだと思われているかもしれませんねえ(^^ゞ。

 それはさておき、実は今日の夕方、次女から電話がありました。新しく勤め始めたところを今日辞めたと言うのです。8日から勤め始めたばかりです。わずか5日で辞めるとは、まったくねえ、です。
 どうも最初から、いつかは辞めるだろうとは思っていたのですが、ちょっと早過ぎです。これから、いろいろ苦労するでしょうが、いろんなことを学ぶいい機会にしてほしい、と思っています。
 これからの時代、いつ何が起きるかわかりません。他の若い人も含めて、逞しく生きていってほしいと思っています。

 SORAは今日も、廊下の陽だまりで気持ち良さそうに寝ていました。

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コメント(19件)

内 容 ニックネーム/日時
理不尽なことも、法で許されれば、理不尽ではないのがルールの世の中ですから、「堂々と言うべきことは言う」しかありませんね、同感です。
「元」がひどかった団塊世代:大きな違和感がありますけど(^^) 苦労知らず(?)の若者への励まし言葉、よく言って下さったと、思っています。片靴世代が言うと、「ぐち」や「嫌み」にしか聞こえないでしょうが、団塊なら説得力があります。
結局、いつの世でも耐えて努力するしかないのでしょうが、それが団塊では「だめもと」でチャレンジだったのに対し、片靴世代では格別意気込むことではなく当然のことだった、これが世代の差でしょうか。
自暴自棄に見える事件が目立つのが気になりますねー、左翼的な言い方ですが矛盾が蓄積してるのでしょうか。
片靴
2008/12/14 07:57
☆ 片靴さん、自由競争の名の下に、おかしな法律ができ上がっていたような気がします。見直しが検討されているようですが、堂々と言うべきことを言っていかないと、理不尽なことも直っていかないでしょうね。
 団塊世代の「元」も、片靴さんの世代から見れば甘っちょろいものだし、残間さんも書いているように疑似体験的なものが多かったと思います。
 戦争のようなしなくてもいい経験はしないほうがいいですが、団塊も若者たちも、もっと苦労したほうがいいことは確かでしょうね(^^ゞ。
 団塊世代が若者たちに励ましの言葉をかけても、グチや嫌みにとられるでしょうが、われわれの子どもたちの世代でもあるから、どう思われようと言っていくしかないと思ってます。
(つづく)
遊哉
2008/12/14 09:52
(つづき)
 団塊の“だめもと”でのチャレンジが、片靴さんたちの世代では“格別意気込むことではなく当然のことだった”というのは、そのとおりなんだと思います。重みがありますね。若者たちも自分たちで、自分たちの世代に合った方法を見つけ出してほしいものです。
 いろんな矛盾が蓄積しているんでしょうね。時代の変化も激しすぎるから、それに対応していくのは大変だと思います。目先のことにとらわれずに、人にとって大切なことは何かを、われわれも若者たちもしっかり考えて、つかんでいかなくちゃいけないでしょうね。
遊哉
2008/12/14 09:53
私 団塊の かなり上ですが 結構 ケセラセラですよ
seizi05
2008/12/14 10:30
☆ seiziさん、結構“ケセラセラ”だってことはわかってますよ(^^♪。どの世代でもいるでしょうが、団塊世代はそうならざるをえなかった、というところがあって数は多いかもしれません(^^ゞ。
遊哉
2008/12/14 10:38
 本当に今!大変厳しい時代のようです。ウチの長男も次男も調度良いときに学生を卒業したようです。もしも来年卒業だったら 長男は、今の会社には就職できなかったと思います。それにうちの主人にももしかしたらリストラの嵐がそばまで来てるかもしれない!大丈夫かなぁ?
 ウチは、長男が中学卒業まで、狭〜い古〜い汚〜い社宅に住んでいたんです。長男の子供部屋は、なんと3畳だったのです。(^_^;) なので、今のところに引っ越しして、倍の広さの部屋になり、本当にうれしそうでした。(^_^;) あはは。
 ウチは、まさにダメモト人生です!ダメモトで翔ちゃんの成長に挑戦してきたわけで…(*^^)v だからけっこう失敗してもヘッチャラで〜す^m^
キョン
2008/12/14 11:21
確かに団塊の世代の方たちって逞しいし妙に自信ありげの方が多いですよね。いい意味で頼りがいがある反面、マイペースっていうか他人の言う事を信じないというか、可愛くないところもあるような気がします。ここまで言って言うのもなんですが遊哉さんは団塊世代の代表のような感じがします(笑)m(__)m私の世代は団塊の方たちから見ればかなり甘い世代なのでしょうけど、それでも子供時代はS30年代ですから「ささやかな幸せ」があった事を憶えています。ダメモトの逞しさには欠けていたのかもしれませんが、物が無い時代から「物がある者」「まだ無い者」も仲良く共存していたような時だったような気がします。
カッコつけには体力や知力が要りますね。本当の知力がきちんと使えればきっとダメモトの精神は出来ると思うのですが。。。若い世代がチャレンジしようとした時、親世代がつい手を出してダメにするというのも結構あるような気がします。
docomo%}
patyoko
2008/12/14 13:55
つづき
あら、お嬢さん、辞めちゃいましたか
まあ、遊哉さんのお嬢さんならきっと逞しく次にチャレンジされるでしょう。ダメモト、ダメモト、親戚のつもりのブログのおばちゃんもグッと信じて待ってま〜す
SORA、気持ちよさそう{%わーい(嬉しい顔)
patyoko
2008/12/14 13:55
ダメモト大好きで〜す
今日は宝くじ売り場がすごかったです
そこの売り場からはけっこう当たりくじが
でているらしい長蛇の列でしたよ
私も買いました10枚!くじ運はないから
当たらないと思うけど当たれば儲けものかな〜
なんちゃってね
お譲さんもチャレンジできるチャンス!
がんばれ〜
みいママ
2008/12/14 18:04
☆ キョンさん、正社員はまだしも、派遣社員などは大変なようです。内定を取り消された学生も大変ですが、そんな会社に入らなくて却ってよかったと思ったほうがいいかもしれません。若い人たちには、発想を変えて逞しくやっていってほしいものです。
 息子さんたちは良い時に卒業しましたね。ご主人も頼りにされてるようだから、大丈夫ですよ(~_~)。
 バカ親父が就職しての初めてのアパートは、風呂はなく、流しもトイレもない(共同)6畳一間のアパートでした。結婚して、子どもが生まれて大きくなるにつれて、少しずつ広いアパートに引っ越しました。昔は、そんな感じでしたね。今は独り暮らしといっても、最初から風呂付きの1DKですからねえ。変われば変わったものです。それが悪いことではないですが、“だめもと”ということを考えると、そういうことを知らないのはちょっとかわいそうです。
 “ダメモト人生”って、いいじゃないですか。ダメモトなんだから、チャレンジしてそれが成就した時の喜びは大きいと思います。“失敗してもヘッチャラ”という逞しさをこれからも失わずに、ダメモト人生を楽しくやっていってください(^^♪。
遊哉
2008/12/14 18:19
☆ patyokoさん、バカ親父が団塊世代の代表ですか〜。なんだか褒められてるんだか、けなされてるんだか〜、よくわからない(^^ゞ。
 団塊世代といってもいろいろですが、なにせ数が多いから、自分の考えをわりとしっかりもつようになったかもしれません。裏返せば、マイペースで頑固で偏屈な人が多いのかなあ。でも、意外と柔軟なところもあるし〜、単純なようで複雑(繊細)だし〜(~_~)。アハハ、いろんな人間がいることだけは確かです。
 そうですね、現在50代の人たちくらいまではそれほど違和感はないです。その「ささやかな幸せ」というか、つつましい生活を知っているからかもしれません。物がない時代から、豊かな時代へと日本人全体が一体感をもって進んでいたということがあるかもしれませんね。
(つづく)
遊哉
2008/12/14 18:48
(つづき)
 カッコつけには体力や知力が要りますか〜。それじゃあ、もう、バカ親父はダメだ〜。人にとって失敗や挫折することは大切だと思うのですが、親が子どもの失敗や挫折を恐がって、守りすぎる傾向はあると思います。目先のことにとらわれずに、長い目で子どもの成長を見ていく必要がありそうです。子どもに耐性がないから、一度の失敗や挫折でダメになってしまうことが多いような気がします。やはり、“だめもと”でチャレンジする気力や知力・体力を養わないといけないんでしょうね。
 次女にはまったく困ったものです。カミさんにも辞めた理由をはっきり言わないのですが、それなりのことはあったんでしょう。バカなことはしないと思うので信じていますが、ブログのおばちゃんも信じて、陰ながら見ていってやってください。次女にとってはいい経験だと思っています。逞しくなるでしょう。
 SORAだけが心配もなく、気持ち良さそうに寝てるでしょ。身近にこういうのがいてくれると、こちらも気が楽になります
遊哉
2008/12/14 18:51
☆ みいママさん、ダメモトが大好きですか〜(^^♪。きっと楽天的で、逞しいんだと思います。これからも、お互いにそれで生き抜きましょうね!
 宝くじは、なかなか当たりませんねえ。でも、それこそ“だめもと”で、しばらくでも夢を見られると思えば楽しいと思います。ひょっとしたら、今回は大当たりするかもしれませんよ。期待しましょう。バカ親父もバラと連番を10枚ずつ買ったので、ダメモトで期待してます
 人はチャレンジする気持ちさえあれば、やっていけると思います。次女にもいろんな経験を積み重ねて、自分の人生をチャレンジしつつ作っていってほしいものです。ありがとう
遊哉
2008/12/14 19:01
ダメモトってけっこう好きな言葉でよく使う気がします。一か八かではなくって、やってみないとわからない、ダメだったらその時考えよう!という手間を一つ省く考え方でしょうか?物事を深く考えないやり方ともいえるのかな。
だから宝くじは買わない(笑)宝くじはダメだったらモトには戻らないでしょう?かなり+思考なのにコレに関しては当らないと信じて疑わない。自信ある。
お嬢さんのこと我が娘も同じような時がありましたので「大丈夫ですよ!」と言えるのですが。あのときは心配しましのに今はほとんど忘れました。今は違う問題です。親の心配はいつまで続くのでしょうかね
urara
2008/12/14 21:52
☆ uraraさん、最新の記事でも使ってますよ〜(^^ゞ。この記事をアップする前にそちらの記事を読んで、「あっ、uraraさんも使ってるー」と嬉しくなったのでした(~_~)。
 物事を深く考えたとしても、やってみないとわからないということもあると思います。考える考えないというよりも、ダメでも最終的には“どうにかなるさ”という楽天主義が元にあるのかもしれません(~_~)。
 宝くじは当たる人がいるんだから、ひょっとしたら当たるかもしれませんよ。可能性は0ではありません(^^ゞ。当たらないと、お金の面では元には戻らないけど、夢を買ったと思えばいいんじゃないでしょうか(~_~)。
 お嬢さんも同じような時がありましたか。心配は心配ですが、もう成人した大人なんだから自分の責任でやっていくしかないと思っています。見守っては行きますけどね。親というのは死ぬまで、子どもがいくつになっても、心配は続くんじゃないでしょうか(^^ゞ。心配ごとも、振り返ればなんとかなってるものなんですよね。あんまり、心配しすぎないようにしましょうね(^^♪。
遊哉
2008/12/14 23:39
だめもと、ってなんかわかる気がします。私も離婚のときの苦境を乗り切ったので、あのときのことを思えばいまの状況もまだマシだと思えるし。
お嬢さんの件、ご心配でしょうけど、職安の人が言ってたのが、転職してみてダメだと思ったらなるべく早く結論を出したほうがいいとのこと。悩みながら数カ月引っ張るより、さっと結論を出して次へ行きましょう、とのことでした。
その職員の人は転職してすぐのとこを4ヵ月我慢してダメだったことがあるとか。皆さん御苦労されてるんだなと思い、励まされました。ましてやお嬢さんはまだお若いのですから、これからまだ明るい前途もあると思いますよ。…って、自分に言い聞かせてもいるのですが(~_~;)
新卒の内定取消なんて聞くと、考えた挙句とはいえ、こんなおばさんが内定辞退なんて思い上がりだったかなあって、冷汗が出る思いでした。
まあいろいろあっても、誠実に一生懸命やってれば落ち着くとこに落ち着くと信じ、頑張るしかないですよね。お嬢さんもご自分なりの覚悟をもって決断されたことでしょうし、きっと良い結果に繋げていかれると思います(^−^)
キーブー
2008/12/15 11:14
子供の頃に貧乏な環境だとしたたかさは知らず知らずの内に身につけて持ってるかもね
私も若い頃は人の眼が気になって
今じゃどうでもいいや〜〜と好きに生きてます
嫌な事柄はなるべく避けて無理に我慢もしませんし(^0^)
娘さん最初で我慢しすぎてこれからはさっさと見切りをつける事を覚えたのかもしれませんね・・・
いずれ自分に返ってくることだから好きにさせてしまえば文句も言えない
残間さんって若いと思ってたら少しお姉さんだった〜〜
並んだら絶対こっちが老けてるけど
ま〜〜会う事はないから多少喜んじゃおうっと♪
小桜小梅
2008/12/15 13:28
☆ キーブーさん、時には、結果がどうなるかわからないけど、思い切って踏み出さなきゃいけないことってありますね。そういう時に“だめもと”という考え方は、意外といいのかもしれません。苦しいこともあるかもしれませんが、人生、それで何とかなっていくものだと思います。
 次女の就職したところは、あまりよくない感じだったので、いつか辞めるだろうとは思っていましたが、早すぎです。少しは我慢するのも修行になると思いましたが、でも、たしかにダメだと思ったら、早く結論を出したほうがいいんでしょうね。納得いかずに続けると、傷口を大きくしそうな気もします。
 こらからは、目先のことにとらわれずに、じっくり選んでほしいです(^^ゞ。
 新卒の内定取り消しは本当に気の毒ですが、そういう会社はやはり将来性がないと言ってもいいんじゃないでしょうか。早めにそれがわかって良かったともいえると思います。後ろ向きにならずに、前向きに進んで行ってほしいです。
 キーブーさんがコメントで書いてくれたこと、とても参考になります。次女にも伝えますね。ほんとうに、ありがとう(^^♪。
遊哉
2008/12/15 13:57
☆ 小桜小梅さん、子どものころは世の中全体が貧しくて、というか、つましい生活をしていました。それを考えると今はちょっと贅沢すぎるような気がします。何かあっても、そのころのことを思えば耐えられそうな気がします(^^ゞ。われわれの世代に“だめもと”という考え方が生まれる由縁かもしれません。
 ある程度の年になったら、無理に我慢せずに、好きに生きればいいんじゃないでしょうか(^^♪。
 次女はもともとは思い切りがいい子です。最初の会社に3年半もいたのが不思議です。それだけ我慢してたのかもしれませんね(^^ゞ。基本的には、もう大人だから本人の好きなようにさせるつもりです。いろいろ失敗したり挫折するのも、いい経験でしょうね。それを糧に逞しく生きて行ってくれればいいと思います。
 残間さんの方が少し年上でしたか〜。うちのカミさんと同じ歳でした。あんまり馴染みのある方ではないんですが、なかなか面白いことを言ったり書いたりしていますね(~_~)。
遊哉
2008/12/15 14:16

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